ミレーユとのお茶会
数日後の週末。
私はミレーユとお茶をするため、クロヴィスとともに四大公爵家の一角であるヴァロワール家の本邸を訪れていた。
転移門での転移が終わるなり、使用人たちからの厳かな出迎えを受けることになる。
「ようこそおいでくださいました、アゼリア様」
「本日は最高級のおもてなしをお約束いたします。どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」
「ありがとうございます」
ヴァロワール家の使用人たちは、フェリオール家の使用人よりも厳しい教育を受けているというか……堅苦しいほどきちんとしている印象だ。
いや、公爵家のご令嬢をお出迎えするってなったらこうなるものなのかな。
案内されるまま屋敷の中を歩いている途中、エントランスで使用人が足を止めて脇へ逸れ、頭を下げる。
「ご機嫌よう、アゼリア嬢」
柔らかな声でそう挨拶をしてくれたのはヴァロワール家の長男であり跡取り……ミレーユの兄であるシリル・ヴァロワールだった。
若いながらも財政難に陥った国内の貴族家をいくつも救ってきたという、相当なキレ者らしい。
社交界を含む表舞台にはほとんど顔を出さないこともあって、アゼリアでさえ会うのは王宮でのレオンの誕生日パーティー以来……半年ぶりのことだった。
「シリル様……ご無沙汰しております。本日はお招きいただきありがとうございます」
「はは、まさか妹が君とお茶をする日が来るなんてね。運命とはわからないものだ」
整ったその笑顔からはミステリアスな雰囲気が漂っている。
これは多分……頭が良すぎる人のオーラ的なやつだ……!
「君も誕生日には大変な目に遭ったと聞いているよ。僕は参加できず大変申し訳なかったが……何にしろ、こうして再び無事に会えたことは喜ばしいことだ」
「お気遣いありがとうございます。皆様にはご心配をおかけいたしましたが、今ではもうすっかり元気になりました」
「アゼリア! ここにいたのね」
カツカツと控えめなヒールの音ともにエントランスに現れたのは今日のお茶会の主催者、ミレーユだった。
当然見慣れた学院の制服姿ではなく、華やかすぎないドレスを身に纏っている。
凛々しいその姿も立ち振る舞いも……アゼリアのライバルであることを差し引いても、彼女は褒められるべき完璧な公爵令嬢だった。
「お兄様……彼女のお出迎えを?」
「その美貌で名高いアゼリア嬢に久々にお会いできるとあれば、引きこもっているわけにはいかないだろう?」
え~、嬉しい~、私もアゼリアは本当に綺麗な子だと思うよ。
さすが、よくわかってるね、シリルは。
ミレーユは少し引き気味に兄を見る。
「相手は殿下のご婚約者ですよ……軟派な態度はヴァロワール家としても恥ずかしいのでおやめください」
「すまないね、アゼリア嬢。ミレーユは君が関わるどうも嫉妬心が芽生えやすいようで」
「嫉妬ではなく一族の面子の話です」
「いえ、他ならぬそのミレーユのおかげで、わたくしも自分の実力に満足することなく更なる高みを目指すことができているのです」
「無理にいい話にしてわたくしに惨めな思いをさせたいの?」
ミレーユは腰に手を当てて、呆れたように深く息を吐いた。
「庭園にお茶の用意をさせているところよ。ここからはわたくしが案内するわ」
ミレーユが脇に控えていた使用人にそう伝えると、使用人たちは恭しく挨拶をしてから立ち去っていく。
「お茶の支度が整うまで、お母様の薔薇園をご覧になっていって。美しいものから珍しいものまで大切に手入れをされているから、あなたのことも飽きさせないはずよ」
ヴァロワール公爵夫人の薔薇園といえば社交界でも度々話題になるほど有名だ。
夫人の趣味が転じたものらしいけど、その美しさはまさに楽園のようで、一生に一度は見るべきだとも言われている。
「名高い薔薇園をこの目で拝見できるなんて光栄です」
「こっちよ」
にこにこと穏やかに微笑んで見送ってくれたシリルが、ミレーユに聞こえないような小さな声で呟いた。
