わくわくの魔術道具製作
夕食後の魔術訓練のときに自分の強さのゴールが定まったことを伝えると、ヴァステリアは楽しそうに笑った。
「よく言った! まあ、儂の弟子を名乗るなら"剣聖"の小僧をデコピンで倒せるくらい強くなってもらわんとな!」
うっ……!
弟子への要求ハードルが高すぎる!!
「だが心配は要らん、なんてったって師匠はこの儂だ。貴様が望んだ目標を掴み取れるよう、あらゆる学びを与えてやる」
「あ、ありがとうございます」
この悪魔師匠、意地悪そうな笑顔に反して意外と身内には甘々なんだよなぁ。
でも正直、前世でなかなか努力が実を結ばなかった経験が多い私には、全肯定悪魔の存在は自惚れそうになるほどありがたい。
「とはいえ当主の小僧は普通の人間とは少し違うからな……あいつに一泡吹かせてやるとなると、通常の修行とは別に特別な対策を講じる必要があるか」
「えっ……お父様は人間ではないのですか?」
やっぱりあれだけ規格外の強さを持つって、人間としては普通じゃないのか。
まさかヴァステリアと同じ悪魔とか……?
「ん? ああ、いやいや、あいつは間違いなく人間だ。正確にはあいつの"眼"が少し特殊でな……つまるところ魔眼、というやつだよ」
「魔眼って……お父様の眼は、普通の人には見えない何かを見ることができるということですか?」
「そうだとも。あいつの"眼"は数瞬先の未来を映す。効果範囲は自身の手の範囲内ほどに限られているようだが、"未来を視る眼"は魔族にも存在しない、それ自体が奇跡だ。もっとも、普通の人間は魔眼の使用に脳の処理が追いつかないはずだから、それを使いこなすあの肉体のほうが余程バケモノではあるが」
顎に手を当ててふむ、と何かを考えていたヴァステリアは私とクロヴィスを見比べる。
「そうだな……今日は体を動かす修行は休みにして、魔術道具開発でもするか」
ヴァステリアがパチンと指を鳴らすと、修行用の亜空間に広々としたテーブルや無駄に豪華な装飾の椅子、パッと見なんだかわからない素材が次々に現れた。
「黒い小僧も魔術を使えるなら、小娘と一緒に作ってみるといい」
ヴァステリアはそう言うと私とクロヴィスを並んで椅子に座らせ、目の前にひとつずつ、削り出したばかりのような歪な形の小さな白い石を置いた。
なぜだか3分でできあがる国民的料理番組のあの曲が頭の中に流れてくる。
「今日作るのは外からの悪意ある魔術を阻害する魔術道具だ。完成すれば当主の小僧の魔眼が効きにくくなるのはもちろん、自身に向けられた魔術攻撃の直撃も避けられるようになる」
そ、それって魔術道具店でめちゃくちゃ高い値段が付いてる護身用の宝具のことでは!?
私の認識だとその宝具ひとつでこの世界の一般家庭の家が2軒建つ。
白い石を指先でいじっていたクロヴィスは不信感を隠しもせずにヴァステリアを見る。
「お嬢様はともかく、俺にはそんな宝具級の魔術道具を作れるような魔力はねえけど」
「かーっ! 世間知らずか貴様は! 魔術道具の強さは開発者の魔力の強さで決まるモンじゃない、使用する素材の質で決まるのだ!」
「へー。作ったことねえし知らなかった」
へー、私も知らなかった!
心の中でクロヴィスと固い握手を交わしておいた。
そんな弟子の胸中など知らないであろうヴァステリアは得意げに胸を張って鼻を鳴らす。
「ふふん! その点儂が用意したのは超一流の素材ばかりだ! これを使えばたとえ魔術を初めて使った赤ん坊だろうと一級品の魔術道具を作れるぞ!」
ヴァステリアいわく、こういった護身用の魔術道具は自分で作ったもののほうが効果を発揮しやすいらしい。
「効果を引き上げるのに何よりも大切なのは、守りたいという願いを込めて作ることだ。当然自分の身を守るために必死に作ったものが、もっとも強く効果を発揮する。自分の魔力との相性もいいしな」
ヴァステリアもいくつか独特な形のアクセサリーを身に付けてるけど、それも魔術道具なのかな。
「200年くらい前までは相手を想って手作りした物を知り合いに贈ることも流行っていたが、効果の保証があるのは精々そのあたりまでで、顔も知らん不特定多数の相手に渡すものなど『ないよりはマシ』な程度でしかない」
「……もしかして売られているものは」
「ほぼ効果がないと言っていい」
そのほぼ効果がないようなものに、家2軒分の値段が……!?
