シリル vs. ヴァステリア
ヴァロワール家、地下の防災シェルター内の隠し部屋にて。
魔術を使って庭園の仲間たちの様子を探っていた男は、悲痛な面持ちでシリルに目を向けて小さく首を横に振った。
「……シリル様。テイラーの魔術防御壁が……破られました」
「アゼリア嬢は?」
「……まだ生きています」
「………………」
どうなっている……?
シリルの見立てでは、アゼリアにもその護衛騎士にも……"絶対に破れない魔術防御壁"の中に閉じ込められた末、掠っただけで細胞破壊を起こす呪いの塗られた無数のナイフをどうにかできる力はないはずだった。
ましてや、生命力を消費して発動した強固な防御壁を内側から破ることなど、たとえ王国の"賢者"であってもすぐには不可能だ。
「ミレーユは? もう避難は完了していますか?」
「い、いえ……シェルター内にはミレーユ様の魔力はないようです。おそらくまだ地上の屋敷にいらっしゃるかと……」
「……」
……まさか本当に予備プランを使うことになるとは。
シリルは隠し部屋の本棚にしまってあった一冊の魔術書を取り出した。
その本にはシリルが10年かけて溜め込んだ魔力と、その魔力によってヴァロワール家に代々伝わる契約系魔術をすぐに発動できるトリガーがしたためてある。
「……これより予備プランに移行します。あなたはミレーユを探し出して地下に避難させてください」
「承知しました」
「…………」
シリルは隠し部屋を出る直前、その部屋に残る己の記録の全てに火をつけた。
「おっと、そんなに急いでどこへ行く気だ?」
「!」
足早に地下シェルター内を移動していた2人に、からかいを含んだ声がかけられた。
ホール内に乾いたヒールの音をこだまさせながら現れたのは、頭上に捻れた角の生えた黒髪の美女だった。
「よくもまあ、地下にこれだけの空間を造ったものだな。地上の屋敷よりも広いんじゃないか?」
「貴様、どうやってここに……!」
「はあ。儂の発言の邪魔をするな」
呆れた声のヴァステリアがパチンと指を鳴らすと、シリルに付き添っていた男は手足を拘束されて壁に張り付けられてしまった。
「!? 魔術が……!」
「貴様の魔術は封じさせてもらった。ちょっとそこで大人しくしていろ」
「……」
シリルは横目で部下を一瞥すると、目の前に立ちはだかる悪魔を改めて見据える。
自分に対して構えの姿勢を取ったシリルに、ヴァステリアはニヤリと笑った。
「貴様がシリル・ヴァロワールだな?」
「……」
飄々とした態度に反して底知れぬ魔力を内に秘めた、邪悪な気配のする女だ。
満月のような黄金の瞳には、隠しておきたい過去も想いも、全てを見透かされているような気がして気分が悪い。
確認の形をしたその言葉にさえ、確信が滲んで見えるほどに。
「喋れる理性があるうちに確認したいことがある。貴様はなぜ、アゼリアを殺そうとした?」
「それを知ってどうするつもりですか?」
「無論、今後出る可能性のある芽を摘む」
「なるほど。そうであれば、話すつもりはありません」
ヴァステリアの口角が上がった。
「そうか。なら儂も貴様に用はない」
シリルが魔術書を開くのとヴァステリアが手を上げるのが同時だったため、お互いの体が背後に吹き飛んで壁に叩きつけられるのもまた同時だった。
ズゥン!!
「(あの魔術書を媒体にした魔術か?)」
「(この女、今何をしたんだ……?)」
体の軋む音を聞きながら身体強化魔術をかけて堪えたシリルは魔術書に書かれた文言を指でなぞった。
「"この女の魔力を差し押さえよ、『金印の誓縛』"」
「なるほど、契約魔術か!」
ヴァロワール家は"資産"を代価に魔術を行使する独特の契約魔術を代々受け継いでいる。
その契約魔術によって、光でできた黄金の鎖が床から現れ、ヴァステリアの体を拘束した。
シリルは魔術書のページをめくる。
「"我が呼び声に応えよ、『契約の財獣』"」
シリルが唱えると同時に物質転移魔術によって呼び出した大量の紙幣を青い炎で燃やすと、背後に空いた黒い闇から黄金の体毛を持つ獅子が現れた。
「5000万」
さらに追加で呼び出した紙幣を青い炎へ焚べると、黄金の獅子がもう1匹。
「1億」
シリルは一般人なら真っ青になるであろう額の紙幣を顔色ひとつ変えずに容赦なく青い炎の燃料にしていく。
「……2億!」
合計5匹の獰猛そうな獅子がヴァステリアを取り囲んだ。
「(消費した金額に応じて黄金の魔獣を呼び出す契約魔術……実にこの家らしい魔術じゃないか)」
これだけの強力な魔術を平然と使用するシリルの胆力もさることながら、魔術書に事前にどれだけの代価を食わせればたったのあれだけの詠唱で使用が叶うのか……ヴァステリアの興味は尽きない。
「"喰らいつくせ"」
「ヴァステリア様!」
「!!」
黄金の鎖に繋がれたヴァステリアが、大きく吼える5匹の獅子に喰らい付かれようというまさにその瞬間、地下のホールにミレーユの声が響いた。
ガツガツ、グシャグシャ……
獅子たちが骨に食らいつき肉を食い千切る生々しい音、そしてその光景の向こう側に立つ兄の姿を見て、ミレーユは膝から崩れ落ちる。
ヴァステリアに告げられた言葉が真実ではないことを、心のどこかで期待していた。
やっと仲良くなれた友人を、あの優しい兄が殺そうとしていたなんて。
しかしその優しいはずの兄は今、実際にミレーユの目の前で1人の人間を平然と殺した。
「どうして…………どうして、こんなことを……」