「アゼリア嬢。どうか夢のような時間を」
薔薇園は噂に違わぬ圧巻のもので、広さ、規模、美しさ、珍しさのどれを取ってもおそらく国内トップレベルと言えるものだった。
そんな薔薇園の近くに用意されたお茶会の席へ案内されてからも、私はその素晴らしさについて言葉を溢さずにはいられない。
「屋敷の一角にこんなに素晴らしい薔薇園があるなんて……本当に本当にうらやましいです」
「あ、ありがとう……あなたってそんなに薔薇が好きだったのね」
「形は華やかで愛らしいし、香りだって素晴らしいじゃないですか」
「気に入っていただけたのなら何よりだわ。お母様もお喜びになるはずよ」
「この感動を直接お伝えしても構いませんか?」
「生憎だけど、今日はお父様と一緒に王都に赴いていて不在なの」
「そうなのですか……」
少しだけ落ち込んだ私を見て、ミレーユはまた"調子が狂う"と言いたげな顔をする。
「わたくしからもきちんと伝えておきますから」
「はい……お願いします」
それから私はクロヴィスに持ってもらっていた包みをテーブルへ置いてミレーユへと差し出した。
「改めて、本日はこうして貴重なお時間をいただいたことに感謝しています。こちらはフェリオール領内で摘まれたファーストフラッシュと、ベリー入りのショコラグラッセ……それと最近王都で流行っているというサブレです」
「!」
「どうぞお受け取りください」
サブレを紹介したときにミレーユがピクリと反応したことを、私は見逃さなかった。
ふっふっふ……ミレーユがクッキーを好物としていることも、王都で流行っているという噂のサブレがなかなか手に入らない貴重品だということも、すべて私にはリサーチ済みというわけよ。
お茶会に応じてくれたんだから、私からの本気の感謝と全力のリスペクトを受け取るがいい!
ヴァロワール家の使用人が用意してくれた華やかな装飾のケーキスタンドを囲んで、話題は学院の話から最近の貴族界の話と多岐に渡った。
こうして初めてまったりとお茶をしながら話して見て改めて知ったことだけど、ミレーユは本当に賢くてしっかりしたご令嬢だった。
「(彼女の見識はアゼリアと完全に同等だ……)」
本当に……生まれた環境や立場が違ったらいい友人になれたんだろうな。
ケーキスタンドの最上段には、アゼリアの大好物であるラズベリーマカロンがきちんと置いてあった。
私が手土産でミレーユの好物についてリサーチを欠かさなかったのと同じで、彼女もきっと。
喜びと同時に少しだけ寂しい気持ちになりながらマカロンに手を伸ばしたとき、屋敷から使用人が小走りでやってきた。
「ご歓談中失礼いたします、ミレーユお嬢様……!」
「お客人の前ですよ」
「申し訳ございません……こちらを……」
ただならぬ雰囲気の使用人が差し出したメモにさっと目を通したミレーユは少しだけ険しい顔をした。
「……すぐに参ります。アゼリア」
「はい」
「申し訳ないのだけど、わたくしは少しだけ席を外します」
「ええと……もしお忙しいようでしたら今日はお暇いたしますが」
「いえ、すぐに戻るわ。お母様の薔薇園でも庭でも、好きに見ていて」
「わかりました。待っていますね」
ミレーユはそのまま席を立つと、使用人を連れて足早に屋敷へと戻っていく。
「……何かよくないことでも起こったのでしょうか」
連絡を受けたときの顔色もよくなかった。
シリルと同じくミレーユも国の経済を左右する仕事を任されていてもおかしくはない。
ヴァロワール公爵夫妻は不在だって言ってたし、何か彼女の手が必要な問題が起きてしまったのかもしれない、しょうがない。
せっかくだし、マカロンを食べたらもう一度薔薇園を見に行ってこようかな。
「! お嬢様、失礼します」
「!?」
クロヴィスはそう言うなり、マカロンを齧った私のことを抱え上げて地面を蹴った。
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