真実
一方、屋敷の中へと入ったヴァステリアとミレーユは。
「あ、あなたは一体誰なのですか!? 屋敷へ勝手に入って……!」
「儂はティアレイン・ヴァステリア。時計塔に身を置く諦観の魔術師だ。訳あって今はあの小娘に魔術指導をしている、世にも珍しい親切な魔術師だよ」
「時計塔の諦観の魔術師、ティアレイン……? ちょっと、それってまさか"大賢者"のことじゃ、」
走っていたヴァステリアがピタリと足を止めたせいで、ミレーユは危うくその背に顔面から突っ込むところだった。
頭に歪な角の生えた美女はミレーユのことをくるりと振り返ると不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん! 礼儀を弁えない小娘が……儂のことは姓で呼べ。"ティアレイン"は儂の名ではない」
「はあ……?」
ミレーユにはヴァステリアの言っている言葉の意味がよくわからなかった。
「時間がないから手早く伝えるが。貴様も小娘が誕生日に何者かに殺されかけたことは知っているな」
「は、はい……わたくしもその場にいましたので」
「その首謀者のやつが、どうやら今日この場で決着をつけに来ている。確実に捕えるために、貴様の力を借りたい」
「ア、アゼリア襲撃の首謀者がここに……!?」
「くくく……計算外のことだらけで、計画は散々なようだがな」
ヴァステリアはヴァロワール家の屋敷を隅々まで把握できているのか、迷わずその防災シェルターの前までやってくると足を止めた。
……この先にある地下の防災シェルターの封印の解除方法は、屋敷の人間しか知らない。
「え……っと、ヴァステリア様。ここから先はヴァロワール家の地下シェルターです。失礼ながら、道をお間違えでは……」
「いいや、合っているとも。小娘のことを殺したいほど憎んでいるやつはこの先にいる。大方外の事態が収束するまで安全な場所で高みの見物でもするつもりだったんだろうが……儂からすれば袋の鼠というやつだな。追いかける手間が省けて助かる」
ミレーユはヴァステリアの言葉の意味することがどういうことなのか、わからないような人間ではなかった。
だからこそ愛する家族のため、大切な使用人や一族に仕える騎士たちのために憤り、ヴァステリアへ怒りを向ける。
「それは……我がヴァロワール家の人間への侮辱と受け取ってよろしいでしょうか」
ヴァステリアは目を細める。
「……儂は小娘を殺した首謀者が"誰であるか"ということには興味がないから、貴様が儂の言葉を信じようと信じまいと、心の底からどうでもいい」
「…………っ!」
「だが今は時間が惜しくてなぁ。貴様がこの地下への入り口を開けないというのなら、儂がちょっと手荒な方法で無理やりこじ開けるしかないんだが、うっかり反動で地下にいる人間どもを何人か殺してしまっても文句は言うなよ」
「わたくしへの脅し、ですか……!? そもそもいきなり現れたあなたの言葉をどうやって信じろと!?」
飄々とした雰囲気ではあるものの、ヴァステリアの顔は笑ってはいなかった。
「言っただろう。儂は小娘を殺した首謀者が"誰であるか"には興味がない。だが、そいつには二度と小娘に手を出せぬようしつけ直す必要がある。いくらか穏便に事が運ぶかと思ったが、儂の言葉を信じず、手を貸すつもりがないなら貴様に用はない。どうせここから先は貴様には残酷な現実だろうからなぁ、消えていいぞ」
ヴァステリアはそう言うとミレーユに背を向けて、ヴァロワール家の防災シェルターの入り口を封印している魔術に手をかけた。
よりによってこんなに切羽詰まった状況で、こんなにも巧妙な嘘をついたりするだろうか?
あのアゼリアでさえ彼女のことを師匠と呼んでいたし、その関係性は疑う余地がない。
もしこの女の言うことが、全て真実だとしたら?
疑ってかかったせいで、取り返しのつかない大きな損害が出てしまうとしたら?
ミレーユは心優しく、正義感の強い公爵令嬢だった。
それでいて聡明な彼女は、現状自身で把握できる限られた情報の中から最終的な損得を瞬時に弾き出し、最終的に……その未来をヴァステリアに託すことを決断した。
「……お待ちください、ヴァステリア様。地下シェルターの解除はわたくしがおこないます」
「おっ? それは助かるなあ」
「他にもあなたのお力になれることがあればご協力いたします。その代わり……」
胸に手を当てて一度深呼吸を挟んだミレーユは、ヴァステリアへ向き直る。
「アゼリアの襲撃を企てたのが誰なのか教えていただけないでしょうか。それをした者が一族に関わる人間なのであれば……ヴァロワール家の長女として、わたくしにも罪を償う責任があります」
「貴様にとっては知らないほうがいい事実だとしてもか?」
「たとえそうだとしても、です。目を背けたところで、犯した罪がなかったことにはなりません」
1000年を生きてきた大魔術師は、長い時の中で自身が失ってしまった人間のこういう初々しい感情が大好物だった。
ニンマリと口元を歪めたヴァステリアはミレーユの申し出を「いいだろう」と言って受け入れる。
アゼリアのことを想う少女が、命を賭して伝えてきた、信頼に値する情報。
「小娘の殺害を企てているのは他でもない、貴様の兄だよ」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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