高度戦闘魔術の授業(2)
「念のための確認なのだけど。アゼリア、あなたの脇腹の傷口はもう本当に完全に塞がっていて、動き回っても一切問題はないのよね?」
「ええ、問題ありません」
むしろ毎日のように騎士団の訓練に参加して、元気いっぱいに動き回って穏やか腹黒騎士にぶっ刺されてぶっ叩かれて、普通なら枯れてるほどの治癒魔術も使ってるしね!
「そう。それなら合理的で現実的な、こんな作戦はどうかしら。…………」
ミレーユ・ヴァロワールとかいう公爵令嬢の発想は思った以上にぶっ飛んでいた。
きみ、本当に計算高いヴァロワール家のご令嬢?ってくらいに。
10秒で説明が終わったミレーユの作戦の代案を私もリノンも提示できなかったので、全員一致(というより反対者不在での不本意な可決)でその力技と出たとこ勝負に頼った作戦が採用されることになってしまった。
とはいえ騎士団での訓練は剣術が中心だったから、魔術での実践的な戦闘訓練はありがたいし、今は仮にもチームを組んでる仲間がいる。
私を殺そうとして笑いながら剣を振るセイリスに一人で立ち向かうわけじゃない。
頼もしさから、少しだけワクワクもしていた。
「時間だ。各チームとも初期位置にスタンバイするように」
講師がそう告げると、生徒たちは魔術闘技場の決められた位置へと移動する。
私たち『黒チーム』の3人もそれに従った。
「始め!」
講師の掛け声が円形状の広い闘技場に響き渡る。
同時にミレーユは地面を蹴って、ルチアナを擁する赤チームに近づく。器用に足元に風魔法を使っているからすごい速さだ。
レオンの指示か、同時に白チームから2人の生徒が私とリノンの元へ急接近していた。
「それではリノンさん。援護をお願いしますね」
「はい!」
リノンは白チームの2人へ手を向けると火の雨を降らせた。
2人は思わず足を止め、腕に巻いた布を守るために火の雨を跳ね除ける。
私は地面を蹴ると上空へと飛んだ。
周到に準備する日常魔術と違って、反射的に使う戦闘魔術には個人ごとにかなりのクセがある。
例えばミレーユの使う魔術の場合、一撃の威力は高いが射程が短いため、まず相手に近づかなければ戦闘にならない。
逆にリノンは、射程は長いが威力と操作性は高くないタイプらしい。
自分が最大の力を発揮できる"間合い"に個人差があるため、基本的に魔術戦では相手をその間合いの中に入れるよう立ち回りながら戦うことになる。
『合理的で現実的な、こんな作戦はどうかしら。まずはわたくしがルチアナを、アゼリアが殿下を退場させる。リノンさんは魔術の射程が長いことを生かして、全体を見ながらわたくしたちの援護を』
先ほど提案したミレーユの作戦はざっくり&シンプルだった。
フィールド上の人数がもっとも多くて混戦になりやすい開始直後に白チームと赤チームの主力を削いでしまえば、あとはラクができるのでは?という。
『……あなた、レオン様と戦いたくないからってわたくしに押し付けてませんか?』
『まさか。ルチアナは授業に私情を挟むタイプだし、最後の1人になるまであなたへは攻撃をしないだろうと踏んで、裏を突く合理的な作戦よ。それとも戦闘魔術を学び始めてまだ日の浅いリノンさんに、殿下やルチアナとの戦闘をさせるつもり?』
『それは……確かにそうですが……』
『殿下の魔術は射程も威力もわたくしとは桁違いでしょ。それに対抗できるのはこのチームではあなただけなのではなくて?』
『……わたくしのことを評価してくれてるのですね』
『勘違いしないで。評価ではなくて、客観的に見た事実よ』
一歩でもレオンの射程に入ったら彼の炎魔術が飛んで来る。
それなら彼に炎魔術を使わせなければいい。
「……」
「殿下!!」
私は自分が上空へ飛ぶと同時に、まだスタート地点から一歩も動いていなかったレオンの体も風魔術で宙へ放り投げる。
魔術発動の原理は1本のストローを使ってジュースを飲むような作業だ。
オレンジジュースを飲みたかったらリンゴジュースは諦めなければならないのと同じで、2つの魔術を同時に発動することはできない。
宙へ吹っ飛ばされたレオンは、不安定な状態をなんとかするために風魔術を使うだろう。
そしてその間は、炎魔術を使えない!
充分な高度へ達したと判断した私は、レオンへ向かって宙を強く蹴ってから風魔術をオフにした。
重力も加わって加速すると、レオンと私がお互いの"間合い"に入るまでは一瞬だった。
私は強く握り締めた拳に炎魔術を、
「休んでいた間に随分身のこなしが柔軟になったな」
「!」
背中から地面へ落ちているレオンの静かな瞳が上空にいる私を真っ直ぐに捉えた。
彼が私へ右手を向けると、一瞬で現れた巨大な炎の渦が私を飲み込む…………ギリギリのところで、再度風魔術を使って私はその場を離れる。
レオンは自分の体が地面に叩きつけられる直前に、風魔術でふわりと着地した。
熱ッッッつ!!
