相思
話を終えた私は、クロヴィスと一緒にジェトリウスの執務室を後にした。
今日は午後の時間をミレーユとのお茶会のために空けていたから、ぽっかり時間ができてしまった。
歩きながら考えていた私は廊下で足を止めてクロヴィスを振り返る。
「クロ、少し庭にでも……っ、え」
「?」
驚いて言葉を切った私を見て、彼は不思議そうな顔をする。
私は震えそうになる指先で真っ青になり彼の耳元を指差した。
「つ、作ったばかりのあなたの護身用の魔術道具が……ピアスが!」
私の言葉にクロヴィスは自分の耳元に触れて確かめる。
そこにあるはずの彼の瞳と同じ色をしたピアスの感触がない。
「あ、やっぱり……さっきヴァロワール邸で壊れたかもと思ったんですよね」
クロヴィスはなんてことないとでも言う様子で言ったけど、あれは家が2軒建つほどの価値がある宝具なんだってば!
木の根もナイフも、護身用の魔術道具が砕けるほどの魔力でできた攻撃ではなかった。
ということは間違いなく……
「……もしかして、魔力が暴走したわたくしを助けたとき……では……?」
「えっと…………別にお嬢様のせいとかでは全然なくて」
「そうなんですね?」
「いえ、あの…………はい……おそらく……」
最終的に私に嘘をつけず、クロヴィスは申し訳なさそうな顔で頷いた。
「…………っ」
私は口を開いてから、ここが誰が通りかかるかもわからない廊下の真ん中であることを思い出した。
……まずは場所を移動しよう。
「庭に出ましょう」
明るい庭園のいつものベンチでは、今日も猫たちが集まって日向ぼっこをしていた。
私たちの姿を見るなり尻尾を立てて、ご機嫌な様子で椅子になるよう催促をしてくる。
「クロもちゃんと猫たちの椅子にならなきゃダメですからね」
相変わらず座らずに立っていようとしたクロヴィスに先手を打つようにして私が自分の隣を手で示すと、彼はおとなしくそれに従ってくれて、ベンチからは長さの違う2人分の影が伸びた。
猫たちはゴロゴロと喉を鳴らしながら私たちの膝に乗ってきてすぐに丸くなる。
幸せを具現化したようなふわふわの毛を優しく撫でながら、私はぽつりぽつりと話し始めた。
「……まずは何よりありがとう。またわたくしはあなたに命を救われました」
「いえ、俺は何も」
「わたくしの命は確かにあなたの手で守られたのですよ。どうかきちんと感謝をさせてください」
「…………はい」
クロヴィスにとってアゼリアを守ることは、ジェトリウスに任された仕事でしかないかもしれない。
けど、彼がその責務を立派に全うしていることは疑いようがない。
「その上で……あなたの身を守るための貴重なピアスをこんなところで使わせてしまって……本当にごめんなさい」
「気にしないでください」
「そういうわけには……」
「本当に気にしないでください。道具は使うためにあるんです。……それに」
「……?」
クロヴィスは猫の喉を撫でていた手をそっと自分の首元に当てた。
「お嬢様からいただいたチョーカーがまだ残ってます。あなたの魔力と親和性が高かったこれのおかげで魔力が中和されて、結果ピアスひとつの代償だけで俺の命は助かりました」
……改めて、あの高濃度の魔力の奔流の中に飛び込むことは命を捨てるに等しい行為だったんだと実感する。
私は本当に……クロヴィスを失うかもしれなかったんだ。
「……」
私は顔を上げて隣のクロヴィスの横顔を見た。
ご機嫌な様子の猫を撫でる優しい顔からは愛情がたくさん感じられる。
膝の上の猫の温もり。
隣にクロヴィスが居てくれる安心感。
今この瞬間に、私は涙が出そうなほどの幸福を感じていた。
私の視線に気づいたクロヴィスが顔を上げて私を見て、そして目を丸くする。
「お、お嬢様……大丈夫ですか? どこか痛みでも?」
溢れそうになった涙を瞬きで誤魔化しながら首を横に振って俯く。
「……いいえ、わたくしは元気ですよ。あなたを危険な目に遭わせてしまってごめんなさいという気持ちと、生きていてくれてありがとうという気持ちが止まらなくて、自分でも……よくわからなくて」
