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事件の裏側

挿絵(By みてみん)

結局、私とミレーユの穏やかなお茶会だったはずの時間は一変して大変なものになってしまった。

私はヴァステリアの魔術でフェリオール家の本邸に戻る前に、どうしてもミレーユに声をかけたくて彼女の元へ向かった。



「ミレーユ」


「!」



ヴァロワール公爵の傍に立つ彼女はとても疲れた顔をしていて、どこか怯えたような目をして私を見た。


……もし、私が彼女の立場だったら。

相手に対してどんな感情を抱いて、どんな言葉を発するだろう。

なんて声をかけられたら、少しでも心が軽くなるだろう。


ぎこちなくなってしまっていたかもしれないけど、私はなるべく笑顔で言う。



「……お茶会はまた日を改めてしましょうね。今は色々あって心も落ち着かないと思いますから……どうかゆっくり体を休めてください」


「アゼリア…………ごめんなさい、とても許してくださいなんて言えないけれど……ごめんなさい……!」



今まで必死に堪えていたのかもしれない。

ミレーユは私の前でぽろぽろと涙を溢して、両手で顔を覆った。


どっ……えっ、ど、どうしよう……!?



「あ、謝らないでください。あなたは何も悪くないでしょう?」


「いいえ、元はといえばわたくしのせいです……! お兄様を追い詰めたのは、わたくしが不出来な令嬢だから……努力不足だったから……!」


「……」



自分が悪くないはずのことでも、元を正せば自分のせいなのかもしれない、もっと頑張れたはずなのにと……前世の私にもそうやって自分を責めてしまった経験がある。

だからミレーユの気持ちは痛いほどよくわかってしまった。



「…………ミレーユ、自分のことを責めてしまう気持ちもわかりますが、わたくしはそんな責任感が強いところを含めて、あなたのことを尊敬しているんですよ」


「アゼリア……」



実際にアゼリアが経験した襲撃時の痛みや、また襲撃を受けたらと考えて心が休まらなかった日々を思えば、過ぎたことだから全く気にするなと言える余裕は私にはなかった。

それでもミレーユ自身に悪意がなかったことは、私もアゼリアもよく理解している。



「だからどうか、元気が出たらまた一緒にお茶をしましょうね。今度はわたくしにもおもてなしをさせてください」


「………………」



そう言いながら安心させるつもりで握ったミレーユの手は……かわいそうなことに、びっくりするほど冷たかった。



◇


私とクロヴィスをフェリオール家の本邸まで送り届けてくれたヴァステリアは、レオンと少し話をしてくると言って再びヴァロワール家へと単身転移をした。

……無機物の転移魔術と違って生き物を移動させる転移魔術っていうのは魔力消費も難易度も並大抵じゃないはずなのに、ヴァステリアもレオンもホイホイ使えるとかとんでもないな……。


見慣れた庭園から屋敷へ歩いていると、空間を裂くバリバリという音を聞きつけた使用人たちが続々と庭園の入り口へと出てくる。



「アゼリアお嬢様!」


「おかえりなさいませ、お嬢様……!」


「みんな、出迎えをありがとう。ただいま戻りました」


「ううっ、おかえりなさいませ、アゼリアお嬢様……! 本当に、ご無事で何よりです……!」



その中にいたリーナは、目に涙すら浮かべている。

この様子……もしかしたらジェトリウスは使用人たちにも今回の概要を伝えているのかもしれない。



「ただいま、リーナ」


「ジェトリウス様もお嬢様のお帰りをお待ちですよ」


「! ……わかりました。すぐに参ります」



使用人に連れられ、なぜかジェトリウスがいるという客室へクロヴィスと一緒に向かう。

3回の軽いノックの後、室内からの返事を受けて使用人が部屋のドアを開けた。



「……!?」



私は予想と違った室内の様子に驚く。

客室にいたのはジェトリウスとフェリオール家に仕える初老の医者、そして天蓋付きのベッドに横たえられていたのは最近ずっと学院を休んでいたはずのルチアナだった。

ジェトリウスは私たちに目を向けると静かに問う。



「2人とも怪我はないか?」


「わ、わたくしもクロヴィスも大事ありません。……その、どうしてルチアナがここに? それにお医者様も……」



ジェトリウスは視線をベッドの上のルチアナに移した。



「今回、ルチアナ嬢は命懸けでアゼリアの危機を知らせにきてくれた」


「……では、レオン様と師匠がヴァロワール邸へ来てくださったのは……」


「ルチアナ嬢の必死の訴えを受けて、私が手配した」



そういうことだったんだ……。

私は何かの記録を取り終えたらしい初老の医者に聞く。



「先生……ルチアナは無事、なのですよね?」


「どうかご安心くださいませ、アゼリア様。ルチアナ様は魔力の使いすぎでお疲れのようです。ゆっくりお休みになれば目を覚まされますよ」



私はルチアナのベッドにそっと近づいて、その顔をそっと覗き込む。

いつもの強気なメイクをしていないルチアナの素顔は年相応のあどけなさすら感じられた。

確かに周りから見ればその行動は協調性を欠いてぶっ飛んでるのかもしれないけど、いつだってブレない"アゼリアのため"という芯を持った彼女のことを、私もちゃんと感謝して大切にしなければ。



