初めての修行
ヴァステリアはクロヴィスを私から少し離れたところへ連れて行くと、顎に手を当てて彼の姿を頭から足先までじっくり眺めた。
「ふぅ~む…………自身を起因とした呪い、といったところか? だが相当拗れているな。力の大きさに反して一瞬で失われてしまいそうな危うさもある……」
「………………」
「ちなみに、貴様自身にはソレを抱えている自覚があるのか?」
「ある」
「ソレの解除方法は?」
「ない」
「解除方法がない……? せめて軽減や緩和の方法くらいはあるのだろう?」
「必要ない」
「くくく……必要ないわけないだろう。儂にはソレが貴様に相当な苦痛をもたらしているように見えるが?」
な、なんだろう、なんの話かな……。
アゼリアにもわからないクロヴィスの話みたいだけど……!
私が両手のグラスからほんの一瞬目を離して見たクロヴィスはアゼリアでも見たことがないほど暗い目をしていて、思わずごくりと生唾を飲んでしまった。
「苦痛なんて慣れた。それにこれならもう、とっくに飼い慣らしてある」
「!」
ヴァステリアは一瞬だけ目を見開くと、お腹を抱えて声を上げて笑った。
「……っふ、ふははははは! なるほど、わかった! 儂は諦観の魔術師だからな、貴様の魂の行く末も見守るとしよう」
ひとしきり笑ったヴァステリアが刃こぼれしていたクロヴィスの剣をスッと撫でると、それは元の通りの輝きを取り戻した。
「ほら、剣を元通りにするついでに強化魔術もかけておいてやった。貴様はひたすらソレの出力調整に尽力しろ」
クロヴィスはヴァステリアに渡された自分の剣を何度か軽く振って手応えを確認する。
「相手はアーノルドだ。アーノルドは今回は貴様だけを狙う。気を抜いたら八つ裂きの黒焦げになるからな」
ヴァステリアが再び宙に開けた大きな穴から、先ほど感電させられた上に凍らされたかわいそうなグリフォンが雄叫びを上げながら姿を現す。
「アーノルド、遠慮は要らん。目の前にいるのは貴様の夕食だ。存分に戦え」
「グオォォ!!」
アーノルドをクロヴィスにけしかけたヴァステリアは再び私の元へとやってくる。
「どうだ? できたか?」
「いいえ、まったく……」
そもそも全く別の2つのことを同時におこなうのが難しいというのは、魔術だけに限った話じゃないはずだ。
「見せてみろ」
「ええと……こんな感じです。どちらも凍ってしまうかどちらも沸騰してしまうかで……」
「なるほどな……ならばまずは左手のグラスの水だけ先に沸騰させてみろ」
言われた通りに熱魔術を発動するとグラスの水はボコボコと音を立ててすぐに沸騰した。
「それを維持したまま、右手のグラスの水を凍らせてみろ。無理やりな」
「うー、んっ……!」
ピキッ……
「!」
ピシピシ……
私の右手に持ったグラスは霜を生やしながら、やがてグラスの中の水を完全に凍らせた。
左手のグラスの水は沸騰したまま、だ。
「で、できた……」
「そう、"それ"が2つの魔術……自身の魔術と聖女の加護を同時に使うという感覚だ。よく覚えておけ」
「は、はい! わあっ!」
返事をした瞬間沸騰していた水が凍りついてしまった。
「まずは焦らず順番に、だ。片方を確実に沸騰させてから、もう片方を無理やり凍らせる」
「……っ、ふぅ~。できました……!」
「なかなか上手いじゃないか」
「あ……ありがとう、ございます」
不器用だった前世の私はもちろん、『できて当たり前だったアゼリア』も、自分より優れた人からの賞賛はあまり受けたことがないから、素直に褒められると少し恥ずかしく、同時にとても嬉しい。
「(正直もっと時間がかかるかと思っていたが……この小娘、思っていたより飲み込みが早いな。黒い小僧といい……)」
ヴァステリアはアーノルドと戦うクロヴィスを振り返った。
刃こぼれしない剣を手に入れたクロヴィスはアーノルドの頭部へ目にも止まらない速さで遠慮のかけらもない剣戟を繰り出している。
アーノルドの体の再生のほうが間に合っていない。
「(世の法則に反した力を持った童が同時に2人……なるほど。この世界の破滅は近いようだな)」
その日私とクロヴィスはヴァステリアの亜空間で半日近い時間を修行に充てたけど、外に出たときには時間は1時間も経っていなかった。
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