「お嬢様……」
きっと護衛騎士であるクロヴィスはこんなことを言われたら逆に困ってしまうだろうな、とわかっていても、胸からあふれる言葉を堰き止められそうにない。
「…………あなたは以前、わたくしが幸せになることが自分の願いだと言ってくれましたね」
「はい」
「わたくしの幸せには、あなたが居てくれることが含まれています」
「!」
「今後もし……わたくしを助けるためにあなたが死んでしまうようなことがあったら……わたくしは生涯、自分が生きていることを呪い続けるでしょう」
アニマルセラピーが与える目に見えない絶大な効果を、私は今、強く実感していた。
膝に猫が乗っていなかったら、柔らかい毛並みに指を通していなかったら……情けなく声を上げて泣いていたかもしれないほどだ。
「わたくしのことを守ろうとしてあなたが居なくなってしまうことが怖い……あなたはわたくしのことをとても大事にしてくれるから、いつかそんなことが起きてしまうんじゃないかって」
「…………」
「危険なんて起きなければいい。あなたもわたくしも危ない目に遭わずに生きていけることが、きっと当たり前のようでとても難しい幸福なんだと今は思っています」
私の話に黙って耳を傾けていたクロヴィスは、膝に乗せた猫の顎を撫でながら静かに言う。
「……お嬢様は俺がどうやってあなたの護衛騎士になったのか、その経緯をご存知ですか?」
「え? ……いえ……そういわれてみれば、知りません」
「俺がジェトリウス様にお願いしたんです。あなたの護衛騎士を任せてほしいと」
「え……」
「ヘルムート団長に拾われてきて間もない子どもの言うことに、当然ジェトリウス様は許可を出しませんでした。ですが、代わりに条件を出してくださったんです。俺がお嬢様を守るに値するくらい充分に強くなったら再考すると」
「…………」
なに、それ……ちょっと思ってたのと違う……。
クロヴィスは強いからアゼリアの護衛を任されたんじゃなくて、アゼリアの護衛をするために強くなったってこと……?
その結果が今のこの状況なの?
「俺は欲張りでわがままな人間なんで、必死になって手に入れたお嬢様の護衛騎士っていうポジションを誰にも譲りたくない。俺が死んだらきっと誰かが代わりにあなたの護衛騎士を務めることになるでしょう? けどそんなのは嫌なので、簡単に死ぬつもりもありません」
「……!」
「俺はあなたを絶対に死なせたくないし、あなたの幸せは俺がこの手で守りたい」
幼いクロヴィスはどれだけの時間を鍛錬に費やして、何度悔しい想いをして過ごしてきたんだろう。
その末の願いが自分の手でアゼリアを守ることだなんて、欲張りでもわがままでもなんでもないじゃん……。
「それに俺はフェリオール騎士団の騎士ですから。ジェトリウス様の教えの通り、たとえどんなに無様でも、ちゃんと生きて帰ってくることが何よりの誇りで強さの証明だと思ってます」
「…………」
私は毛並みに沿って猫の背を撫でる。
「……その言葉、信じてもいいですか?」
「もちろんですよ。俺はあなたを悲しませることはしません」
……恥ずかしげもなくそれを言えちゃうの、本当にすごいよなぁ。
でもおかげで苦しくてモヤモヤしていた気持ちが少しだけ和らいだ。
「ありがとう、クロ。……あなたの言葉はすごいですね。わたくしを簡単にあやせてしまう」
「そうですか? 俺からしてみればお嬢様のほうがすごいですよ。あなたは言葉じゃなく行動で、あっさり俺に生きる気力を与えたんですから」
………………うん?
アゼリアにクロヴィスが生死を彷徨っていたところに出会した記憶ってあったか……?
それとも身体的じゃなく精神的なピンチのことだったのかな。
それだと私には見えないもんな。
庭にいる私たちに気づいた使用人たちが簡易なお茶のテーブルと猫たちへのおやつを用意してくれたおかげで、様々な問題や不安の中で、私はひとときの癒しの時間を過ごすことができた。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




