高度戦闘魔術の授業(3)
レオンと一緒に講師に連れてこられたのは、魔術闘技場の近くにある彼の事務室だった。
ゆったりとした質の良いソファーを勧められて、他に座る場所もないためおそるおそるレオンの隣に腰を下ろす。
講師は自分の執務机から椅子を持ってきて私たちの前に座った。
「アゼリア・フェリオール。先ほど使った力について、自分で説明ができるか?」
「ええと……風魔術のことでしょうか?」
「いや。最後に自身ごと殿下を燃やした炎魔術についてだ。あれはお前が使った魔術だろう?」
「え……」
あ、あれって私の魔術だったの?
てっきり周りにいた誰かの炎魔術かと思ってたのに……。
わからない、と首を横に振った私を見た講師は怪訝そうな顔をする。
「どういうことだ……? いやしかし、風魔術を使用しながらの炎魔術の使用は不可能なはずだ。その上あの炎魔術は、発動の瞬間に魔力が妙な動きをしていた……」
いや、私に言われてもまじで自覚もないしわからない。
「……殿下はこの件について、何かをご存知なのでしょう?」
レオンは隠すことも誤魔化すこともせずに淡々と状況を答える。
「俺も見るのは初めてだから詳しくは知らない。ただジェトリウスからの報告によると、先日の襲撃以降、アゼリアには聖女の力が目覚めたと」
「……! 先ほどの2種の魔術……いや、炎魔術は、"聖女の加護"だと……?」
強面の講師ですら目を見開いて私を見る。
「魔力の出どころ的に、風魔術は本来のアゼリアの魔術、最後の炎魔術は聖女の加護だったんだろう。使用している魔力源が違うのなら、同時に2つの魔術を使えてもおかしくはない」
「た、確かに、理屈としては理解できますが……。聖女の加護……そんな力が本当に存在するとは……」
私のことを話しているのに、私が口を挟める状況じゃないのがとても気まずいし申し訳ない。
私自身聖女の加護についてよくわかってなさすぎる……。
「ユリウス。アゼリアの聖女の加護の件に関しては適切な時期まで公表しない契約を、父上とジェトリウスが結んでいる。気づいてしまったことは仕方がないが、無為に他人に伝えることは処罰対象となるため控えてくれ」
「……!」
そうだったんだ……。
ジェトリウスはちゃんと無限に治癒魔術が使えることがバレないように対策してくれてたし、レオンも講師に口外しないようきちんと釘を刺してくれた。
「承知しました。決して口外はいたしません。戦闘魔術の授業で魔力の流れが見えるのも殿下と自分だけですので、他の生徒たちはあの炎魔術がアゼリア・フェリオールが使った聖女の加護だとは気づいていないでしょう」
講師は改めて私に向き直る。
「これは俺の見立てだが……アゼリア・フェリオール、お前はそれだけの強大な力を持ちながら、その使い方を自分自身把握できていないな? もし使いこなせているなら、先ほどの場で自分自身のことまで燃やしたりはしないだろう」
「…………っ」
いつも怖い講師の顔がいつもよりもっと怖く見えた。
こ、これは…………!
答え間違えたらなんかやばそうな感じ……!?
聖女の加護を持ってるのにちゃんと使いこなせてないとか、危険対象だって見なされるんじゃ……そしたら処刑…………?
ヒィッ……!
私は隣にいるレオンをチラリと見た。
彼は私の話には興味がないのか、こちらを見ていない。
ああ、やっぱり終わったかもしれない……。
私は膝の上の拳をそっと握りしめた。
……私は前世の経験で知っている。
こういうとき、失態の露呈を恐れて嘘を重ねた結果、最終的にどうなるかを。
バクバクうるさい心臓を落ち着けるために、すう、と深呼吸をして背筋を伸ばした。
「……おっしゃる通りです。わたくしには聖女の加護を使っている自覚がありません。今まで使えなかったはずの治癒魔術が突然使えるようになったり、一度も使ったことがない魔術を認識するだけで使えるようになっただけで、魔術の使い方自体には今までと何の違いもありませんので」
「ふむ……」
「先ほどの炎魔術も自分で使ったものというよりは、てっきり誰か別の方からの攻撃を受けたのだとばかり……」
男性講師は目を伏せて少し考え込む。
そして次に口を開いたとき、その目は私ではなくレオンを見ていた。
「殿下。率直に申し上げて彼女の力は放置するにはリスクが大きい。もしまた無意識下で魔術を発動させた場合、次は生徒や学院だけでなく王都が吹き飛ぶかもしれません」
いやさすがにそんなことするつもりないけど!?
