ノルディエン辺境伯家の跡取り
翌日の朝。
私は再び学院の制服に身を包み、転移門を通ってクロヴィスと共に一瞬で終わる通学路を歩いていた。
復学してから1週間以上経つのに、向けられる鬱陶しい視線は変わらない。
ヴァステリアが来てくれたんだからいよいよ学院で学ぶことはもう何もないのでは?と邪な考えが頭をよぎったものの、「他ならぬ人間関係を学んで欲しいから」という理由でアゼリアを学院へ入学させたジェトリウスが、そんな甘い考えを許可してくれるわけがなく。
「(あの男、あの手この手でアゼリアを学院に通わせようとするんだよな……)」
ジェトリウスのことをどんなに恨みがましく思ったところで、「私には学院で過ごすような穏やかな青春時代がなかったから、代わりにアゼリアにはたくさん友人を作って楽しく過ごしてほしい」と悪意なく言われてしまうと何も言い返せなくなってしまうのだった。
「よぉ、アゼリア! 脇腹に穴空いたって聞いてたけど、元気そうじゃねえか?」
歩きながら左右の手の中でヴァステリアに言われた氷魔術と熱魔術をにぎにぎしながら再現していると、明るい声に名前を呼ばれた。
「……ギルベルト」
気さくな態度で片手を挙げて歩いてきたその青年は、王国北部を治めているノルディエン家の跡取り……暴力沙汰で停学というパワーワードを持つ辺境伯家の令息、ギルベルトだった。
……アゼリアとギルベルトってそんなに親しかったっけ?
「お前も災難だったな。せっかくの誕生日パーティーだったってのに」
「あなたの耳にも届いていたのですね。お気遣いありがとうございます、もうすっかり元気になりました」
「そうかそうか。そりゃ良かった。それはそうと……」
目の前にやってきたギルベルトが話しながらその拳を握りしめたのを、私は見逃さなかった。
ドォン!!
凄まじい衝撃音とともに土煙が上がる。
「……っ、主従揃って今のに反応すんのか」
ギルベルトの裏拳が咄嗟に展開した私の魔術防御壁を2枚破壊するのとほぼ同時に、クロヴィスがその腕を捻り上げて頭ごと地面へ押さえつけていた。
「セイリスの攻撃よりも素直でわかりやすかったですよ」
「フェリオール騎士団の『おだやか処刑人』のことか? なんで公爵家のお嬢様があんなバケモンの攻撃を知ってんだよ」
クロヴィスはギルベルトを黙らせるために、頭を地面へ押し付ける手に力を込めた。
いてて、と呑気な声が上がる。
たとえ辺境伯家の令息とはいえ、よりによって学院の敷地内で真正面から素手で殴りかかろうとしたギルベルトに護衛騎士は容赦なかった。
さすがに擁護する気にもなれないし少し痛い目を見ればいい。
「アゼリア、俺の上から退くようこいつに言え!」
「わたくしはクロの自主性を尊重していますので」
「だそうです、残念でしたね。まあ、お嬢様が許したとしても俺はあなたのことを許しませんが」
「いてててて」
少し力を込めただけでギルベルトの関節を外せてしまえるであろうクロヴィスをそのままに、私は情けない声をあげる辺境伯令息に声をかける。
「ギルベルト。申し開きがあるのなら聞きますよ」
「申し開きぃ? 別にそんなもんねえよ。フェリオール家の護衛騎士に本気を出させるなら、お嬢様に危険な目に遭ってもらうのが手っ取り早いなってだけで」
「……俺を挑発するためだけに、お嬢様に手を上げたんですか?」
「はあ? 他に理由があると思ってんのか?」
「……………………」
……うわ、クロヴィス瞳孔開いてバチバチにキレてるじゃん……。
どう収集をつけようか、と小さくため息をついたところで校舎のほうからギルベルトを呼ぶ声がした。
「ギルベルト様ーっ! あなたというお方はどうしてそう! また停学になりたいのですか!?」
叫びながら走ってきた男子生徒が必死な顔をしながらクロヴィスの前に両膝をつく。
見事なほどのスライディングだった。
