ローゼンベルグ家の今後
私たちはもう一眠りするというヴァステリアの部屋を後にした。
悩んでいたって明日は来る。
週明けからは学院で『公開試験会』の予選も始まるし、私も着替えて騎士団の剣術訓練に参加させてもらおう。
私は着替えのためにクロヴィスと別れると、自分の部屋に戻りがてら、ルチアナの様子を見るために彼女が寝ている客室に寄ることにした。
「あっ! アゼリアお嬢様!」
ちょうど急いだ様子のリーナが小走りでやってきたところで、彼女は私を見るなり慌てて足を止めた。
「ルチアナ様が目を覚まされました!」
「! よかった……!」
「……ですが、その……お嬢様の姿が見えないことで、探しに行くと言って聞いてくださらず……お医者様と使用人数人がかりで引き留めているところなのです……!」
いや、魔力が枯渇して寝込んでた人間が元気すぎるでしょ……。
「すぐに参ります」
リーナに連れられて急いで客室へやってくると、部屋の中のから「どけ」「離せ」といった、公爵令嬢にあるまじき暴言が廊下にまで聞こえていた。
かわいそうに、優しくか弱い使用人たちは怯えた顔をしながら、開け放たれたドアの外から室内の様子を窺っている。
「もう大丈夫ですよ」
廊下の使用人たちに声をかけてから、私は空いたままのドアをノックして部屋に入った。
「おはようございます、ルチアナ」
「アゼリア! よかった、無事で……! あのオッサンもたまには役に立つじゃん」
私の声にぱっと顔を輝かせたルチアナは、ベッドの上で執事長に押さえ込まれ、初老の医者とメイド長に2人がかりでその手足を掴まれているような状態だった。
「こいつらに私の上から退くよう言ってくんない? もう元気だっつーのに寝てろってうっせーの!」
魔力は体力と同じだから、倒れるほど消耗したら回復には充分な栄養と休養が必要だ。
それなのに彼女が部屋を出て行こうとしたから使用人たちと揉めたんだろう、と私は頭を抱えそうになった。
「……ルチアナならもう大丈夫だと思いますから放してあげてください。このままでは話もできませんから」
私の言葉に3人はルチアナから手を離し、公爵令嬢を物理的に押さえ込むという非礼を詫びてから部屋から出ていく。
そうは言ってもルチアナも自分のことは自分である程度把握できているだろう。
なんてったって、ローゼンベルグ家歴代トップレベルの魔術師らしいし。
「体調はどうですか?」
「あーね。生命維持活動に回す魔力は回復したかも? でもまだ簡単な物質操作も使えないっぽい」
私はベッドサイドの椅子に腰を下ろして、使用人たちが用意してくれたフルーツをフォークに刺してルチアナに差し出す。
「あなたが好きだからと言ってフルーツを用意してもらっています。食べられそうだったら少しでいいので食べませんか? 冷たくて美味しいですよ」
「アゼリアが食べさせて!」
「……」
「ダルくて腕上がんなーい。ね?」
大の大人が3人がかりで押さえ込む必要があるほど暴れてたのに?