魔術道具を扱う商売の闇だ。
「当たり前だが、護身用の魔術道具は戦闘中でも身につけている必要がある。まずは何として身に付けるかを考えろ」
こういう身に付ける系の魔術道具でよく見るのはアクセサリータイプだ。
指輪、ブレスレット、ペンダント、イヤリング……。
攻撃魔術も弾いてくれるなら戦闘中じゃなくても肌身離さず身につけてられるものがいいのかなぁ。
「小娘はどうする?」
「わたくしは……指輪にします。指先だと魔力の伝達にも優れていますので、効果を引き上げやすいかと」
「うむ、間違いないな。護身用の魔術道具に指輪スタイルのものが多いのも正しくその理由だ。小僧はどうだ?」
「俺はピアスにする」
私は隣に座るクロヴィスを見た。
クロヴィスってピアス空いてたっけ……?
「その理由は?」
「戦ってるとき邪魔にならないから」
「まあ、騎士らしい理由ではあるか。貴様らは剣の握り心地が変わるだけで戦闘力が変わるらしいものなぁ?」
その後もヴァステリアの指導のもと、色味、全体デザインを考えながら一流の道具と素材を使って削り出し、加工し、結局普段の戦闘修行と変わらないくらいの時間を費やして私たちは自分用の魔術道具を完成させた。
自分で作ったという愛着を差し引いても、結構いい出来になった気がする!
満足げな私の左手に光る赤い宝石の嵌め込まれた指輪を見て、ヴァステリアはうんうんと頷く。
「貴様は実に器用だな! このデザイン性ならアクセサリー商としても充分食っていけるぞ」
「あ、ありがとうございます!」
アクセサリー商として食べていけるはさすがに大袈裟だけど!
でも『前世の私』はこういう細かい作業が結構好きだったから、魔術道具制作は楽しい時間だった。
「小僧もまあ、悪くはないか」
「きれいな色……クロの瞳と同じ色ですね」
クロヴィスが作ったピアスも私の指輪に負けないレベルでものすごく細かな装飾が入っていた。
こんな小さなものにこれだけの加工を施すなんて、クロヴィスにはこういう才能もあったらしい。
護衛騎士がハイスペックすぎる……!
「お嬢様」
「うん?」
「このピアスを着けるのに、俺の耳に穴を開けてもらえないでしょうか」
「………………うん?」
ちょ、ちょ、ちょ、え?
ちょっ……
え?
思わず自分の耳を疑いクロヴィスの顔を二度見してしまった。
それは、つまり、私が、クロヴィスの耳に、ピアスホールを、ってこと……?
「ち、ちょっと待ってくださいね、今心の準備をするので……」
ゆっくりやったら痛いだろうから針状の魔術で一瞬で貫通させて穴を開けたと同時に傷口だけに治癒魔術をかけて患部を固定し……
目を閉じて脳内で手順を高速確認していた私に、クロヴィスが申し訳なさそうな顔をする。
「お、お嬢様、その……嫌だったら無理はしないでください」
「いえ、大丈夫です。わたくしなら完璧にできるはずですから……」
今思えば私が前世で初めてピアスを開けたときも、一番信頼できる親友にピアッサーを渡した。
たとえ場所がズレたって、ピアスホールが曲がったって、彼女の手で開けられたものなら一生愛せる愛しいものになると思ったから。
クロヴィスはどんな気持ちで、この大切な作業を私に頼んだんだろう。
私は深呼吸をしてからクロヴィスを見た。
「俺はいつでも大丈夫です」と言う彼の耳に指を当てる。
そして。
「……できましたよ」
魔術でピアスホールを開けるという作業は、前世の私の耳に穴を開けたピアッサーのようにバチン!なんて仰々しい音はしなくて、クロヴィスいわく痛みも衝撃も感じなかったらしい。
いやさすがにそんなわけ……とは思いつつ、その耳に慎重にピアスを通して留め具を嵌めた。
「ありがとうございます」
艶やかな黒髪の隙間から覗く明るい緑色に、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。
「ふん。まあ、似合っていなくもないな」
……この悪魔、なぜかクロヴィスのことはストレートに褒めないんだよなぁ。
ヴァステリアは腕を組んで私を見る。
「小僧が耳に穴を開けたとなると、貴様の"それ"は如何するつもりだ?」
「う……き、気づいていたのですね……」
「いや、むしろ貴様は気づかれないとでも思っていたのか……?」
