シリルの秘密
使用人たちに頼んで改めてヴァステリアの朝食を部屋まで運んできてもらい、彼女の案内で私とクロヴィスは亜空間へと足を踏み入れる。
「まあ適当に座ってくつろいでくれ」
そう言いながらテーブルや椅子やらを魔術でぽんぽんぽんっと呼び出したヴァステリアはテーブルに朝食の乗ったトレーを置くと、自身は一際豪勢な装飾の椅子にどかっと腰を下ろして優雅に足を組んだ。
私は彼女と対角線上の椅子にかけて、クロヴィスはその傍に立って控える。
「それで? 貴様は儂に何か聞きたいことがあるんだろう?」
ヴァステリアはスープの具材を吟味するようにスプーンで漁りながら、私には目を向けずにそう言った。
彼女にとっての私の疑問への関心はスープの具以下らしい……まあ、いいけどさ……。
「その……昨日ヴァロワール邸で起きた襲撃事件について、師匠とゆっくり話せていなかったものですから」
「確かにそうだったな」
「わたくしとクロと別れたあと、屋敷の中で何があったのですか? シリル様はどういう状態で、ミレーユは……? 王宮での調査ではどんなことが明らかになったのですか?」
「ふむ……」
ヴァステリアは半分に割ったスコーンをミルクたっぷりの甘い紅茶に浸しながら一呼吸の間思考を巡らせたあと、屋敷の地下で自身とミレーユが経験したことを一つずつ話してくれた。
「……結局あの小僧は貴様を襲撃した動機の詳細を語らんかった。それを暴くために儂は王宮に呼ばれていたわけだ」
私はヴァステリアの胃袋に次々に収められていくスープの具材たちを見ながら言う。
「…………師匠がここへ戻ってきたということは、その詳細がわかった、ということですよね」
「もちろんだとも。儂を誰だと思ってる。結論からいうと、小僧の言葉には一つも嘘はなかった」
「…………」
「だがそこに補足をすると……まず第一に、小僧は自分の妹に対して一般的な兄妹としてのそれよりも大きな愛情を抱いていた。第二に、そんな愛する妹は国の第一王子……つまり今の貴様の婚約者に対して、幼い頃から叶わぬ恋心を抱いていた」
「えっ……ミレーユが、レオン様に……ですか」
「ああ、そのようだな」
シリルはミレーユのことが好きで、ミレーユはレオンのことが好きだった。
そんなミレーユはレオンの婚約者になるためにも小さい頃から厳しい貴族教育を頑張っていたのに、結局選ばれたのは……。
なんとも言えない居心地の悪さを感じてしまう。
確かにアゼリアにとってもレオンの婚約者に選ばれたことはとても誇らしいことだったようだ。
けどアゼリアの努力はレオンのためにしていたものじゃないし、婚約者という立場は結果でしかなかった。
……ミレーユとは、思い入れにだいぶ差があるように思える。
「第一王子の婚約発表を受けてひどくショックを受けた妹を見て、小僧まで心を痛めたようだ。あの手この手でなんとか婚約者の座を奪えないかと試みたようだったが、どれも失敗に終わった。小僧の想像以上に貴様はしたたかで、優秀で、極めつけに強運を超えた豪運の持ち主だったようだな」
ニヤリと笑ってそう言ったヴァステリアには、遠回しに図太くてしぶといと言われているようでどうも素直に喜べない。
まあ、アゼリアは本当に強い子だったんだろう。
「妹への行き過ぎた想いは小僧から善悪の判断力すらも奪ってしまった。奴は王家に恨みのあるはみ出し者を言葉巧みに集め、禁忌魔術に手を染め、一族に代々受け継がれている貴重な契約魔術さえ私利私欲のために使ったのだ。結果、儂がここへ帰ってくる頃には死刑が決まった」
「……!」
「まあ、情報は全て引き出したし、意識が崩壊していて意思疎通も奴隷労働も叶わないような人間を意味もなく生かしておくほど、この国の王宮は反逆者に対して寛大ではないようだな」
シリル個人への処罰については昨夜の通達にはなかった内容だ。
きっと通達が出された後に決定したことなんだろう。
ヴァステリアは綺麗に食べ終えて空になってしまったスープ皿を残念そうに見つめていた。
彼女の話を聞くと何が正しいことなのかわからなくなってしまう。
レオンの婚約者がミレーユになっていればよかった?
でもそう思うことはアゼリアの努力を私自身が否定してしまうことになる。
それだけはしたくない。
ヴァステリアは満月のような瞳を向ける先をお皿から私へと移した。
「……貴様、何かよくないことを考えているな?」
「こ、心を読まないでください」
「はっはっは! いくら偉大な魔術師である儂でも他人の心の中が読めるわけがないだろう。そんな顔をしていると思っただけだ」
「そ、そうでしたか……。その、過去のことを悔やんでも仕方がないとはわかっているのですが、どこでどうなっていればみんなが幸せになれるような結末になったのかと……今後の教訓のためにも、考えてしまったのです」
「はあ、貴様は聖女のように優しいなあ。ああ、そういえば聖女だったか」
ヴァステリアはわざとらしく言いながら少しだけ呆れを含んだ目で私のそばに控えるクロヴィスを見た。
「黒い小僧……貴様から何か言えることがあるんじゃないか?」
私がクロヴィスを振り返ると、彼は目を伏せてから私を見つめた。
「……この世で生きていく中で、人の欲と欲がぶつかり合うのは避けられないことです。そんなとき、両者が満足できるような円満な道が用意されてることはとても稀で、ほとんどの場合は強者の欲のみが叶えられる仕組みになってます」
「強者の欲のみ……」
「はい……。そしてそこにあるのはいつだって、善悪ではなく強弱です。戦闘力、権力、財力、運……強い者だけが自分の欲を叶えられる。……お嬢様、どうかお気持ちを強く持ってください。あなたは間違ってない。どんな逆境も跳ね返すことができるのは、あなたが人よりも努力を欠かさなかった強い人間だからです。弱者に同情して自分が傷つく必要はありません」
「くくく……」
クロヴィスの言葉にヴァステリアは満足げに笑う。
「貴様はブレないなあ。ともあれ、そういうことだ。儂らは未来の結果なんてわからない中で生きているのだから、『この選択が円満だ』と事前に選ぶことは誰にもできない。今回とて、貴様を殺したかった小僧と、絶対死にたくない貴様の欲がぶつかり合った結果、あらゆる力の乗った天秤は見事貴様のほうに傾いたというだけの話よ」
「…………」
「ヴァロワールの童どもに同情をかけるなら、貴様が死ぬしかなかったわけだが?」
「それは……絶対にできません」
「ならば理解し、受け入れよ。強者には弱者を踏み潰す感触が付きまとうものだ。それは勝利の代償と言ってもいいだろう」
勝利の代償。
絶対に死にたくないという私の欲を叶えるために必要な犠牲……。
私の幸福は誰かの幸福の上に成り立っている。
けどそんな誰かの幸福を踏み躙って嘲笑うのではなくて……ちゃんと敬意を払って尊重して、今ある自分の幸福にたくさん感謝しよう。
きっとクロヴィスにはすでにその覚悟があるんだ。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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