クロヴィスの秘密
ヴァステリアとの話が終わってから、再びグリフォンのアーノルドを相手に戦闘訓練をした。
彼女曰く、「アーノルドは昨日よりも出力を上げてあるため凶暴」らしい。
自分でも驚いたのはヴァステリアから譲り受けた宝剣、ソルヴェリオンの使いやすさだ。
その宝剣を握っていると、剣を振りながらも面白いくらい自由自在に2種類の魔術を操ることができるだけじゃなく、その魔力源の使い分けすらも可能になった。
「なんだかいつもより体が動かしやすい……」
「全身への魔力伝達を助ける、それが宝剣の力だ」
目も頭も冴え渡っていて、昨日より速いはずのアーノルドの動きも、それを捌くクロヴィスの動きもよく見えるし、何より次に自分が何をしたらいいのかがとても鮮明だ。
指先の一本一本にまで魔力が行き届いているのを感じる。
今ならあの性悪騎士のセイリスにだって勝てるかもしれない……!
水魔術と氷魔術でアーノルドを凍らせながら剣を振ると、その体は頭から尻尾まで綺麗に真っ二つになった。
その体をクロヴィスが肉片になるまで斬り刻む。
硬貨大の肉片になったアーノルドはさすがに再生に時間がかかるようだ。
「貴様ら容赦ないな……」
ヴァステリアは苦笑しながらアーノルドに治癒魔術をかけてその再生を助けてやっていた。
「……もっとも、こんなに早くソルヴェリオンを使いこなせるようになるとは儂も少し予想外だった。小娘、貴様は己の魔力操作について来られる肉体を養うことに、手を抜かなかったようだな」
「騎士団での剣術訓練のこと……でしょうか?」
「ああ。相手の攻撃を見極める『目』も、己が何をすべきか咄嗟に判断する『脳』も、相手に攻撃を当てる『技術』と『覚悟』も、地道な訓練が必要だ。こればかりはどんなに優れた魔力を持つ魔術師だろうと、知識だけでは手に入らん」
「…………」
「何度も苦い思いをしたことだろう。……よくここまで頑張ったな」
「……っ、はい、ありがとうございます」
ヴァステリアの静かな労いに、思わず目と胸がじんわり熱くなる。
斬られても転がされてもセイリスに立ち向かっていた私の毎日は、無駄じゃなかったんだ……。
私とクロヴィスはその後何時間にも渡り、じゃれついてくるアーノルドを相手に剣と魔術を振るった。
ついに膝に力が入らなくなった私を見て、ヴァステリアは「今日はここまでにしよう」と手を叩いた。
ミチミチと音を立てながら体を再生させたグリフォンは、まるで私を激励するかのように大きく吠えてからヴァステリアの開けた別空間へ繋がる暗い穴へと帰っていく。
「……お嬢様、大丈夫ですか?」
「……っ」
私のそばに膝をついたクロヴィスに、問題ない、と言い切れないくらいには体は疲れていた。
「むしろそんなになるまで良く動けたものだ。小娘、口を開けろ」
「……?」
「儂お手製、疲労回復の丸薬だ。一晩眠れば明日には動けるようになる」
ヴァステリアは私の口の中に何かを放り込んだ。
……甘い。
ストロベリーキャンディーかな?
「ついでに貴様にもやろう。口を開けろ、小僧」
「自分で食べられる」
「はあ~? この儂が食わせてやると言っているのに生意気だぞ! 小娘の心証を損ないたくなければおとなしく口を開けろ!」
「…………」
クロヴィスはとても嫌そうな顔をしながら、それでも最後にはおとなしく口を開けた。
ヴァステリアは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、クロヴィスの口へキャンディーのような丸薬を放り込む。
「この世界の破滅と聖女については儂にいくつか仮説があるんだが、まだどれも仮説の域を出ないのでな。変に小娘の不安を煽ることがないよう、ある程度の裏取りをしてから伝えよう。暇な時間で時計塔に戻り過去の記録を確認してくる」
「お手数をおかけしてしまい申し訳ありません。……ありがとうございます、師匠」
「ふふん、儂はデキる"師匠"だからな! これくらいなんてことないわ」
ヴァステリアはもっと褒めてくれと言いたげな顔で胸を張った。
「なんにせよ、あえて重ねて言うが。小娘、貴様は稀に見る幸運の持ち主だ。安心しろ、おそらく悪いようにはならない」
「は、はい……!」
今はこの悪魔の囁きも、私が前を向いて歩くための後押しになる。
申し訳ないことに、足に力が入らない私はクロヴィスに抱えて部屋まで運んでもらうことにした。
彼はお安いご用です、と笑顔で言ったけど正直めちゃくちゃ恥ずかしい。
鍛えている彼にしてみればアゼリアはたいした重さでも荷物でもないのかもしれないけど、荷物側の私はそうはいかない。
落ち着かずになんとなくそわそわしてしまい、必死に話題を探す。
ええと、ええと……!
あ…………
そういえば昨日、ヴァステリアが言ってた……
「……クロ」
「はい、なんでしょう」
「その……昨日師匠が言っていたことが、わたくしは気になっていて」
「はい」
「…………あなたは何かの呪いを受けている、のですか?」
「…………」
クロヴィスは表情も歩く速度も変えなかったけど、私のことを抱える指先がわずかにぴくりと反応した。
……やっぱり何かある。
「その呪いはあなたを苦しめているのですか? わたくしはあなたに苦しんでほしくない。師匠に頼んだら軽減できたりとかは……?」
「…………申し訳ありません、お嬢様」
それは何に対する謝罪の言葉なの?
「あの悪魔は俺の中にあるこれを"呪い"だと言ってましたが、別にそんな危険なものじゃないので安心してください」
「え……」
「どちらかというと"体質"というか……上手く使えば自己強化にも使えますし、俺はこれとともに生きることにもう慣れてるので、今は特に苦しみも痛みもありません」
「そう……なのですか」
「はい」
……クロヴィスは結構アゼリアと会話をしてくれるタイプだと思ってたけど、この話題についてはそれ以上話してくれそうになかった。
あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。
「その…………わたくしに何か手伝えることがあったら、いつでも言ってくださいね」
「お嬢様……」
「クロがいつもわたくしの力になってくれるように、わたくしもクロの力になりたいのです」
「俺は…………」
クロヴィスは部屋の前で私のことをそっと下ろすと、胸に手を当てて膝をつく。
「……俺の願いは、お嬢様に幸せになっていただくことです」
私に、幸せに……?
「俺が生きる意味も、生まれてきた意味も、俺の中にあるこの力も、全てお嬢様の幸せのためにあります。だからどうか……」
薄暗い廊下のわずかな光に輝く彼のアップルグリーンの瞳に妙な既視感を覚える。
どくん。
いや…………
これは、アゼリアの記憶じゃ……ない……?
それって……
「どうか遠慮せず、俺に力を振るうよう命令してください。あなたの幸せを阻む全ての障害を斬り伏せることが俺の望みであり、意義なんです」
クロヴィスは穏やかに微笑んだ。
誰……何……?
これは…………?
どういうこと?
アゼリアの記憶にはないし、私にも覚えがない。
じゃあ、この既視感はどこから……?
……もしかして私は、何かとんでもないことを忘れている……?
わからないし、知らない。
でも。
どうして。
アゼリアも前世の私も、あんなにも真っ直ぐ誰かに幸せを願ってもらったことはなかった。
どうして?
身に覚えがない懐かしさと悲しさで苦しくなって、1人になった部屋の中で静かに涙が溢れる。
クロヴィス…………あなたは"誰"なの?
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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