ルチアナの決意
同時刻。
フェリオール家、本邸。
バリバリバリィ!
落雷にも似た音がフェリオール邸に鳴り響いた。
「なんだなんだ?」
部屋でスナック菓子を頬張っていたヴァステリアは好奇心を隠せない顔で音がした中庭へと転移する。
「誰も庭へ出るな。ヘルムート、屋敷を頼む」
「ああ、任せろ」
庭に出てきていたジェトリウスが団長のヘルムートにそう伝えると、ヘルムートを含む騎士団の団員たちはすぐに屋敷へ引き返していく。
「ほう?」
ジェトリウスの隣に降り立ったヴァステリアは、彼の目の前に血だらけで蹲っている少女を興味深そうに見下ろした。
「(両手両足に魔力吸収の宝具……魔術の使用を封じられながらもオーバーロードによって宝具を破壊、その上で肉体の破損を顧みずに無理やり魂の転移魔術を強制行使したか。ふむ……魔力量もさることながら、こいつ……禁忌を犯したな)」
「ぐっ……ゲホッ!」
少女は血管が千切れて血だらけの腕に力を入れて、崩れそうになりながらもその体を起こそうとするが、口から大量の血を吐いて再びその場に蹲る。
ジェトリウスは膝をついて少女の傷口に治癒魔術をかけてやった。
「小僧、貴様の知り合いか?」
ヴァステリアはジェトリウスの態度を見て一つの予想を口にした。
彼はヴァステリアを見ずに肯定する。
「……アゼリアの友人だ」
「なに? 小娘の……?」
ゆっくりと傷口が塞がっていくと、焦点の合っていなかった少女の目に再び光が戻って来た。
少女は腕に力が入るようになるなり、ジェトリウスの襟首を掴む。
「……っ、おいオッサン……アゼリアはどこ」
「ルチアナ嬢、落ち着け」
「アゼリアは!?」
「外出中だ」
「どこだって聞いてんのに話通じねーなあ……!」
血だらけの少女……ルチアナは、顔の前に落ちる紅の髪をかき上げると、盛大に舌打ちしてから膝に手をついてよろよろと立ち上がった。
「アゼリアが危ない! どこにいるか知ってんなら早く助けに行けよ!」
この小娘……。
ヴァステリアの口元が弧を描く。
「貴様、小娘に危険を知らせるためだけに己の生命力を削ったな? その執着心に免じて、この諦観の魔術師が手を貸してやる」
◇
数日前。
エルグランド王国東部、ローゼンベルグ家の本邸にて。
「兄貴帰ってきたって?」
「ええ、つい先ほど。今はお父様に調査結果のご報告をされているわ」
ルチアナは自室の前で出会った姉と肩を並べ、一族が招集されたホールへ向かって歩いていた。
「アゼリアを誕生日に襲った首謀者、わかったんかな」
「おそらくね。お兄様、なんだか思い詰めたような顔をされていたから」
「えー、なんかヤバいやつだったとか?」
ま、アゼリアを傷つけるヤツなんて誰だろうと許さないけど。
ルチアナとその姉がホールに着くと、すぐに使用人たちがお茶を用意してくれた。
その間にも祖父母、母、そして兄弟姉妹たちが続々とホールに集まってきて、最後にやって来たのがローゼンベルグ公爵とその長男……すなわちルチアナの父と腹違いの兄だった。
2人が着席すると、重々しい空気が部屋に満ちる。
ローゼンベルグ公爵はテーブルに肘をつくと、それはそれは深いため息を吐いてから一同を見回した。
「……これよりフェリオール家のアゼリア嬢がその誕生の日に襲撃された事件について、調査結果と今後の方針を伝える。まずはフォース、今回の調査結果を」
「はい」
ルチアナの腹違いの兄、フォース・ローゼンベルグは立ち上がるとテーブルを囲む一族を見回す。
