諦観の魔術師(1)
「ふわぁ……! 美味い! 味がする! この家にはいい料理人がいるじゃないか!」
「はは……ありがとうございます……」
「味覚なんて何百年も前に失ったと思っていたが、さては時計塔の料理人どもめ、手を抜いていたな? 今さら食に心を踊らされるとは……たまには外に出るのも悪くない」
頭に禍々しい角を生やした美女は私の正面でガツガツと朝食を口に運びながら嬉しそうにそう言った。
結局クロヴィスと一緒に一晩中寝ずにヴァステリアを見張っていた私は、緊張感と寝不足で痛む頭をさすりながら彼女にお礼を言う。
場所はフェリオール邸の接客ホール。
本来パーティーの時に使われるそこで、私たちはヴァステリアとテーブルを挟んで向かい合っていた。
結局この魔術師は屋敷や私たちに何をするわけでもなかったけど、何を聞いてもニヤニヤしたままはぐらかされてしまって会話にはならなかった。
「それはそうと小娘、学院とやらには行かなくていいのか?」
「さすがに今はそれどころじゃないので」
「儂なら貴様らには何もせんと言っているだろう。そういう契約だしな」
「…………」
肩をすくめて呆れたような顔をしている彼女には、確かに嘘をついているような気配はないものの、血だらけのジェトリウスを引きずってきたやつの言葉を安易に信じるわけにはいかない。
あと少し遅かったら彼は本当に死ぬところだったのだ。
「し、失礼します! お嬢様、ジェトリウス様がお目覚めになりました……!」
「!」
ホールに駆け込んできたリーナの言葉に、私はすぐにジェトリウスの部屋に向かった。
ベッドの上で体を起こしていたジェトリウスはクラリエと会話をしているところだった。
部屋には団長のヘルムートや初老の医者の姿もある。
「お父様……!」
「……アゼリア」
よ…………よかった~~~、目が覚めて……!
傷口を塞いだからといって無事に目覚めるとは限らない。
結局のところ、大怪我から目覚めるほどの本人の精神力を信じて、私たちは祈ることしかできないのだ。
きっとアゼリアが襲撃されたあとのジェトリウスもこんな気持ちだったんだろうな。
「お前が私を助けてくれたのだと聞いた。立派にこの家を守ってくれたとも」
「……わたくしは、なにも…………」
……私は何もしていない。
結局迷ってただけで、クロヴィスが動くまで何もできなかったんだから。
「いや、お前は正しいことをした」
「え……」
「あの女は、お前が姿を現さなければフェリオール家を屋敷ごとこの世界から消し飛ばすつもりでいた」
……待て待て。
私の全身がゾッとして、一気に血の気が引く。
ジェトリウスは私がみんなを守るために外に出てくるほうに賭けてたってこと……!?
信じてるとかいう問題じゃなくやめてほしいんだけどそんなこと!!
「はぁ~、つまらん。もう口が聞けるのか? あんなに痛めつけてやったのに、ピンピンしてるじゃないか」
ジェトリウスの部屋に響いた声に、室内に緊張が走る。
「凄まじいものだな? 貴様らのその"フェリオール一族の血"とやらは」
「ヴァステリア殿。契約は」
「開口一番それか。無論、成立だ」
カツカツとヒールを鳴らして室内に入ってきたヴァステリアは、腕を組んで堂々と私の隣に立つ。
「この諦観の魔術師、聖女の小娘の魔術指導をしかと引き受けた」
ジェトリウスの体力とフェリオール家当主としての責任感は尋常じゃなく、彼は食事を終えると何事もなかったかのように日常に戻っていった。
10日間の出来事を笑顔で語るクラリエに頷きながら書類にサインを済ませていく。
それで書類ちゃんと読めてるの……?
私とクロヴィスは仮眠を取ったのち、改めてそんなジェトリウスの執務室に呼ばれていた。
部屋にはヴァステリアの姿もあって、私は思わず身を固くする。
「改めて紹介しよう。この度アゼリアの魔術指導を引き受けてくださることになった時計塔の"大賢者"、ティアレイン・ヴァステリア殿だ」
「小僧、貴様わざとか? いいか小娘ども、儂のことはヴァステリア様と呼べ。名で呼んだら殺す」
「殺すことは契約違反だ。何と呼ぼうと彼女はお前たちに手出しできないから安心するといい」
「チッ! クソが!」
盛大に顔をしかめて舌打ちをした角のある美女に、私もクロヴィスもどう扱うべきかを迷って黙って様子を伺う。
「ヴァステリア殿はこれより半年の間、フェリオール邸に居を構えてアゼリアの魔術指導にあたる。魔術に関する些細な不明点、あらゆる疑問に嘘偽りなく答える他、魔術道具の開発相談に至るまで彼女に拒否権はない。時間は貴重だ。魔術に関することならなんでも相談するといい」
「ふん。泣いてひれ伏し感謝するがいい童ども! この諦観の魔術師の半年間を買い取った人間は過去1000年の間に1人もいないのだからな!」
半年間を"買い取った"……?
ジェトリウスが?
「ジェトリウス様。それはこの者には一切の危険がない、という認識でよろしいでしょうか」
クロヴィスが私の胸のうちでも拭いきれていなかった疑問を口にしてくれた。
ジェトリウスは頷く。
「その認識で構わない」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




