令嬢、覚醒(2)
…………
……
「…………」
「……様! アゼリアお嬢様!」
「……う…………」
「お嬢様がお目覚めになられました! 旦那様とお医者様を!」
「は、はい、すぐに!」
頭が……痛い…………。
私は……私の名前は…………
『アゼリア・フェリオール』……?
この記憶は、この世界は…………私、は。
「アゼリアお嬢様……俺のことがわかりますか……?」
一人で寝るにはどう考えても広すぎる、華やかな装飾の施された天蓋付きのベッドに私は横たわっていた。
そばで今にも泣きそうな顔で私のことを見つめている綺麗な顔の黒髪の青年は。
「…………クロヴィス……」
「…………っ、はい……」
青年……クロヴィスは俯いて、堪えるようにそう返事をした。
「お、お嬢様、私のことは……?」
クロヴィスの後ろで心配そうにオロオロしているのは、アゼリア想いの優しい使用人。
「……リーナ」
「うっ、うぇぇ……お嬢様ぁ……! 本当にご無事でよかったです~!」
この体が過ごしてきた15年分の記憶と経験が、まるで自分のものであるかのように把握できた。
真っ白な死後の世界にいた女性が緊急の転生先として選んだのは、どうやら私が住んでいたのとは別の世界……王侯貴族が力を持つ世界の、とある貴族令嬢のようだ。
私はこれからこの世界で、私についてきた真っ黒なモヤモヤを浄化するために、できる限りの長生きをしなければならない。
貴族令嬢の『アゼリア』として。
「……クロ、ありがとう。あなたがわたくしを助けてくれたのですね」
「俺はあなたの護衛騎士なんですから、当たり前です。……むしろ俺がそばに着いていたにも関わらず、あなたをこんな目に遭わせてしまった。俺は自分が許せません」
この若い騎士は責任感が強いらしい。
15歳の誕生日を迎えたアゼリアがそのおめでたいはずのパーティーの席で突然の襲撃にあった際、一番最初に彼女を守るために動いたのがクロヴィスだった。
アゼリアにとっては感謝してもしきれない、命の恩人だ。
「あなたがいてくれなかったらわたくしは死んでいました」
「…………」
「だから、ありがとう」
もぞもぞと動いてゆっくりと体を起こそうとすると、クロヴィスはベッドから一歩離れ、代わりにリーナが駆け寄って心配しながらもすかさず背中を支えて起きる手助けをしてくれた。
「も、もうお体を起こしても大丈夫なのですか……?」
「……わたくしも驚いています。この自己治癒力はフェリオール一族の血の力、なのでしょう」
私の中のアゼリアの記憶では、無慈悲に、そして無遠慮に……反応が遅れて無抵抗だったアゼリアの脇腹が、襲撃者によってごっそり抉られたはずだった。
クロヴィスに手を引かれてなければ体は真っ二つになってただろう。
けど、いざ抉られたはずの場所におそるおそる手を当ててみても、ネグリジェの下にはたしかに自分の肉体の感触がある。
…………肉体。
死後の真っ白な世界で見た私の手は半分透けていたけど、アゼリアの手にはちゃんと実体がある。全身に肉体の重みを感じる。
深く息を吸ってからゆっくり吐き出した。一瞬にして世界と別れを告げたはずの私が、この少女の体で確かに生きている。
不意にコンコンコン、と部屋に控えめなノックが響いた。
私の代わりにリーナが返事をし、使用人たちと共に初老の医者と……
「……お父様」
鋭い眼光と右頬に傷を持つまだ若い男性が部屋に入ってきた。
窓際に控えていたクロヴィスは男性へ向かって左手を背後へ、右拳を胸の前に手を当てて敬礼をすると、リーナを含む使用人と共に部屋から出ていく。
その際、私のことを案じているアップルグリーンの瞳と一瞬だけ目が合った。
「アゼリア様。体調確認をいたしますね。無理のない範囲でお答えくださいませ」
「はい」
ベッドの脇の椅子に腰を下ろした初老の医者は穏やかな口調で私へいくつかの質問をした。
痛み、認知機能、視覚、体の各部位の細かな動き、そして抉られた患部の確認。
十数分に及ぶ丁寧な確認ののち、医者の下した判断は。
「ジェトリウス様。アゼリア様は概ね完治したと判断してよいでしょう。6日間もお眠りになっていらっしゃいましたからまずはしっかり栄養をとっていただきたいですが、あわせて適度に体を動かせば、数日ほどで今までどおりの生活に戻ることができるかと。……ただ、襲撃時の心のケアは長期を要する可能性がございます」
「そうか。……私は娘と話があるから下がってくれ」
「承知いたしました。何かございましたらお呼びくださいませ」
初老の医者は若きフェリオール公爵……王国内の四大公爵家のうち最年少公爵であり、アゼリアの実父であるジェトリウス・フェリオールを残し、静かに部屋をあとにした。
アゼリアの部屋の扉が閉まるとジェトリウスは深く息を吐きながらベッドの淵へと腰を下ろして、私の頭をそっと撫でる。
「……無事で何よりだ、アゼリア」
「………………」
前世の私は父親の顔どころか、その存在すら知らなかった。
父親っていうのはこういうときに……こういう反応をしてくれる存在なんだ。
依然として表情は変わらないものの、ジェトリウスの声の温かさと安心感を前に、この体の中にある襲撃時のアゼリアの記憶が、前世の死の瞬間に似た絶望をざわざわと呼び覚まして自然と涙が溢れる。
「…………お父様」
「どうした? なんでも用意するから言ってくれ」
「……こ、怖かっ……た、わ、わたくしは、死んだのかと…………」
「…………ああ、そうだな。すまない、お前の誕生日だったというのに、警備の手配が甘かったのは私の責任だ」
しゃくり上げるような啜り泣きがうまくコントロールできないでいる私を宥めるかのように、ジェトリウスは優しく抱き締めて背中をポンポンと叩いてくれる。
「……死にたく、ない……!」
「大丈夫だ。二度とお前にあのような怖い思いはさせない」
「ちが……違うのです、お父様……」
「……ん?」
突然何もかも全てを失う死別の恐怖。
大切な人との別れもロクにできず、瞬く間に一方的に全てを奪われてしまう。
心を引き裂かれるような苦痛を前にしても、どうすることもできない己の無力さへの絶望。
真っ白な死後の世界で経験したあの心の痛み、苦しみ、後悔を、私はこの体でもう二度と経験したくない。
「……わ、わたくしはあの夜、一歩も動けなかった……。クロが助けてくれなかったら、きっと死んでいました。……そう、ですよね?」
「……」
「クロはどうして、私が動くよりも早く反応ができたのですか?」
「……あいつはフェリオール家の騎士であると同時に、エルグランド王国の王国兵士として毎日厳しい訓練をこなしている。若いながらに実戦の経験も豊富だ」
日々鍛え、磨き上げられ、実戦を経たことでようやく得た力。
それは貴族令嬢のアゼリアでも手が届くものなんだろうか。
その全てとまでは言わず、半分……3割でもいい。
……可能か不可能かを考えるよりも、今はただ何もせずにいられなかった。
もう二度と死なないために。
「……私は強くなりたい。何かあったときに、自分や大切な人を、自分の手で守れるくらいに」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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