「すでに皆も周知の通り、アゼリア嬢を襲撃したのは実行犯であり、その手引きをした者が別に存在していることは以前報告しました。俺はその首謀者について追跡していたのですが……」
フォースは気まずそうに言葉を切る。
もったいぶらずに早く言えよ。
ルチアナは自分の顔が相当殺気立って険しくなっていることに気づいていない。
「結論からいうと……首謀者はシリル・ヴァロワール。この国の四大公爵家のうち経済政策を担う、ヴァロワール家の嫡男でした」
ルチアナはわずかに目を見開く。
シリルは滅多に表舞台にこそ顔を出さないものの、その手腕と名前は貴族界で広く知れ渡っている。
最後に見かけた半年前のレオンの誕生会ではいつもと変わらない穏やかな優男のままだったはずだけど。
妹であるミレーユも、学院でもしばしばルチアナと衝突するものの、素直じゃないにしろ正義感に溢れていて曲がったことは嫌いな人間だったはず。
四大公爵家のうち法と刑罰を担うローゼンベルグ家といえど、フォースが口にした名前を聞いたホール内の一族はさすがに動揺を隠せないようだ。
「そ、そんな……シリル様が……?」
「……お兄様、それは確かな情報なのですか?」
「俺も最初は自分を疑ったよ。けど、あいつの潔白を証明しようとすればするほど、逃れられない証拠が上がってきた……」
フォースが次々と挙げていく証拠に、ローゼンベルグ公爵は眉間に深いシワを寄せている。
「……シリルにはすでに、我がローゼンベルグ家を含め国内で財政難に陥っていた貴族家を多く救ってきた実績がある。この事実は我が国の基盤を揺るがしかねないものだ。いかに陛下といえど、慎重にご対応せざるを得ないだろう。私たちは以降王宮の指示が出るまで待機とする。……だからいいか、ルチアナ」
公爵は目に見えて殺気立つ娘を宥めるよう、努めて落ち着いた声で呼びかける。
「王宮から指示が出るまで、くれぐれも勝手なことはするな」
「アゼリアを殺そうとした首謀者を放っとく気?」
「放っておくのではない、王宮からの指示を待つのだ。お前はアゼリア嬢とも親しいだろう? 彼女へシリルへの警戒を伝えることを含め、この件は決して外部へ漏らしてはならない」
ローゼンベルグ公爵のその言葉でルチアナは彼の意図を察した。
このジジイ……王国のためだからしょうがないとか言って、保身に走ってアゼリアのこと見捨てるつもりか?
国の基盤がなんだって?
犯罪を見逃すことが、刑法を担うローゼンベルグ家の在り方なんだ?
はあ~、やってらんね。
こんな家に刑罰丸投げしてるとか、この国もいよいよおしまいだな。
アゼリア連れて他国に逃げるのもアリかなー。
その前に、シリルは何がなんでも殺してやるけど。
「この件について、王宮はどのような判断を下すのでしょうか……」
「見て見ぬふりはできないし、するつもりもないでしょう。仮にも襲撃に遭ったのは第一王子のご婚約者なのよ」
「ですが、考えてもみてください。客観的な事実として、ヴァロワール家としても王宮としてもシリル殿の代わりはいない。ですが殿下のご婚約者には代わりがいるでしょう?」
「おい、それをルチアナ姉様の前で言うなよ……」
ガタン。
音を立てて席を立ったルチアナに、弟たちは思わず息を呑んだ。
「……ルチアナ、どこへ行くんだ」
「どこって、私学生なんだけど? 学院に決まってんじゃん。話ならもー終わったっしょ?」
「……駄目だ、この件について王宮から指示が出るまで、お前は屋敷にいなさい」
「そんなん聞くわけ、」
「これは命令だ」
「!」
ガシャン!