そうは言っても私の命の恩人でもあるし、今日くらいは甘やかしてあげてもいいか……。
「今日だけですからね」
「へへ、やったぁ~」
「はい、あーん」
「あーん♪」
子どものように従順に口を開けたルチアナは、おとなしくフルーツを口に含んで笑顔でもぐもぐと咀嚼する。
「ん~うまっ! アゼリアの愛が五臓六腑に染み渡る……」
「大袈裟です」
「護衛騎士いなくてまじ良かった。いたら嫉妬で睨み殺されてたわ」
「クロはそんなことしませんって……」
私は一口、また一口と、ルチアナにフルーツを食べさせてあげた。
フルーツの乗った皿が半分くらい空いてきたころ、私はタイミングを見ながらぽつりと話し始める。
「……ルチアナ、あなたがわたくしの危機をお父様に知らせてくださったと聞きました」
「ん? あぁ、シリルの話? そそ、うちのクソジジイ王宮の判断を待つとか言っておいて結局報告してなかったらしくてさー、私にもアゼリアに言うなって。まじ判断力終わってね?」
「やはり、ローゼンベルグ公爵が……」
「あのジジイがなんと言おうと私はアゼリアのが大事だし」
もう一口とねだるルチアナの口元にフルーツを差し出しながら、私は昨日ヴァロワール邸であったことを彼女に話した。
私の話を聞きながらルチアナは目を丸くしていて、最後にはフルーツを咀嚼することすら忘れていた。
「え…………なに、とりあえず私間に合った感じ?」
「はい。むしろあなたが来てくれなければ師匠もレオン様も駆けつけてくださらなかったはずなので、そうなるとわたくしとクロだけではあの場を抑えられていなかったと思います」
「はぁ~……。……とりあえずアゼリアが無事だったならなんでもいーや!」
深く息を吐いたまま何かを考えた様子だったルチアナは最終的にそれを口に出さないことを選んだのか、望み通りになった結果だけを言葉にして自分を納得させたようだった。
それから大きく伸びをして肩を回す。
「親父と兄貴たちがどうなったか知ってる? タダじゃ済まなかったっしょ」
「それは……」
「それについては私から説明させてもらう」
室内にジェトリウスの声がした。
ルチアナが目覚めたことを使用人が報告に行ったようだ。
レディの部屋に勝手に入ってくんなと威嚇するルチアナと、ちゃんとノックしたと言い張るジェトリウスは、私を挟んで火花を散らしている。……勘弁してほしい。
ジェトリウスは今回の件でヴァロワール家とローゼンベルグ家、ローゼンベルグ公爵個人に下りた王宮からの処罰と、今朝追加で通達がきたシリルへの今後の対応についてルチアナに説明した。
彼女は最後まで黙って話を聞いてから、「ふ~ん」と興味がなさそうに言う。
「ま、そんなんだろーとは思ってたよ。王宮にシリルのことを報告しなかったジジイを疑問に思わなかった一族全員、共犯で同罪っしょ」
「…………」
王宮に正直に報告をしていたところで、シリルの経済政策に財政難を救われた貴族家からローゼンベルグ家への水面下での反発は後を引く結果になってただろう。
それはアゼリアが殺されていようといまいと変わらないけど、アゼリアのことをよく思っていない貴族が多いことを考えると、シリルの処分がアゼリアの命と引き換えかそうでないかでは印象が変わってくるように思う。
……私からしたら胸糞悪い話だけど、ローゼンベルグ公爵は「アゼリアを殺したのだから、シリルが捕まってしまっても仕方ない」という結果になることを待ってたんだろう。
「誰が次の当主やんだろ。大変そー」
「しばらくは代理当主として先代が指揮をとると聞いている」
「あーちょうど良さそ。じいちゃんも志半ばだったみたいだし」
……そうだった……。
ルチアナが幼いアゼリアを誘拐した件の責任を追及されたことで、ローゼンベルグ家の当主は代替わりしたんだった……。
「ルチアナ嬢が我が邸で休養中だということはローゼンベルグ家にも知らせてある。夫人からの伝言で、『家のことは気にせず、魔力が回復したら戻ってきなさい』とのことだ。滞在中は不便なく過ごせるよう手配しているが、希望があればなんでも使用人に言ってくれ」
「……お気遣いドーモ」
顔では飄々としているルチアナだけど、さすがに実の父親が重い罰を受け、残された一族も相当大変な思いをすることになる事実は受け入れるのに時間がかかるかもしれない。
私と同じくジェトリウスもそう考えていたようで、やんわりと目で退室を促された。
「……ルチアナ、今はゆっくり休んでください。わたくしもまた後で顔を見にきますね」
「ん、ありがと」
少しだけ心配だけど、笑顔を向けてくれたルチアナを使用人に任せて、私たちは客室を後にした。
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