魔力暴走
バリバリバリッ!
ドォォン!!
「さ、さっきから何なの……? 地震?」
「ミレーユお嬢様、どうか地下の防災シェルターへお逃げください!」
「わかっているわよ! でもアゼリアがまだ外にいるでしょ!」
彼女はヴァロワール家の防災シェルターの場所なんて知らないじゃない……!
揺れがおさまったのを確認すると、ミレーユは使用人に安全なところへ避難するよう伝えてから走り出す。
「(あの護衛騎士がついているなら危険はないはずだけど……嫌な予感がする)」
度々の地鳴りで歪んでしまった庭園への扉は、ミレーユが力を入れた程度では開かなくなってしまっている。
……仕方ない、壊すしか……!
ヴァロワール家の先祖が大枚を叩いて制作させた、伝統ある装飾の施されている扉をミレーユは魔術で真っ二つに砕く。
「!?」
外の光景にミレーユは目を見開いて息を呑んだ。
庭園へ続く美しいはずの石畳は割れて大きなヒビが入り、立派な噴水は崩れて制御を失い水が派手に吹き上がってしまっていた。
「お?」
そんな非日常的な光景の中に、これまた非日常的な姿をした……頭上に歪んだ大きな2本の角を持ち、尻に尻尾の生えた……美女が腕を組んで仁王立ちしていた。
屋敷から出てきたミレーユに気づくと、振り返ったその美女は満月のような瞳を歪ませて笑う。
「貴様はヴァロワール家の…………ちょうどいい、少しそこで待っていろ」
そして庭園へ向き直ると声を張り上げる。
「おーい、小娘! 偉大なる師匠が来てやったぞ! 無事か~?」
◆
「!! お嬢様!!」
クロヴィスが私に向かってそう叫んだ瞬間、木の上の男と目が合った気がした。
歪な形のその瞳からは勝利の確信が窺える。
……え?
私、ここで死ぬの……?
数分前までお茶をしてて……
アゼリアと反発していたご令嬢とも少し仲良くなれたところで……
師匠にはまだまだこの力の使い方を教わっている途中で……
アゼリアの家族にも、数少ない友人たちにも、大切な護衛騎士にも……
「ありがとう」「大好きだよ」って……
…………まだまだ伝えきれて、ないじゃない!!
ドォォン!!
大きな爆発音は私のすぐ近くでしたものだった。
ゴーゴーと強風に似た音が耳元で鳴り響いている。
私の周囲では目を焼かれるほどの眩しい魔力が勢いよく噴き出し、周囲の地面を抉り取っていた。
「死にたくない」という強烈な焦燥感を感じる反面、「死ぬ気がしない」という冷たい全能感に満たされる。
魂の底から、魔力が溢れて止まらない。
私がスッと手を払っただけで、クロヴィスを取り囲んでいた無数のナイフが面白いほどまとめて弾き飛ばされた。
「……お嬢様…………?」
クロヴィスが……私を呼んでる……のかな。
風の音が強くて聞こえない。
思考が……時間の経過がとてもゆっくりだ。
今なら瞬きを1回するまでの間に街ひとつを消し飛ばすこともできそうだな……。
心の中が……冷たい…………。
「なんだあの魔力は……!? どうなってやがる……!」
ゴーゴーと鬱陶しい音の向こう側から、木の上にいた男の呟きがうっすらと耳に届く。
「……」
「ぐあぁっ!」
私が重たい瞼を上げて人差し指を向けると、男は見えない力に押されてクロヴィスの目の前に落ちてきた。
ミシミシと骨が軋む音を立てながら押し潰された男は、地面にめり込んであっという間に気を失う。
クロヴィスを取り囲んでいた無数のナイフは振り払われても飛び回ることを止めず、今度はターゲットを私へと変更して一斉に襲いかかってきた。
鬱陶しいな……。
私が指先でくるりと円を描くとそのナイフたちは進行方向を180度変えて、庭園の外にいる持ち主の元へ飛んでいく。
ドスドスと肉に刃物が刺さる音と悲痛な呻き声が、遠くの世界で起きている出来事のように聞こえた。
……不思議だな。
きっと今の私ならなんでもできる。
街ひとつを消し飛ばすことも、枯れた山を一面の緑にすることも……他人の生死すらこの手の中にあるくらい。
なんでも、私が思うがままになりそう。
……私の願いはなんだろう?