体半分燃えた!
講師がかけてくれた防火魔術のおかげでなんとか消し炭にはならなくて済んだものの、熱を感じないわけではない。
私は慌てて腕の黒い布を見た。
ま、まだ燃えてない……よかった……。
でもきっと次はない。
っていうかあの冷酷王子、自分の体が落下してるのに受け身も取らないで攻撃してきたんだけど!?
死ぬ気!?
私が地面を蹴ってから、レオンの無傷の着地に私の背中を冷や汗が伝うまで、時間にしてほんの数秒の出来事だった。
「アゼリアー! 殿下なんとかすんの今手伝うからちょっと待っててねー!」
離れた場所からそう言って私へ手を振るルチアナの前にミレーユが立ち塞がる。
「はぁ~、今の聞こえなかったわけ? どけよツンデレ女」
「相変わらずの減らず口ね、変態。かわいそうだけど、あなたはアゼリアに近づく前にここで退場してもらうわ」
う、うわぁ、まだ魔術使ってないはずなのになんか燃えて見えるよあの2人……!
ルチアナはミレーユと似て射程が短いけど威力が高い魔術を使うタイプだから、ミレーユの足止めはきっとうまくいくだろう。
私はレオンをなんとかすることに集中しないと。
「殿下、ご無事ですか!?」
「ああ」
「まずは俺たちでアゼリア様を止めるぞ!」
「!」
リノンの火の雨をなんとか掻い潜って、白チームの2人が私の元へと飛んでくる。
風魔術をまとったその動きは素早く、リノンの魔術コントロールでは捉えられそうにない。
その上無防備になったリノンのことを狙って赤チームの生徒たちまで炎魔術を放ったせいで、彼女はそれを処理することにも手を焼いている。
「………………」
ほんの数秒にも満たない間、私は上空から闘技場を冷静に見回しながら、手の中で高圧縮させた風魔術をぐるぐると捏ねていた。
上空という風魔術を使った地の利と引き換えに、今の私には炎魔術が使えない。
使えないなら借りればいい。
指の関節がパキッと音を立てるほど力を入れて、圧縮していた風魔術をリノンへ向けて放たれた赤チームの生徒の炎魔術へ向かって投げる。
風を裂いて銃弾のように飛んでいった私の風魔術は、炎魔術へぶつかるとその炎を巻き込み飲み込んだ。
「えっ!? お、俺の炎魔術が……!」
赤チームの生徒は目を見開いて驚いてたけど、セイリスも言ってた通り、魔術は強力な魔力が微弱な魔力を飲み込む性質がある。
炎魔術を飲み込んで焔色の熱をまとった風魔術を、向かいくる白チームの2人目がけて私は再度銃弾のように放った。
それは当たる直前に少しだけ圧縮を解除されたことで、大きな炎の風となって白チームの2人を丸ごと飲み込んでいく。
「あちちちち!!」
「やべっ、布燃えた!」
「(このままレオンも燃やすッ!!)」
指先に力を入れ、他人の魔力分随分重たくなった風魔術を……さらにレオン目がけてもう一度弾き飛ばす!
「……」
冷静な目で私を見上げるレオンと目が合ったと思った次の瞬間、
「……数日前、フェリオール邸を訪れた時に……」
「!?」
地面を蹴ったレオンが空中にいる私の目の前に現れて、風魔術を操っていた右腕を掴んだ。
ドォン!と派手な音を立てて、レオンの背後で闘技場の一部が黒焦げになる。
「お前が気を失ってから、目覚めて今日に至るまで」
「……っ!」
掴まれている腕を引き抜こうとしてもびくともしない。
まずい、今ここでレオンに風魔術を使われたら私の腕が吹き飛ぶ!
「なにを見て、なにを経験して、どんな思いをして過ごしてきたのか」
まずいまずいまずいまずい、死ぬ……!!
「俺は耳を傾けるべきだったのかもしれない」
レオンの凪いだ海のような瞳が私を正面から捉えた。
そこには言葉とは違って、悲しみも、後悔も、もちろん怒りすら存在しない。
頭からスッと血の気が引いていくのを感じた。
あ、だめだ、死ぬ…………
…………死にたく、ない!
「!」
ボッ!!
「あつっ……!」
私の腕を掴んでいるレオンごと、私の体を大きな炎が包んだ。
2人揃って腕に巻いていた布が一瞬で燃え散る。
……今は私もレオンも風魔術を使ってた。
誰かが……?
「全員、訓練を中止しろ!」
鋭い声と同時に文字通りすっ飛んできた講師が私の腕からレオンの手を引き剥がすと、その瞬間炎は消えた。
彼はそのまま私たちを地面へ下ろす。
「……殿下、お話を伺いたいことが。アゼリア・フェリオールとともにご同行願えますか」
「……」
レオンは講師をじっと見たあと了承する。
「いいだろう」
「ありがとうございます。各自残りの時間は教室での自主学習とする。解散!」
あまりにも突然授業の中止を告げられて、講師とレオン以外のその場の全員が疑問を隠せない顔をしていた。
もちろん私も。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




