寝落ち
ヴァロワール邸でのアゼリアの襲撃事件に対して、王宮の動きは驚くほど早かった。
私がミレーユとお茶会をした日の夜には四大公爵家のうち二家の不祥事と各家への処罰に関する通達が、王宮から全ての貴族家へ知らされることになったのだ。
特にルチアナの実家であるローゼンベルグ家の罪は重く、ルチアナの"密告"のおかげでかろうじて爵位剥奪にはならなかったものの、「犯人隠避罪と王宮への反逆罪により領土の半分を没収、先20年間10%の増税、奴隷労働の一部をローゼンベルグ家が担うこと」に加え、ローゼンベルグ公爵個人は「爵位剥奪、顔に罪人の焼印を捺され、舌を抜かれた状態でエルグランド王国内から追放」されることが決まった。
実質、貴族家として立ち行かなくなるのも時間の問題ではないかと言われている。
刑法の要となる公爵家から罪人が出たということを、王宮もかなり重く受け止めたようだ。
ミレーユの実家であるヴァロワール家は、ヴァステリアの調査協力によって「完全にシリル1人が起こした事件」ということが立証されたらしく、「監督不行き届きにより領土の20%を没収、先10年間5%の増税」を課された。
その他にもジェトリウスの予想通り二家とも公爵家としての権利の一部を取り上げられ、それらは一時的に王宮が保有することになり、代わりに今まで王宮が持っていた権利の一部が押し出し式にフェリオール家にも下りてきた。
そしてそんな緊急通達の最後はレオンの言葉で締められていた。
『アゼリア・フェリオールは数年後には王家の一員となる。彼女への侮辱、暴行は今後も王族反逆罪として処理する』
…………破格の対応だ。
レオンが死亡フラグになるかもとか思ってたころの私を叱りたい。
◇
夜遅くに転移門を使って帰ってきたヴァステリアは見るからにやつれていたらしく(いつも元気な尻尾がしおしおだったらしい……)、使用人に夜食を届けさせるとそれ以降部屋に引きこもって姿を現さないそうだ。
「先ほどお部屋まで朝食をお持ちしたのですが、ノックをしてもお返事がなく……」
使用人の一人が朝食を終えた私にヴァステリアのことを相談をしにきた。
……確かにおかしい。
ヴァステリアは現実時間の影響を受けないよう、私たちも修行で使わせてもらっているあの亜空間で休養を取っている気配があった。
その方法であれば現実で休養にあてる時間はほぼ必要ないはずだ。
何より、彼女はフェリオール家の料理人の作った料理を毎食とても楽しみにしていて、この家に身を寄せてからは食事を欠かしたことがない。
「……わかりました。わたくしが様子を見に行ってみますね」
「あ、ありがとうございます、アゼリアお嬢様……!」
クロヴィスと一緒に別棟のヴァステリアに貸している客室へ向かう。
「あの悪魔が食事の呼びかけにも出てこないなんて珍しいですね」
「自己転移魔術も簡単に使えるはずなのにわざわざ転移門で帰ってくるくらいですから、相当疲れていたのかもしれません。それだけシリル様の件の調査について、王宮からの要求が多かったんでしょう……」
アゼリアの魔術の先生としてヴァステリアに白羽の矢が立ったあとで、時計塔の"諦観の魔術師"について私が個人的に調べたところによると、彼女は『過去に起きた出来事を一時的に再生する魔術』と、『自分の目で見たものを記録・再生する魔眼』を持っていて、それは事件の証拠能力があると各国からお墨付きを受けているらしい。
そしてその能力こそが、彼女を"諦観の魔術師"たらしめる所以でもあるんだとか。
「師匠、おはようございます。アゼリアです」
ヴァステリアがいるはずの客室の前へくると、私はそのドアをノックしてから呼びかけて少し待つ。
……返事はない。
もう一度ノックする。
「朝食ができていますよ。温かいうちにいかがですか?」
やっぱり返事はない。
クロヴィスを振り返って中から何か物音がしないか聞くと、彼は首を横に振った。
内側から認識阻害をされているとかで、彼にも音や気配が探れないらしい。
「……師匠、開けますね」
私は断りを入れてからおそるおそる魔窟……ではなく、時計塔の私室へと繋がっているというヴァステリアの部屋のドアを開ける。
魔術修行のたびに通るからだいぶ見慣れたものの、相変わらず部屋に転がっている生き物の死骸のようなものは気持ち悪いのでじっくり見ないようにした。
けれども薄暗い室内をいくらも進まないうちに私たちは足を止めることになる。
「!? し、師匠!」
ヴァステリアは亜空間へ繋がる扉の前に、食べかけのサンドイッチを握りしめたままの状態でうつ伏せで倒れていた。
急いで駆け寄って確認すると脈や呼吸はある。
……悪魔の生存確認も人間と同じ方法でいい……よね?
クロヴィスがヴァステリアの体をそっとひっくり返すと、彼女は口の周りにサンドイッチの中のソースを付着させたまま眠っていた。
眠りながらもサンドイッチを手放さないその執着心はさすがだ。
これだけ気持ちよさそうに寝てるなら起こさない方がいいよな、と私が判断したとき、何かをむにゃむにゃと呟いていたヴァステリアがうっすらと目を開けた。
「…………んあ? なんだ……」
焦点が合っていない様子の悪魔は目をこすりながらも、もはや本能なのか手にしていたサンドイッチを口元へ運んでかじる。
「し、師匠、大丈夫ですか? 呼んでも返事がないのでわたくしも使用人たちも皆心配していたのですよ」
「……ん!?」
ようやく私の声を認識したらしいヴァステリアは目をカッと開いて起き上がる。
それから私たちの顔と室内を順に見回してから、またサンドイッチをかじった。
「この儂ともあろう者が……寝床にたどり着く前に寝落ちたか……」
それからもぐもぐと口を動かしながら手の中のサンドイッチを見て、
「食材の乾燥具合からして、調理されてから6時間ほど経っているな……」
と、刑事ドラマも顔負けの推理をして見せた。
やっちまたな~という残念そうな顔をしているのは本人だけで、とりあえず元気そうで何よりだ。
「余程お疲れだったのですね……」
「そうだそうだ、全く信じられん! 国王だか王子だかなんだか知らんが、自分らの無能な部下の仕事をここぞとばかりに次から次へと押し付けてきてなぁ! 儂が心優しい魔術師じゃなかったら彼奴ら今頃全員殺してたぞ」
口ではそう言いながらも結局手を貸してくれる、そういうところが彼女の憎めないところなんだよな、と私は困り顔で笑った。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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