「大変申し訳ございません、アゼリア様、クロヴィス騎士! うちの大バカ野郎の無礼をどうかどうか寛大なお心にてお許しください!」
そのまま土下座をしそうな勢いでちょっと面白い。
「別に殴る気はなかったし殴ってねえんだから問題ないだろ」
「あなたは何歳児ですか!? そんな言い訳は通用しないということをいい加減覚えてください! ああ、本当に……本当に申し訳ございませんでした! 二度とアゼリア様にお手を上げることがないようきちんと言い聞かせます……!」
「ついでに、次に俺への挑発にお嬢様を巻き込んだらマジで殺す……とも伝えておいてもらえますか」
「ヒィ……! 伝えます! よぉく言い聞かせます!」
「いや聞こえてんぞ」
私に自主性を尊重されていたクロヴィスは付き添いの男子生徒の必死の懇願の末、ようやくギルベルトを解放してやった。
ギルベルトは痛えとボヤきながら腕を回して立ち上がるとクロヴィスを見る。
「アゼリアはもう完全に元気そうだし、お前も『公開試験会』には出るんだろ?」
「今のところはそのつもりです」
そっか……
軍人貴族家のギルベルトは、『公開試験会』で勝ち上がって一族の名前を上げるためにも、クロヴィスと被らない部門にエントリーを……
「お前が出るなら俺も剣術部門で決まりだな」
被らない部門にエントリーを……する、はずじゃ!?
驚いた顔をしたのは私だけではなかった。
ギルベルトの付き添いの男子生徒までもが「正気ですか!?」という顔をしている。
「ギルベルト様! フェリオール家のクロヴィス騎士といえば、『公開試験会』の剣術部門では優勝候補筆頭です! あなた様には他の選択肢もおありなのですから、どうか堅実なご選択を……!」
「お前はこの1年何を見てたんだ? こいつに勝つために強くなった俺が、今さら正面から戦って負けると思ってんのか?」
「そ、そうは思っておりませんが……!」
「なら指図するんじゃねえ。それに本気のこいつを倒せば、"王国最強のフェリオール騎士団"の名前だって多少は翳るだろ」
ギルベルトは私たちへくるりと背を向けた。
「そういうことだ。『公開試験会』の決勝で会おうぜ、フェリオール家の護衛騎士」
そして不安を煽るような言葉を残して、付き添いの男子生徒とともに去っていってしまった。
……嵐のような男だ。
言われなくてもそのつもりだ、と誰がどう見ても顔に書いてあるクロヴィスに、言い返さずに我慢したことを心の中で盛大に褒めておく。
「……申し訳ありませんでした、お嬢様。俺のせいで……」
「ふふ、気にしないで。それよりも、あなたの強さはあの軍人貴族のノルディエン家が警戒するほどなのだと思うと、わたくしも自分のことのように誇らしいです」
クロヴィスは申し訳なさそうに目を伏せる。
「……ギルベルト様は2年前の『公開試験会』の剣術部門で俺と当たり、予選敗退しています。それ以降は複合部門にエントリーして、前回大会では優勝もされたほどの実力者です。それなのにどうしてまたわざわざ剣術部門に……」
「なるほど……力をつけたからこそ、叶えられなかった悲願を勝ち取るつもりなのかもしれませんね」
「だからと言って無関係のお嬢様を巻き込むなんて、許されることじゃありません」
それはマジで、本当にそう!
めちゃくちゃ勘弁してほしい!
そもそも魔術防御壁を2枚も素手で割るって何事!?
これは立派な宣戦布告だ。
ギルベルトからクロヴィスへの。
とはいえ私も、私の中の負けず嫌いなお嬢様も、信頼する護衛騎士の勝利を疑ってない。
「きっと勝ってくださいね、クロ。わたくしはあなたの勝利を信じています」
私はずるい。
その言葉を聞いたクロヴィスが、絶対に期待に応えてくれると知っていた。
彼は瞳に決意を宿し、胸に手を当てて私を見つめる。
「……お任せください。俺は必ず、あなたへ栄光を捧げます」
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