けどそうか、私の"つもり"は今は全く関係ないのか……!
何としても示さないと……!
嘘ではなく、私が生きることには価値があるんだってこと!
「で、ですが、わたくしがこの力を使いこなせるようになれば、王国へも大きなメリットがあります」
「使いこなせるようになる時期に目処が立っているのか?」
「それは……まだ、立っていませんが……」
「俺はその時を呑気に待つことがリスクだと言っているんだ」
「わ、わたくしだって何も呑気に待っているわけでは」
実際今このときもジェトリウスが"大賢者"へアゼリアの先生になってくれるよう説得してくれてるはずだし、私だって死にたくないからこそ毎日自分のことを鍛えて、
「ユリウス」
レオンの静かな声が口論になりかけていた私たちを止めた。
「国へ害を及ぼすリスクを事前に潰すという、お前の忠誠心は俺も理解している」
レオンにここまで言わせるなんて、この講師はきっと王宮でも優秀な兵士なんだろう。
「ただ、これは契約だ。ジェトリウスがアゼリアの力をエルグランド王国の利益になるよう育て上げる代わりに、その力を使いこなせるようになるまで王宮は彼女に干渉せず、聖女の存在自体を国民に公表しないと」
「……!」
「父上は目の前のリスクより未来の利益を選んでジェトリウスの申し出を飲んだ。どのような理由があろうと、この契約は俺たちでは覆せない」
アゼリアの身の安全をあらかじめ王宮に約束させたという、あまりにも立派な父の姿にさすがに泣きそうになった。
つまりこれは、聖女の加護に起因する死亡フラグをかなり回避できるってことでは……?
っていうかレオンてもしかして私の味方なんじゃ……?
「とはいえ、アゼリアの力がリスクであることも事実だ。俺には王国の第一王子としてこの国の未来を守る責任がある。もし次にアゼリアの魔術が暴走に値する動きをしたら、その時は俺が直々に"処分"しよう。これで問題はないだろう」
ふふふ……王子様は持ち上げて突き落とすのがお上手だなぁ~!
まさかの、繋がってるのは首の皮1枚以下だった。
◇
闘技場近くの講師の事務室を後にして、私は言葉もないレオンの背を見つめながら廊下を歩く。
正直庇ってくれたとは言い切れないけど、あの場で私が罰を受けることにならなかったのはレオンのおかげであることに間違いない。
……やっぱお礼言っといたほうがいいか……?
「あの……レオン様」
前を歩いていたレオンは足を止めて私を振り返った。
相変わらずその顔からは何の感情も読み取れない。
「先ほどはありがとうございました。レオン様のお言葉がなければ、わたくしは今頃どうなっていたかわかりませんでした」
「……」
私なんて授業とはいえ、レオンのことを燃やしたっていうのにね!
「授業中にも伝えた通り、俺はフェリオール邸を訪れた際にお前に聞いておくべきだった。他者への態度を改めるようになったことも、戦闘時の身のこなしが変わるほど自己鍛錬に励んでいることも、きっとお前が死の際で見たことや感じたことが与えた影響なんだろう」
「……!」
レオンは私が死なないための取り組みに気づいてたんだ……!?
全然興味ないんだと思ってたのに……。
「お前が変わろうと努力していることを知っているから、切り捨てるのは尚早だと判断した。父上はその努力が実を結ぶことに期待されているからな」
レオンがリノンと結ばれるためには、自分から解消できない婚約者のアゼリアの存在は邪魔だったはずじゃ……?
さっきなんて絶好のチャンスとばかりに処分されるんじゃないかと思ってたのに。
ジェトリウスが国王陛下との間に結んだ契約っていうのは、"エルグランド国王"の名の下に私を害そうとするあらゆるものに枷をかけることができるんだ……たとえそれはレオンだとしても例外じゃない。
「アゼリア。お前が強くなった"結果"だけでなく、その"過程"も聞かせてくれ。俺にはそれを確認する義務がある」
おしゃべりしよ!っていうほっこりする話かと思いきや、もしかしてこれは尋問なのでは……?
胃がきゅうっと締め付けられる思いで私はその申し出を受けるしかなかった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