ヴァステリアに指摘されたのは、私が指輪とは別でもうひとつ作っていたものだった。
「くくく……儂が思うに、貴様はそれを小僧にやるつもりだったんだろう? 女物にしてはデザインが少々無骨すぎるものなぁ?」
「えっ……」
さすがのクロヴィスもヴァステリアの言葉に目を丸くした。
「ええと……その……はい…………」
別に隠すつもりもなかったけど、図星を突かれると少し恥ずかしい。
「クロが自分で自分の耳に穴を開けようとしたら止めて……代わりにこれを着けるよう言おうかと……思ったのですが…………」
まさかの私に頼んでくるとは思わなかったから、予想していた展開じゃなくなってしまった。
私は自分で作ったそれを目の前に掲げてみる。
「ふむ。チョーカーか?」
「はい。戦うクロの邪魔にならないものを、と思って」
……でもこれは私のネックレスにしちゃおう。
「……小僧にやらんなら儂が貰い受けるが」
「え……師匠はご自身で作ったもっと質のいいものをお持ちなのでは……?」
「そ、それとこれとは話が別だ。そもそも使った素材は儂の用意したものだし、儂にももらう権利はあるだろう!」
た、確かにそれはそう……!
1つの石から削り出したとはいえ、ふたつとも私のものにしようだなんて図々しかった。
「わかりました。わたくしが作ったものでよければ師匠に……」
うんうん、と頷いて手を差し出してきたヴァステリアにチョーカーを渡そうとしたとき、クロヴィスが横からそれを阻む。
「お嬢様、これは俺がいただいてもいいですか」
「あっ! 小僧貴様……!」
差し出したチョーカーが本来あるべき場所、彼の大きな手の中できらりと光る。
「……もちろん。クロのために作ったものですから、あなたが受け取ってくれるのなら嬉しいです」
「…………」
クロヴィスは黙ってそのチョーカーを見つめていた。
何も言わない彼に私はソワソワし始める。
デザインが気に入らなかったかな……!?
それともやっぱり、首回りに何かあるっていうのは騎士には鬱陶しいのかな……!?
クロヴィスは詰襟である騎士団の制服の首元を緩めるとそのままチョーカーを着けようとして、
「……?」
首の後ろでなかなか合わないフックに不思議そうな顔をしていた。
いや、そりゃそうだよね、さすがにやったことないだろうしね……!
なんでも完璧にこなす護衛騎士のかわいい一面に内心悶えながら、彼の手からチョーカーを受け取る。
「……これはわたくしの指輪と同じ石から削り出した、いわば姉妹のようなものです。たくさんの願いを込めたので、きっとあなたのことを守ってくれるはず」
パチンとフックを引っ掛けて、装飾の位置を正す。
アゼリアの瞳と同じカーマインカラーの石が、クロヴィスの首元で光った。
「ありがとうございます。他ならぬお嬢様の手作りの贈り物……とても誇らしいです」
「!」
胸に手を当ててそう言うクロヴィスの瞳に、また既視感がよぎった。
アゼリアは……私は、一体どこでこの光景を……
「ふん! 貴様はただでさえ固いくせに、これでは過剰防衛もいいところだろ」
私がクロヴィスのために作ったチョーカーを本気で狙っていたのか、若干不貞腐れているヴァステリアが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
何を言われても渡さないとでも言うように、クロヴィスは制服の襟元をきちっと直してしまう。
なんとかその場を丸く収められないか、私は必死に思考を巡らせた。
「えっと……今度は師匠のためだけを想ってアクセサリーを作ってもいいでしょうか」
「なっ、なに、儂のため……!? し、しょうがないなあ~、貴様がどうしてもと言うなら!? 作らせてやらなくもないが?」
「は、はい! 日頃の感謝の気持ちを込めて、どうしても作りたいです! 華やかな師匠に似合う、華やかなデザインのものを」
「そうか……そこまで言うなら仕方ない。弟子の頼みを聞いてやるのがデキる師匠というやつだからな!」
私の提案で、急降下からのV字回復したヴァステリアの機嫌に心底安心した。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