「お嬢様、お気を確かに!」
「!」
ゴーゴーとうるさい音に混ざって、クロヴィスの声が聞こえた。
「……っ、もう大丈夫ですよ。敵は戦意を失っています」
「くろ……わたし……」
勢いよく噴き出す魔力の中で、クロヴィスは座り込んでいる私の手を握った。
私にとっては明るいのに冷たい魔力の噴出が、クロヴィスには炎の中にいるように熱く感じるようだ。
彼の服が、皮膚が……魔力の熱で焼かれていく。
「……くろ……だめ、はなれて……!」
「俺なら大丈夫です。それよりお嬢様……さっきは俺のことを守ってくださり、ありがとうございました」
人体が焼ける臭いがする。
生きながら体を焼かれる痛みはどれほどのものなんだろう。
それでもクロヴィスは私の目を見つめたまま、穏やかに微笑んでいた。
「ちがう……ちがうの、わたし……私は……!」
私は、こんなことがしたいわけじゃ……!
「私は、死にたくない…………お願いだから、手を離して……!」
「……離しません」
「これじゃ、クロが死んじゃうでしょ!」
そう叫んだ瞬間、耳元でうるさかった音が止んでいく。
溢れて止まらなかった強烈な光を帯びた魔力も、冷たい全能感も。
思考が、時間が、本来の流れを取り戻していく。
残ったのは「死にたくない」という焦燥感と死への恐怖だけだった。
私は死にたくない。
でも私だけが生き残って、クロヴィスや……家族や、友人たちがみんな死んでしまったら。
「ありがとう」も、「大好き」も伝えられずに突然、永遠のお別れをしなければならなかったら。
それは私だけが死ぬことと何も変わらない。
私は死にたくない。
もう二度とあの心を裂かれるようなつらい思いをしたくないから。
でもそれには、私が死なないだけじゃダメだったんだ。
「クロ……! 本当にごめんなさい……あなたを傷つけてしまった……」
「俺は問題ありません。体が丈夫なのが取り柄なので」
クロヴィスは私を困らせまいとしているのか笑顔でそう言ったものの、身体中痛々しい火傷だらけだった。
私は急いで彼に治癒魔術をかける。
「それよりお嬢様は? お身体はなんともありませんか?」
「わ、私……わたくしのほうこそ、なんともありません、大丈夫です」
「よかった……」
さっきのはなんだったの……?
ものすごい魔力が噴き出して……指一本で何もかもめちゃくちゃにできるような冷たい全能感と、感情と時間が鈍くなる感覚……。
「おーい、小娘! 偉大なる師匠が来てやったぞ! 無事か~?」
「!」
聞こえるはずのない悪魔の声に、私は思わずクロヴィスと顔を見合わせた。
「師匠!」
私たちが声がした屋敷の近くまで移動すると、そこには腕を組んで立っているヴァステリアと、何がどうなっているのかわからない顔をしているミレーユの姿があった。
「…………ん?」
よく目を凝らすと、私たちとヴァステリアの間には強固そうな魔術防御壁が張られている。
ぐるりと見回すと、それは庭園を取り囲むようにして展開されているようで、ナイフを操っていた男たちはその外にいるようだ。
クロヴィスが剣を突き立てようとしたけどびくともしない。
「無駄だ。これは普通の魔術防御壁じゃない。かくいう儂も、破ろうとして腕を粉々にされるところだったからな」
なんてことないような顔でとんでもないことを言ってる……。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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