「……いつもありがとう、ルチアナ。目が覚めたらまた一緒にお茶とお菓子を食べながら、おしゃべりをしましょうね」



私は彼女を起こさないよう静かに声をかけたはずなのに、ピッタリと閉じていたルチアナの瞼が勢いよくカッと開かれて、驚きのあまり思わず叫びそうになった。

クロヴィスに支えられなければ腰を抜かしていたかもしれない。



「アゼリアの……声がする……」



ルチアナは息を荒げながらターコイズの瞳をぎろりと動かして私を見る。

さすがに小さく「ヒッ……!」と声が出てしまい、クロヴィスが私のことを庇うように手を出して一歩前へ出た。



「アゼリア……私のアゼリア! 無事だったん、うッ! …………」



私へ向かって手を伸ばし、ベッドから体を起こそうとしたルチアナは一瞬苦しそうな声を上げると、そのままベッドへ倒れ込んで動かなくなった。

彼女の長い紅の髪がベッドへ広がっている様はホラー映画さながらだ。

初老の医者がそそくさとルチアナをベッドへ寝かせてその体に布団を掛け直す。



「魔力を完全に枯渇させていたのだから、まだ動いていい状態じゃない」



冷静にそう言ったジェトリウスの様子を見るに、どうやら彼が魔術でルチアナのことを強制的に眠らせたらしい。

……この男もこの男で本当に容赦ないな……。


そんなジェトリウスが「場所を変えて話をしよう」と提案してきたため、私はルチアナが目を覚ましたら知らせてほしい旨を医者と使用人たちに伝えてから、クロヴィスと一緒に客室を後にする。



◇


私たちはジェトリウスの執務室へと移動し、私は彼と向かい合ったソファーに腰を掛け、クロヴィスは私の背後に控えた。



「お前たちがこうしてまだ日も高いうちに帰ってきたということは、ヴァロワール邸でのミレーユ嬢とのお茶会は途中でお開きになったんだろう。詳細を話してくれないか」


「…………」



私はクロヴィスと顔を見合わせると、ヴァロワール家の本邸であったことをひとつずつジェトリウスに話した。

あわせて、以前ルチアナが「アゼリア襲撃の首謀者を兄貴が追っている」と言っていたことも。


私たちの話に最後まで耳を傾けたジェトリウスは深く息を吐いた。



「……本当に、無事で何よりだ」



襲撃にあったこともそうだけど、私の魔力が意図せず暴走したことについても……クロヴィスがいなければどうなっていたかわからない。

もしかしたら今でも死への焦燥感と冷たい全能感の中にいたかも……。



「ヴァステリア殿も言っていたようだが、魔力の豊富な人間ほど魔力暴走は起こりうる。私にも経験がある」



完全無欠に見えるジェトリウスにも……?



「お父様はそのとき、どう対処されたのですか?」


「魔力暴走の原理は自身の魔力の許容量オーバーによるものだ。私の場合はそのことを知っていたから、遠慮なく存分に使わせてもらった」



……ジェトリウスほどの人間が魔力を存分に使う場って……?

なぜだか八つ当たりされてもめげない団長のヘルムートの顔が頭に浮かんでしまった。


今後のためにもあとでヴァステリアに詳しく話を聞いてみよう。


ジェトリウスはルチアナがフェリオール家の本邸へ転移魔術でやってきたことから、ヴァステリアにヴァロワール邸へ向かうよう頼み、自分は王宮へルチアナの言葉を伝えたことについて経緯を説明をしてくれた。


おかげで経緯は理解できた。

ただ……どうもルチアナからの情報が持ち込まれたタイミングに違和感がある。

ギリギリすぎるというか、逆にちょうど良すぎるというか……。


私の違和感を察したらしいジェトリウスは言葉を追加する。



「……ルチアナ嬢がここへ来た際の状況から判断するに、ローゼンベルグ家は以前から首謀者の正体を掴んでいたにも関わらず、何らかの意図で王宮への報告を怠っていた可能性が高い。彼女が命懸けで知らせてくれていなければ、おそらく殿下もヴァステリア殿もヴァロワール邸へ赴いてはいなかっただろう」


「……!」



つまり、ルチアナが情報を持ち込んでくれたタイミングは完全に偶然?

ジェトリウスも言うように、彼女がアゼリアに危険が及ぶようなことを私に知らせないでいるとは思い難い……ということは、ローゼンベルグ家がルチアナと私の接触を邪魔していた?

もしかしたら学院を休み始めた数日前の時点ではすでに……?


もしジェトリウスの言葉が事実だったら……王国の四大公爵家のうち二つが、"次期王妃"の命を軽んじていた、と王宮は判断するだろう。

そうなってくると国内の貴族家の力関係が大きく動く可能性がある。



「今回の件でそのことが明るみに出た。処分や今後の対応については王宮の判断を待つことになるが、場合によってはアゼリア、今後はお前にも公爵家としての役目をいくつか任せる可能性がある」


「はい。心得ております」



フェリオール家は四大公爵家の中でも代々王国の軍事力の要を握っている。

その役割は国内の治安維持や各貴族家に所属する騎士団への戦闘指導、戦時下での軍隊の指揮など。

ジェトリウスが当主になる前は落ちぶれていたフェリオール家の役割を一時的に王宮が担っていたらしいけど、彼が戦時下で大きな功績を上げてからはその役割も本来の場所へと戻ってきたのだ。


ジェトリウスはアゼリアが勉学に集中できるよう、今までフェリオール家の仕事を任せたことはなかったけど、実際にルチアナやミレーユを含む同年代の他家の令息、令嬢たちは各家に与えられた役割を引き受けて全うしている。


もし王宮が四大公爵家のうちの二家、ヴァロワール家とローゼンベルグ家から一部の役割と権利を取り上げ、それをフェリオール家と……クラリエの実家でもあるフローレット家に振り分けたりなどしたら、ただでさえ仕事の多いジェトリウスでもさすがに捌ききれなくなってしまうだろう。


アゼリアだけがのびのびと学生気分でい続けるわけにはいかないだろうし、私も覚悟しておかないと。

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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