クロヴィス vs. ジェトリウス
誰かに受け入れてもらうことってこんなに嬉しいことだったんだ。
帰宅してからもなお、リノンのことを思い出すたびにニヤけそうになる頬に力を入れて冷静な顔を装う。
「今日はご機嫌みたいですね。珍しく学院でなにかいいことでもありましたか?」
「えっ」
騎士団の訓練場に顔を出すなり、私の顔を見たセイリスが相変わらず胡散臭い笑みを浮かべて聞いてきた。
「そんなにわかりやすい顔をしているつもりはなかったのですが……よく見ているのですね……」
「お嬢様の、というよりはクロヴィスの顔でわかります」
「え?」
「あいつの機嫌がいい日はお嬢様にいいことがあった日、殺気立ってる日はよくないことがあった日ですから」
えぇ……私よりクロヴィスのほうが表情のコントロール上手いと思うんだけど、そうなんだ……!?
離れた場所で他の団員と話しているクロヴィスのことをこっそり盗み見たけど、私にはいつもと変わらないように見える。
兄弟子だからこそわかる、みたいな感じなのかな……。
「オホン。今日のわたくしのことはともかくとして……実はセイリスにひとつ相談があるのです」
「なんでしょう」
私は転移魔術でヴァステリアから譲り受けた宝剣を取り出す。
「実は先日師匠から剣をいただいたんですが、これを持っていると体がとてもよく動くのです。あなたとの手合わせにもこの剣を使ってもいいでしょうか?」
「もちろんどうぞ」
「えっ……一応念のための確認なのですが、この剣は刃も落としていないし……ものすごく切れ味もいいんですが……」
「構いませんよ。ついでに魔術の使用も自由です。まあ、僕には"聖女の加護"じゃないとほとんど効かないとは思いますが……。僕の足が千切れても目が潰れても、お嬢様が治してくださるんでしょう?」
「それはもちろん。そのつもりですが……」
「それならなにも問題ありません。僕も"よく動く"あなたを相手にできるのなら楽しいですし」
……やっぱりこの男、頭の中の大事なネジが何本か存在しないのかも……。
私の強さの終着点はどこだろう?
この世のほとんどの相手やあらゆる不測の事態にも瞬時に対応できるって、私が納得できる"強さ"はどこにあるんだろう?
ヴァステリアに言われてから、私はこのことをずっと考えていた。
「!」
私が振った剣筋が今までとまるで違ったからか、セイリスは戦いながらも好戦的な笑みを浮かべた。
すぐに再生する上に攻撃の手を緩めてくれないアーノルドとの戦いで、それまで騎士団の訓練で丁寧に紐解き、頭で理解したつもりだった『みっともないほどの生への執着』が、私の中で形として組み上がっていくのを感じていた。
そして今。
ザンッッ!!
「……っ、参りました」
ボタボタッ……
ついに私はセイリスの眉間を裂いて、初めて彼に血を流す怪我を負わせたのだ。
剣を下ろすよりも早く、慌てて治癒魔術をかける。
「す、すみません、セイリス……! 血がたくさん……!」
「いえ、斬られたのは眉間ですから。出血量の割に痛みはありませんよ」
それにしてもこの男……眉間を切られる瞬間ですら瞬きしなかったな……。
元通りになった眉間にぺたぺたと触れたセイリスは、普段見せない好奇心旺盛な子どものような顔で私の元へと駆け寄ってきた。
「それにしても"大賢者"の宝剣、ソルヴェリオン……。すさまじいですね! お嬢様がほとんど別人のようでした」
「そ、そんなに……?」
「はい。動きも気迫も迷いがなくなっていましたし、何より表情が」
「表情……?」
「今まではどこか苦しそうに……おそらくご自身の『相手を傷つけたくない気持ち』と戦いながら剣を振られていたようですが、今日のお嬢様は凄味がありました。言ってしまえば僕のことを殺す気満々というか」
「そ、そんなつもりはありませんからね!?」
「めちゃくちゃ瞳孔開いてましたよ」
「!?」
よっぽど怖い顔してたのかな……!?
そこ指摘されるのはさすがに恥ずかしい……!
