聖女(1)
アゼリアが襲撃後の昏睡状態から私が目覚めてから数日が経った。
その時間は私に現状を整理する充分な時間を与えてくれたと同時に、解決しなければならない問題を浮き彫りにした。
「いやぁ~……困った困った」
小さな問題や判明していない疑問、謎はうじゃうじゃあるけど、何よりも大きな問題はわかりやすくひとつだけ。
なんと『アゼリア・フェリオール』という少女の15年間の人生は、いわゆる"悪役令嬢"まっしぐら……というかすでに片足の膝くらいまでは突っ込んでる状態だったのだ!
アゼリアは智、富、魔力、そして美……この世界で重要とされる何もかもを生まれながらに与えられておきながら、そんな己の才能に一片たりとも満足することなく、底知れぬ向上心によりさらに努力を重ね磨きをかけるタイプの最強の公爵令嬢だった。
その才能と努力はこの国の王、エルグランド国王陛下の耳にも届いていて、彼女はすでにその第一王子の婚約者の位置に堂々と座していた。
……しかしそのストイックさゆえに身についてしまった年齢に似合わない合理的な考え方や自他共に厳しい性格のせいで、人間関係には苦労してたみたいだ。
前世の私は知っている。
恨みをたくさん買った悪役令嬢は彼女を取り巻く人間関係に足元をすくわれ、汚い策にハメられ、弁明しようにも味方もいなくて……最後は婚約者である第一王子に社交界で婚約破棄を言い渡され、断罪……死刑……もしくは闇堕ち……出家……道中で暗殺……。
いつでも勝つのは純粋で可愛らしい庶民出身の主人公で、悪役令嬢にはいい結末なんてひとつも用意されていない。
自慢じゃないけどそんな漫画をたくさん読んだんだ、前世の私は。
だからこそ、そんな悪役令嬢のテンプレみたいな今のアゼリアの状況は長生きしなければならない私には非常によろしくない。
現時点で用意されているこの先の分岐のほとんどはバッドエンドに繋がっているようなもんだ。
アゼリアがまだ15歳だっていうのは不幸中の幸いだった。
子どものわがままによって生まれた関係の亀裂にはきっとまだ補修の余地がある。
なんせこっちは最強の免罪符、『若気の至り』と『思春期』を両手に用意してるんでね!
だからここからの私がやるべきはアゼリアの周囲の人間関係の再構築。
それにより、足元掬われました系死亡フラグをできる限り事前に回避すること。
そして万が一のときの保険として、自分の命を守れるだけの力を身につけること。
突然の襲撃のときにクロヴィスみたいな反応が私にできれば、生存率はさらに高くなるはずだ。
回避できない死亡フラグは正面からブチ砕くのみ!!
幸いアゼリアは身体能力にも恵まれ、家系的に魔力も豊富だ。
己を鍛えるための手段も選択肢は多い。
すべては心を割かれるような苦しみをもう二度と経験しないため。
私についてきたあの黒いモヤモヤを浄化するべく長生きする。
そのためにアゼリアは、断罪ルートの悪役令嬢ではなくて、みんなに愛される公爵令嬢を目指さなければならない。
部屋のドアのノックの音に、短く返事をしてからティーソーサーへカップを置く。
「失礼します。アゼリアお嬢様、お迎えにまいりました」
やってきたのはクロヴィスだった。
フェリオール騎士団の正装……黒を基調とした金の刺繍入りの制服に、裏地が赤いマントを身に付けている。
その胸にはアゼリアの瞳と同じ、カーマインカラーの薔薇の花のブローチが刺してあった。
私が目覚めたきにそばについてくれていた姿とは違って髪もきちんとセットされていて、年齢以上に大人びて見える。
「今日は正装なのね。とても凛々しく見えますよ」
先日の弱々しい彼の姿とのあまりのギャップに微笑ましくなってしまい、思わず笑顔でそう言ってしまった。
クロヴィスは少しだけ驚いたように明るいアップルグリーンの瞳を見開いてから、照れた顔を誤魔化すように口元に手を当てて小さく咳払いをする。
「……コホン。俺はいつも通りです。お嬢様の護衛の際には、正装するのが騎士団の決まりなので」
「わたくしが軽装なのだから、クロも正装じゃなくていいのに」
「…………あまり困らせないでください」
「ふふ、ごめんなさい。わたくしからお父様に提案してみますね」
剣術の訓練のための軽装と高級なティーカップはどう足掻いても絵面で喧嘩をしていたけど、アゼリアの顔が両者をギリギリ取り持ってくれている。
空になったティーカップを残し、私はクロヴィスの待つ部屋の入り口へと向かった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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