決闘許可
翌日の朝早く、朝食を終えたルチアナは「また学院で会お!」と言いながらキラキラした笑顔で私を抱き締めてから、転移門を使ってローゼンベルグ家へと帰っていった。
きっと帰ってからも問題は山積みだろうけど、彼女なら乗り越えてくれるだろう。
せっかくルチアナが守ってくれたんだから、彼女のためにも私もくよくよしないで笑顔で前を向かなきゃ。
仕度を終えて、クロヴィスと一緒に転移門を通り学院へ向かう。
……そういえば週末の間に『公開試験会』のエントリー生徒の集計と組み合わせ抽選があったはずだ。
今日から学院食堂の掲示板の魔術道具には予選試合内容が表示される。
私はクロヴィスを振り返った。
「食堂に寄って行きませんか?」
クロヴィスは微笑んで頷いてくれた。
食堂の巨大掲示板の魔術道具は四方の壁を覆うほどの枚数にまで増設されていて、試合の組み合わせ以外にも今はまだ無人の闘技場の映像をさまざまな角度から映している。
試合が始まるとここでは内容がリアルタイムで中継される。
私は掲示板に表示されている複合部門の生徒名の中から自分の名前を探した。
「(あった…………初戦は早速明日の14時から、第1闘技場。相手は……運命の巡り合わせというかなんというか……アゼリアをよく思ってない侯爵令息の一人か)」
まあ、アゼリアをよく思ってる貴族のほうが少ないんだけど。
クロヴィスはどうだろう?
初戦からギルベルトと当たったりしてないといいけど。
そう思いながら隣の彼を見上げると、クロヴィスは私に気づいてにこりと微笑む。
「俺は前回優勝してるんで予選試合は免除されます。試合は来週末の決勝トーナメントからですね」
なので気合いを入れてお嬢様の応援をしますね、と当たり前のように言う彼に、底知れない猛者感を感じた。
うちの護衛騎士が強い……。
「それはそうと、結局ギルベルト様は複合部門にエントリーされたようですね」
「えっ!?」
あんなに大見栄切ってクロヴィスに宣戦布告してたのに!?
クロヴィスが指差した先には、彼と同じく前回大会優勝のため予選を免除され、すでに決勝トーナメントが決まっている唯一の複合部門の生徒としてギルベルトの名前が表示されていた。
えええ……!
私が優勝するにはどこかであの男に勝たないといけないってことか……!
いや……誰が相手だろうと関係ない!
「ふ、ふふふ……光栄ですね、初挑戦の複合部門に前回優勝者がいらっしゃるなんて。ここで優勝できれば名実ともに学院最強であることの証明になるでしょう」
「はい。今のお嬢様ならギルベルト様にだって負けません」
クロヴィスが胸を張ってそう言いきったのと同時に、近くでドサドサッと重いものが落ちる音がした。
「びゃああっ!? ギ、ギルベルト様! おやめください!」
音の正体はギルベルトの付き添いの男子生徒が、二人分の学生鞄を落としたことによるものだったようだ。
男子生徒はこめかみに血管を浮かせたギルベルトの獰猛な紅の瞳に睨みつけられ、彼の大きな手に顔面を鷲掴みにされていた。
かわいそうに、ミシミシと嫌な音がしている。
「おい、これはどういうことだ? 俺は確かに剣術部門にエントリーしたはずだよな?」
「は、はい! い、いえ……」
「はっきりしろ。どっちだ?」
「いいいい、イダダダダダ!」
男子生徒の悲痛な叫び声に、食堂にいる生徒たちが彼らを振り返っては不吉なものでも見るような目で目を逸らし物理的な距離をとる。
「た、確かに剣術部門にエントリーされました!」
「だよな?」
「で、ですが、ご当主様の命により……エントリー締め切りギリギリに部門変更の手続きをいたしました!」
「は……? どうしてそこで親父が首を突っ込んでくるんだよ」
「ギルベルト様、どうか、どうかご理解ください……! ご、ご当主様はそれだけフェリオール騎士団のクロヴィス騎士を警戒なさっているのです!」
私が思わず隣にいるクロヴィスを見上げると、彼は困ったような顔をして小さく首を横に振った。
そりゃそうだよね……。
トラブルに出会したかと思ったら、勝手に名前出されてさ。
男子生徒のその言葉はきっと嘘ではないんだろう。
口先だけで誤魔化さないあたり、彼の誠実さが感じられた。
けど今はその誠実さがギルベルトの怒りを逆撫でしてしまってるようだ。
「……それは……俺が剣術じゃフェリオール家の護衛騎士に勝てねえと思ってる……ってことでいいか?」
「あ、あなた様は本当にこの1年でお強くなられました! ご当主様もレイヴン様もそれは認めておられます! で、ですが、それでもクロヴィス騎士との決闘はまだ"今"ではないと……!」
「…………」
レイヴン……ジェトリウスにその称号を引き渡した、先代の"剣聖"。
今でも現役の騎士としてノルディエン騎士団に身を置いているって聞く。
……なるほど。
結局ノルディエン辺境伯と先代"剣聖"はギルベルト個人の因縁よりも家の名を確実に挙げることを優先したんだ。
剣術部門のクロヴィスや魔術部門のレオンと違って複合部門は目立った競合相手がいないし、実際毎回混戦になる。
ギルベルトは男子生徒の顔面から手を離すと、唸りながら顔を覆って蹲る彼に見向きもせずに近くにいた私とクロヴィスをくるりと振り返った。
てっきり喚いて暴れ出してまた暴力沙汰にでもなるかと思ったから意外と冷静だと見直したものの、その顔は冷え切っていて、強気に笑っている普段の彼とはどうやら様子が違う。
「聞いての通りだ。俺のこの1年の努力は、親父のクソみてえなプライドなんかよりどうでもいいものだったらしい」
チラリと盗み見たクロヴィスは何も言い返さずに真っ直ぐギルベルトを見ている。
「だがこのままじゃ俺の腹の虫が治まらねえ。アゼリアの護衛騎士、クロヴィス。俺はお前に一対一の決闘を申し出る」
遠巻きに話に聞き耳を立てていた生徒たちが途端にざわつき始める。
け、決闘……!?