「美しい剣でお嬢様にもお似合いですね。…………ちょっとだけ、僕にも振らせていただけませんか?」
「構いませんよ。ただ……ソルヴェリオンは魔力の循環を助けてくれるそうなので、魔力を持たないセイリスが使ってもあまり効果は感じられないかもしれません」
私はソルヴェリオンをセイリスに渡す。
彼は刃の様子を色んな角度からじっくり見たあと、宝剣を何度か振っていたものの、しっくりこない顔をしながら私に返してくれた。
「ありがとうございます」
「何かわかりましたか?」
「いい剣だとは思います。ただやはりお嬢様のご想像通りで、僕には良く切れる剣、以上の恩恵はないようです」
「そうですか……」
「アゼリアお嬢様、僕ともう一戦お手合わせしていただけませんか?」
いつもは私から再戦をお願いするのに、今日は珍しくセイリスから声をかけてきた。
私に(というかソルヴェリオンに……)負けたのがよっぽど悔しかったのか、それとも彼の闘争心に火をつけちゃったのか……
「……はい、ぜひお願いします」
答えは後者だったらしく、2回目のセイリスとの手合わせで彼はソルヴェリオンを持っている私に完全に動きを合わせてきた。
間合いを読まれてるのか、さっきみたいに攻撃が当たる気配がしない。
それどころか過去のどの手合わせより力もスピードも上がっていて、今までどれだけ手加減されていたのかを思い知らされる。
少しでも足止めになればと思って使った魔術もことごとく踏みつけて一瞬の迷いもなく突っ込んでくるし、この男には恐怖心ってものがないんだろうか。
その上型にはまっていないセイリスの攻撃はただでさえ読みにくい。
振りかぶったかと思えばそれはフェイントで、いつの間に持ち替えたのか反対の手で下から斬りかかってきたり。
グリフォンであるアーノルドの一撃は確かに当たれば致命的だけど、こんな姑息な戦い方はしない分扱いやすかった。
「……っ!」
セイリスの剣が私の頬を掠める。
首を傾けて躱したまま、宝剣を彼の脇腹に叩きつけた……
ギィン!!
「(だからなんでそこに剣があるの……!)」
……はずだったのに、私の頬を掠めたはずの剣に邪魔をされる。
そのあとは一瞬がまるでスローモーションのようにハッキリ見えた。
宝剣を弾いたセイリスの剣の切先が美しい弧を描いて、私の体をつま先から斬り上げる。
かろうじて身を反らして避けられたのは腰から上だけで、ブーツをざっくり切られてしまった。
でもまだ終わってな…………
「……」
手首をそのまま軽く返したセイリスは、そのままピタリと私の首元に剣を当てる。
「ま……参りました…………」
その冷たさがわかるほどの距離に、背中を冷や汗が伝った。
セイリスは私の降参を受けるとギラついていた好戦的な笑顔を、いつもの穏やかで胡散臭い笑顔にふわりと変える。
どうもその顔に「1回の勝利くらいで調子に乗るなよ」と言われているような気がしてならない。
「いやぁ、アゼリアお嬢様の成長スピードは恐ろしいですね。それとも"大賢者"の修行がそれだけすごいものなんでしょうか。頼んだら僕も一緒に見てもらえたりしませんか?」
「……わたくしからはなんとも言えませんが、直接頼んでみてはどうですか?」
なんとなくだけど、ヴァステリアはあんまりセイリスみたいなタイプは好きじゃなさそうな気がする。
そうしてみます、と微笑む彼に、私は心の中にある問いを投げかけてみることにした。
「ひとつ聞きたいのですが……セイリスに強さの"ゴール"はありますか?」
「ゴール、ですか。そうですね……まず大前提として、僕は騎士なので、どんなに強くなったとしても自己研鑽を止めることは死ぬまでありません」
「し、死ぬまで」
「はい。それとは別に、越えたい強さの目標ならあります」
「その目標、とは……?」
「アゼリアお嬢様もよくご存知でしょう。この国における騎士たちの頂点を」
「……!」
"剣聖"、ジェトリウス……!
私の思考が行き着いた先を察したセイリスは頷く。
「エルグランド王国では一定の武功を挙げ、王宮から最高評価を得た騎士には"剣聖"へ挑む資格が与えられ、両者の取り決めの元で決闘がおこなわれます。簡単に言うと、公式決闘の場で"剣聖"を倒すことで"剣聖"の称号を奪い取ることができる、という感じですね」
「ちなみにセイリスはお父様へ挑んだことは……?」
「ありません。決闘の資格を得ること自体がそもそも相当困難なんですよ。ジェトリウス様は先代より称号を引き受けて以来、そんな"剣聖"を賭けた決闘にすでに100回以上勝利されていて、その強さは歴代最強とまでいわれています」
セイリスですら資格を得られないくらいのよりぬきの猛者との決闘に、100回以上……!?
「この国でジェトリウス様を目指し、越えようとしている騎士は僕だけではないはずです」
思えばアゼリアの記憶にも父の戦っている姿は残っていない。
王国最強のフェリオール騎士団を束ね、その中でもトップクラスの実力を持つ護衛騎士たちの訓練相手をする王国最強の騎士、"剣聖"ジェトリウス……。
その強さはどれほどのものなんだろう。
「……セイリス、わたくしはお父様の戦っているお姿を話でしか聞いたことがないのですが、どれくらい強いのですか?」
「ジェトリウス様がどれくらい強いか、ですか……」
セイリスは顎に手を当てて珍しく真剣に悩んでしまう。
「ええと、たとえばセイリス何人分、とか」
言っておいて我ながら発言の頭の悪さに顔を背けたくなる。
「そうですね……今の僕だと10人がかりでも勝てる気がしません」
「え……そんなに……?」
「せっかくですから、ご覧になってみてはいかがですか?」
「えっ」
セイリスがにこやかに示した先には、訓練の手を止めた騎士たちの敬礼を浴びるジェトリウスの姿があった。
「おっ! 事務仕事に行き詰まったのか? それとも運動不足解消か?」
茶化すように言った団長のヘルムートの言葉を存在すらしなかったかのように無視したジェトリウスは、私と話しているセイリスを一瞥してから、一般の団員の相手をしていたクロヴィスを呼んだ。
「3本だ。全力で来い」
ヘルムートがすかさず声を張り上げる。
「死にたくないやつは避難しろ!」
え?
