過去の聖女と世界の危機
図書室で課題を終えた私は騎士団での訓練に参加し、自分でも驚くほどセイリスとまあまあいい勝負をして(最後は結局負けて)からシャワーと夕食を終え、一日の最後にヴァステリアの元を訪れた。
私が1日中手の中でにぎにぎしながら練習していたおかげで、氷魔術と熱魔術を含む他のシンプルな魔術も同時に使えるようになったことを知ったヴァステリアは嬉しそうな顔をした。
「貴様の成長スピードは儂の想像を超えているな! この先儂が魔術で教えられることは限られていそうだ」
「そんな……まだ修行は始まったばかりなのに……」
「そうは言ってもこの世界の知識において儂より見識のあるヤツはいない。貴様に伝えられること自体は少なくないから安心しろ。そこで、だ。小娘、貴様に聞きたいことと伝えたいことがひとつずつある」
急にかしこまったヴァステリアに、私は思わず背筋を伸ばした。
「まずは儂が貴様に聞きたいことだが。当主の小僧が言うには、貴様は『もう死にたくないから強くなりたい』らしいな?」
「は、はい。わたくしは長生きしたい……だから突然の襲撃にも自分で対処できるような強さがほしいのです」
「そうか。ならば何をもって、その強さを得たとする?」
何をもって……?
ヴァステリアに言われて固まってしまう。
私が強くなったっていう基準。
剣術の……魔術の、訓練の目標、ゴール。
「……私の目標は……クロのような反射神経や、優れた戦闘能力を得ること……」
「ふむ。己の近くに強さの指標があるのはわかりやすくていいことだな。だが、貴様と小僧では強さの方向性も、持っている才能の種類も違う。儂からしてみれば貴様は己の力の使い方を知らんだけで、すでに小僧よりも強い」
「……っ、そんなはずは……!」
「ないと思うか? 儂と貴様では強さを測る物差しが違うからな……。とはいえ貴様の中で『強くなったという基準』は設けておくべきだ。そうしなければ修行に際限がなくなり、結果貴様は身を滅ぼすぞ」
「……!」
強さを求めすぎて、身を滅ぼす……!?
「たとえ儂や貴様の父親であっても、『強いから絶対死ぬ心配はない』状態にはならん。力を持てば多少生存率は上げられるだろうが、生きている限り死は付きまとうものだ。この事実を受け入れなければいつまでも不安は拭えないし、苦しいままだろう」
「………………」
ヴァステリアの言葉は、まさしく私が薄々感じていたことだった。
アゼリアの体はスポンジのように日々の訓練結果を吸収しているようだけど、私には強くなったという実感があまりない。
どうなったら私は死の恐怖から解放されるんだろう、と。
がむしゃらな訓練の終着点は、確かに必要なのかもしれない。
「焦る必要はない。答えなら修行しながら探したっていい」
「……はい。ありがとうございます、師匠」
「んっふふ。"師匠"、か」
「……?」
むず痒そうに笑ったヴァステリアは咳払いを挟んでから再び真面目な顔をする。
「もうひとつ。これは貴様に伝えておきたいことだが」
「はい」
「どうやらこの世界の破滅が近い。そして破滅から世界を救えるのはおそらく貴様だけだ、小娘。ある程度覚悟しておいた方がいい」
今日の修行相手はグリフォンのアーノルドだ……と言うよりもなんてことないトーンで伝えられたせいで、私は自分が何か聞き間違いをしたのではないかと思った。
「は、破滅? って、この国が、ですか?」
「国じゃない、世界だ」
「待ってください……余計わからないです! な、何が起きるのですか?」
「さあな、具体的なことは儂にもわからん」
そんな、不安を煽るだけ煽って無責任な……!
ヴァステリアはケラケラと笑いながら首を傾げた。
「この諦観の魔術師といえども未来は見えん! 儂から言えることとすれば、今から800年前と600年前、貴様と同じような"世の法則に反する力"を持った小娘が現れたこと。そしてそのいずれの時も、世界は破滅の危機に瀕していたこと。小娘たちは世界の破滅に単身立ち向かい、見事悪意を跳ね除けてこの世界を守った、ということくらいだ」
「それって聖女の伝説のことでは……?」
「ああ。伝説であり、史実だな」
聖女の伝説ってただの言い伝えじゃなくて史実なの!?
しかもヴァステリアが把握してるだけで2回も起きてるなんて……!
「な、なぜそれだけの偉業が歴史書に載っていないのですか!?」
「はっはっは。どうやら当時のどこだかの国の"賢者"たちが身を賭して施した認識阻害魔術の効果が絶大なようだ」
もしヴァステリアの言うことが事実なら、私がこの力を持ってこの世界に転生したことは偶然じゃなくて、何か重大な意味があったのかもしれない。
そして1000年を生きている大魔術師の彼女は、聖女の史実をその目で見た可能性が高い。
「その……当時、何があったんでしょうか。歴代の聖女は、何と戦ったのですか?」
「800年前も600年前も似たようなものだ。どちらもバカな悪魔どもが後先考えずに起こした事件の収拾がつかなくなり、聖女がその圧倒的な力で悪魔を退治した」
「悪魔……? そもそもそのような存在がこの世界にいるのですか……?」
私の質問にヴァステリアは驚いたような顔をする。
「悪魔がこの世にいるのかって……貴様、もしかして儂の頭に付いているこの角や尻尾は……飾りだとでも思っていたのか?」
「えっ……」
正直飾りだと思ってた。
なんかそういうコスプレが趣味なのかと……何てったって"大賢者"だし……。
アゼリアの記憶を探しても見つからないから、この世界に悪魔がいるという話は常識ではなさそうだ。
助けを求めるようにクロヴィスを見ると、彼は私の視線を受けて、臆することなくヴァステリアに言い放つ。
「"大賢者"っぽく見えるようにしてたコスプレじゃねえの?」
「こんな目立つコスプレなどするかたわけが!! まごうことなき本物の角と尻尾だ!」
ヴァステリアは怒りながら尻尾をブンブン振り回す。
「し、師匠は悪魔だったのですか?」
「半分だけな。訳あって儂は悪魔と融合している。主に肉体面は悪魔、精神面は人間だ。人間の体で1000年も生きられるわけがないだろう」
言われてみればそうなのかもしれないけど、"大賢者"なら時間や寿命の操作とかもできるのかと思ってた……!
「では、わたくしも師匠のような悪魔と戦うことに……」
「強大な力とは、その使い道や代償を定められずに生まれるものではない。過去の例を見てもおそらく間違いないだろう」
「…………」
結局、聖女の伝説には逆らえないのか。
私の命か、私を含む世界中の人の命のどちらかが失われることになる。
…………どっちにしても私は死ぬのかぁ。
「お嬢様」
今まで何度も私を救ってくれたその声に顔を上げる。
クロヴィスは真っ直ぐ私を見つめていた。
「大丈夫です。俺がいる限り、あなたの命は世界にだって奪わせません」
「クロ……」
「くくく……普通の人間はそんな小っ恥ずかしいセリフを素面では言えんぞ?」
ヴァステリアは意味深な笑みを浮かべながら私の頭にポンと手を置いた。
「だがまあ、儂とて過去2回の世界の破滅の危機をただボーッと眺めていたわけではない。まだ調べたいことはあるが、今の儂なら貴様にとっての最悪の結果を避けるための助言くらいはできるつもりだ」
「師匠……」
「安心しろ。貴様はものすごく運がいい。その幸運は伝説を書き換えるぞ」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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