無実の釈明や何かを賭けたような公式の場じゃなくて、何のメリットもないただの私闘で……!?
決闘は本来両者合意の上で命を賭ける場だから、勝つことで大きなメリットが得られる場合を除くと最近はほとんど行われない、言ってしまえば古臭い風習だ。
さすがにクロヴィスもそれはよく理解しているようで、ギルベルトへの対応はとても冷静だった。
「お断りします。俺にはギルベルト様の決闘を受ける理由がありません」
「お前が俺の決闘を受けないなら今後俺は執拗にアゼリアを狙って暴行を加える」
……さすがにタイムリーネタすぎる。
ヴァロワール家で起きた事件のことをギルベルトが知らないはずがないのに。
クロヴィスが安い挑発に乗らないといいけど……。
「……お嬢様への暴行は王族への反逆罪になると殿下からお達しがあったはずですが」
「殿下の脅しを真に受けてんのか? 正確にはアゼリアはまだ王族じゃねえんだから、どうせ適用できねえよ。お前こそ、その反逆罪ってヤツが信用に足ると思ってんなら精々胡座をかいてりゃいいじゃねえか」
「………………」
クロヴィスはアゼリアが関わるとめっちゃレスバ弱いな~!
そこがかわいいとこでもあるんだけど!
きっと怒りを抑えることに脳の働きの9割くらいを使っちゃってるんだろう……。
完全に顔が「ぶっ殺してやるよ」って言ってるし、このままだと私の安全のためにギルベルトの決闘を受けかけかねない。
それにせっかくレオンが全貴族家へ向けて牽制してくれたのに、ギルベルトの言葉を放置したら鵜呑みにする生徒も出てくるかもしれない。
私は小さく咳払いをしてから一歩前へ出る。
「……ギルベルト」
「あ?」
「わたくしへの暴行や襲撃が目的ならばどうぞご自由に。ただしわたくしは正当防衛として全力で抵抗しますし、その際のあなたの命の保障はできません。当然王宮から処罰が下ったとしても、あなたを庇うこともしません」
「…………」
背が高く肩幅もガッチリしているギルベルトから見下ろされると威圧感がすごい。
私がここまで言ってもまだ引きそうにないか……。
「……もしそれでもまだクロとの決闘を望むのであれば」
この言葉を言うにはものすごく勇気が必要だ。
言ったら最後、私はクロヴィスの命も背負うことになる。
一度言葉を切った私を、ギルベルトは黙って睨むように見ていた。
「…………『公開試験会』の複合部門であなたがわたくしに勝てたら、そのときはクロの主人として、彼との決闘を許可します」
「!」
「お、お嬢様……!?」
驚いた顔のクロヴィスとは対照的に、冷めた顔をしていたギルベルトの口元がにぃっと歪んだ。
「勝てると思ってんのか? フェリオール家のアゼリアお嬢様が、なんでもありの戦闘で、この俺に?」
「あなたこそ勝てるつもりでいるのですか? 当代"剣聖"の娘であり、国内最強の騎士団を抱える家の長女である、このわたくしに」
「ははっ! 言うじゃねえか! 二言はねえな?」
「もちろんです。その代わり、当然ですがわたくしなんかに負けるようであれば、わたくしを守る護衛騎士との決闘は認めません。戦わずとも結果はわかりますからね?」
「上等だ。その発言、大衆の前で泣いて撤回させてやるよ。精々頑張って予選勝ち上がってこい」
さっきまでとは打って変わって上機嫌な様子のギルベルトは、真っ青になって声を出さないよう口元を両手で押さえていた付き添いの男子生徒を引きずりながら学院食堂から出て行った。
その凶暴さで悪名高いギルベルトと、暴虐の限りを尽くすアゼリアのやり取りをハラハラしながら見守っていた生徒たちは、途端にヒソヒソと話を始める。
俺絶対アゼリア様殴られると思ったよ……。
あの考えるより先に手が出るギルベルト様相手によくあんなこと言えるよな……アゼリア様ってやっぱ怖いものなしなんだな。
ノルディエン家のギルベルト様っていうと、確か先代の"剣聖"の一番弟子じゃなかったっけ?
レオン殿下が複合部門にエントリーしないのはギルベルト様がいるからだって聞いたことあるよ、殿下でもギルベルト様には勝てるか微妙だからだって。
アゼリア様って魔術は結構お強い印象だけど、複合部門ってなると勝ち抜けるのかちょっと微妙じゃない?
「確認もできましたし教室へ行きましょう、クロ」
「…………はい、お嬢様」
う、うわ~~~!
クロヴィスめっちゃ何か言いたそうな顔してる~!
さすがに何言われるか想像つく~!
私はものすごく何か言いたそうな顔をしているクロヴィスを連れて、いたたまれない気持ちで学院食堂を後にした。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