お嬢様もこちらへ、と声をかけてきたセイリスについて安全なところへ移動しながら、ヘルムートの言葉がどういうことなのか聞くと、
「ジェトリウス様とクロヴィスの手合わせは苛烈すぎて、その剣圧でヘルムート団長の服が破け飛んだことがあるんですよ」
……と笑いながら教えてくれた。
いや、剣圧で服が破け飛ぶって……ギャグ漫画じゃないんだし。
訓練用の剣を置いたクロヴィスは転移魔術で自身の剣を呼び出すと、その柄を握った瞬間地面を蹴った。
ジェトリウスは表情ひとつ変えずにその様子を見届けると、自身も重そうな剣を呼び出す。
……待って、手合わせなのにどっちも訓練用の剣じゃなくて本物を使うの!?
ギィィン!!
思わず耳を塞ぎたくなるような激しい金属音だった。
剣を合わせて見合う2人の間にはどれだけの駆け引きがあったんだろう。
先に動いたのはクロヴィスだった。
力で押し切りそのまま踏み込んで剣を振ると、速すぎる剣先は光を纏って三日月のような残像を残した。
ジェトリウスはその攻撃を最低限の動きで躱す。
一瞬前までジェトリウスがいた地面がクロヴィスの剣圧で深々と抉れた。
クロヴィスの剣術は華麗でいて力強い。
グリフォンのアーノルドを相手にしているときもそうだったけど、判断も身のこなしも素早いのに動きには芯が通っていた。
私は今初めて、その強さの理由を目の当たりにしている。
「(クロヴィスの戦い方はジェトリウスから学んだものだったんだ……)」
クロヴィスが深い溜めと共に渾身の力で振り払った剣を弾いたジェトリウスは、自分の剣を両手で握り直す。
「クロ! 正面からもらうなよ!」
空中で体勢を崩しているクロヴィスへそう言ったヘルムートは言葉に反して楽しそうだ。
クロヴィスが体勢を立て直すよりも早く、ジェトリウスは剣を振り下ろした。
青年に正面から直撃したその剣圧は騎士団の訓練場を容赦なく破壊する。
えええ……!
バリンッと音を立てて割れたのは、クロヴィスが咄嗟に展開した魔術防御壁だった。
「……ッ!」
彼が歯を食いしばりながらも剣を支えにその場に膝をつくと、その衝撃で肩から腰までの大きな傷口からビシャビシャと血が飛び散った。
ジェトリウスはその若い騎士に手をかざして短く詠唱を唱える。
「(! あれが本来の治癒魔術……)」
ジェトリウスでさえ詠唱を略しきれないその奇跡の力はクロヴィスの傷を少しずつ癒していく。
「敗因はどこにあったと思う」
「……」
治癒魔術をかけながら、ジェトリウスは顔を伏せたままの教え子に問いかける。
「…………俺が、決着を急いだからです」
「大技は防がれたときの隙も大きい。格上の相手との戦いではその一瞬の隙が生死を分ける」
辺りを包んでた眩い光が消えてから、クロヴィスは立ち上がった。
ジェトリウスはいつもと変わらない冷静な目で青年を見据える。
「決着を急ぐな。力量差を正確に見極めろ。闇雲に剣を振っていては、大切なものは守れない」
私は隣に立つセイリスを見上げる。
「お、お父様とクロは、いつもあのような訓練を……?」
クロヴィスはもちろん、1回の手合わせの間に訓練場だってタダじゃ済まない。
「はい。といっても今の手合わせでジェトリウス様は魔術を使っていませんでしたし、クロヴィスにも最後まで意識があったのでいつもよりはむしろ軽いほうかと」
「意識があると軽いほうなのですか!?」
「そうですよ。ジェトリウス様との手合わせは文字通り命懸けです。1本の間に意識を失うことも珍しくはありません。あはは、僕もクロヴィスも、ジェトリウス様との手合わせですでに何度か死にかけてます」
「それは笑って言うようなことじゃないのでは!?」
「いえいえ、ジェトリウス様はきちんと加減をしてくださっていますし、ここで死を間近に見ているおかげで、僕たちは本番である戦場で気を抜かずにいられるのですから」
「…………」
あの笑顔で嫌味や皮肉を吐くセイリスが手放しでその実力を褒める、この国の"剣聖"。
もし仮に……あの一瞬の油断も隙もない、力も速さも技術も兼ね備えた完全無欠の父から1本取ることができたら。
今の私では手も届かないような存在だからこそ、彼から取る1本は、私が強くなったという証明になるんじゃないだろうか。
私の強さの終着点。
自分でも納得できる"強さ"。
クロヴィスのような反射神経や戦闘力…………をも越えた、全てを圧倒できる武力。
私は自分が安心して生きていくために、この魔力と、宝剣と、聖女の加護をもって、ジェトリウスを越えよう。
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★毎日22時に続話追加