突然の金属音と共にルチアナの両手両足がずっしり重くなった。
見れば魔力の出力を封じる宝具が嵌められている。
彼女がどんなに魔術を使おうとしても、その宝具に魔力を吸われてしまい発動ができない。
ルチアナは奥歯を噛み締めて父親であるローゼンベルグ公爵を殺気交じりに睨んだ。
「ジジイ……!」
「……私も大切な娘に手荒な真似はしたくない。わかってくれ、ルチアナ。これはエルグランド王国の未来のためなのだ」
普通の人間であれば1つでその魔術の発動を封じられるような宝具が、両手両足に合わせて4つ。
それはローゼンベルグ公爵が娘であるルチアナの魔術師としての力を高く評価していると同時に、是が非でもその発動を封じるという意志の表れでもあった。
「(部屋の前には監視がいるし、この魔術封じの宝具は付けた本人にしか外せない……)」
こうして自分が何もできずにいる間にも、アゼリアはシリルの刺客に命を狙われるかもしれない。
ルチアナは部屋のソファーに置いてあるクッションを掴むとイライラしながらドアへ投げつけた。
「(焦るな……この宝具をブチ壊すには魔力が足りない。これを壊さないとここから出られない)」
幸いなことに、ローゼンベルグ公爵はルチアナの最大魔力量を正確に把握できていなかった。
このまま魔術を使わずに過ごせば、5日ほどでルチアナの魔力は満タンまで満ちるだろう。
「(私の満タンの魔力を全部消費すれば……この宝具をオーバーロードで壊せるはず)」
それまでに王宮がシリルの処分を決めて動いてくれればいいが、そもそもあの様子だと公爵自身がシリルのことを王宮にすぐには伝えそうにない。
おそらくレオンはアゼリアのことを守ろうとするだろうが、国王陛下がシリルとアゼリアを秤にかけたとき、アゼリアを取るという自信はルチアナにはなかった。
コンコンコン……
「ルチアナお嬢様……お食事をお持ちしました」
「ありがと。そこ置いといて」
心配そうな顔の使用人に私なら大丈夫、と笑顔を返す。
「(問題は……宝具を壊した後、魔力が空になった状態でどうやってシリルを殺しにいくか……)」
相手はあの堅牢な警備下のフェリオール家のご令嬢の誕生パーティーに平然と潜り込むことができ、当日の主役を殺しかけた手練の魔術師を雇えるような人間だ。
魔力が尽きていたらさすがにどうにもならないだろう。
…………この手は使いたくなかったなぁ。
私をアゼリアに寄せつけまいとするあのオッサンを頼るしかないのか。
◇
「誕生日にアゼリアのことを殺そうとした首謀者は、シリル……シリル・ヴァロワール」
絞り出すようなルチアナの言葉にジェトリウスは目を見開く。
四大公爵家の一角であり、国の金融と経済を握っていると言っても過言ではないヴァロワール家の、跡取り。
今まさに、愛する娘はその首謀者の元へ行っている。
「ウチの親父は信用できない……まだこの事実を王宮にも伝えてないかもしれない……! オッサン、アゼリアはどこにいる? 安全なとこにいるんでしょ……」
「……」
「シリルは次にいつ何をしてくるかわからない……わかってるだけで、あいつにはまだ駒が5人はいる……! アゼリアを、守って、頼む……」
そこまで言って意識を失って倒れ込んだルチアナを、ジェトリウスが受け止めた。
「……ヴァステリア殿」
「ああ、構わん。貴様はその娘を見張っておけ。自らの生命力を削ってまで転移魔術を使って危険を知らせにきたようなガキだ、相当イカレてるぞ」
「…………」
ヴァステリアは手に持っていたスナック菓子を口の中へ放り込むと、塩分の付いた指先をペロリと舐める。
「まだ半人前の弟子の安全を守ってやるのも師匠の役目というものよ! ふはははは、まったく世話が焼けるなあ!」
高笑いをしながら、ヴァステリアはその場から姿を消した。
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