「……ミレーユ」
「お兄様、本当に……本当に、アゼリアのことを憎んでいるのですか? さっきだって笑顔で話していたではありませんか……。どうして……アゼリアを……ヴァステリア様を……!」
「ミレーユ、泣かないでくれ。君が悲しむことなんて何もない。……これは仕方のないことなんだ。アゼリア嬢はヴァロワール家と君の未来を脅かす存在だからね」
シリルがゆっくりとミレーユに歩み寄る。
「……来ないでください!」
「……」
「ヴァロワール家とわたくしのため……? アゼリアを殺す口実にわたくしを使わないで! たとえお兄様にどんな理由があろうと、罪は罪です……! 人を殺していい理由にはなりません!」
妹の強い瞳にシリルは足を止める。
……君は絶望と悲しみの中でも、こんなにも力強く、気高くいられるのか。
「……君もレオンハルト王子殿下も他家の貴族たちも、アゼリア嬢に騙されているんだよ」
「……? 何を……」
「そうでもなければ、殿下のご婚約者にミレーユが選ばれないはずがない」
「……!」
そう言ったシリルの暗い瞳に、ミレーユは息が苦しくなるほどの悲しみを覚えて俯く。
「お兄様……それは、つまり…………」
「ふ……ふはははは!! それはつまり、誰よりも他ならぬ貴様自身が! 『妹はアゼリアには敵わない』のだと……その実力を見限ったということじゃないか!」
「!?」
傲慢な美女の心からの高笑いが地下ホールに響く。
馬鹿な……あの女のことは『契約の財獣』が喰らい尽くしたはず……!
魔力の使用を封じられて、『金印の誓縛』を抜け出せるはずがない……!
「違う……! 僕はミレーユの力を誰よりも信じ、認めています!」
「ほう? だが、アゼリアをこの世から消さなければ、自分の妹は王子の小僧の婚約者になれないと思ったんだろう?」
「!」
その声にシリルが背後を振り返ると、壁に張り付けられていた部下の男の姿がなく、代わりに悪魔のようににんまりと微笑むヴァステリアの姿があった。
「……」
まさか……『契約の財獣』が喰らい付いているのは……
胸騒ぎを覚えながらシリルが恐る恐る振り返った先、5匹の黄金の獅子たちが群がる隙間から、見覚えのある指輪の嵌められた無骨な手が覗いていた。
「……っ、どう、やって……」
「ん? そんなことを知ってどうする? 知ったところで、貴様には真似することどころか理解することもできないぞ」
ヴァステリアはニヤニヤ笑みを浮かべながら、「まあ、最後に聞かせてやらなくもないが」と口にした。
「『時織の静穏』……特定対象の時間の流れを遅くする魔術だ。貴様にとっての1秒は、儂にとっての1時間にも1日にもなり得る」
「時間操作……? いや、そんな魔術は実在しません……!」
「ふん、視野が狭い小僧だな。だから理解できんと言ったのに」
シリルの命令通り血の一滴も残さずに"喰らい尽くした"黄金の獅子たちは、役目を終えると煙のようにその場から姿を消した。
『金印の誓縛』の"魔力の差し押さえ"がこの女には間に合わないのであれば、魔力そのものを奪うしかない……!
僕はなんとしてもこの女を振り切って、アゼリア嬢を殺しに行かなければならない。
ヴァロワール家とミレーユの未来のため……その歪んだ一途な想いは、シリルにとって彼自身の未来よりも大切なものだった。
魔術書のページを捲ったシリルはヴァロワール家に伝わる最大の契約魔術を唱える。
「"『金律の等価式』……僕の寿命を代価とし、この女の魔力を奪え"!」
……
…………
彼が正しく唱えたはずの魔術は、その発動の気配すら見せなかった。
ヴァステリアは静かに笑いながら言う。
「くくく……儂の魔力を奪うには、貴様の寿命では代価が足りんようだが?」
「……そんな…………」
ヴァステリアはカツカツとヒールの音を鳴らしながら、呆然としてしまったシリルに歩み寄る。
きっとこの青年は本来であれば国の"賢者"の候補になれるほどの魔術師だったのだろう。
これだけ高度な契約魔術を簡単な詠唱のみで発動できるように仕込んでいたあたり、表舞台で華々しく活躍するといった自分の"幸福な未来"までも、魔術の代価として消費していた可能性が高い。
何にせよ……
「……相手が悪かったな。『刻の断罪』」
ヴァステリアがそう唱えると、シリルは魔術書を手から落としその場にガクンと膝をついた。
戦意を失ったその瞳は虚ろで、虚空に向かって何かをぶつぶつと呟いている。
念のためその手足に拘束具をつけてから、ヴァステリアは地下シェルター内を魔術で見通しながら、跪いているミレーユに歩み寄った。
「……儂の指示した通り、地下シェルターから使用人たちを地上に連れ出したのだな。よくやったじゃないか」
「…………お兄様は、どうなってしまったのですか?」
「『刻の断罪』は精神時間を加速・圧縮させる魔術だ。ヤツは精神が一瞬で老化したことで、脳の処理がそれに追いつかずに意識崩壊を起こしている。もう二度と会話はできない」
「………………」
1000年という長い時を生きる中で、ヴァステリアの心は人間でありながら繊細な感情の機微を感じづらくなってきている。
故に彼女には、座り込んで俯いているミレーユが何を考えているのか、どんな言葉をかけてやることが"人として正しい"のか、わからなかった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




