レオンの気を引くために
アゼリアが学院を休んでいた間に特大死亡フラグが立っていたことは、ジェトリウスの不在に輪をかけて私を動揺させた。
どうする?
私が生きるために、リノンを殺す?
……いや何言ってんの、彼女は何も悪くないし、直接私に何かしてきたわけでもない。
そんなことできるわけがない……。
となったら、なんとかしてあの冷酷王子の気を、私自身が引くしかない。
正直今はほとんど愛情を感じないけど、リノンより私のほうが魅力的に感じたら、レオンに見捨てられることもないはずだ。
……とはいえ前世の私もアゼリアたちより少し長く生きてただけで恋愛経験が豊富だったわけじゃないから、こういう恋の駆け引き的なことは本当にどうしたらいいかわからない。
しかも相手は何考えてるのかわからない、無表情で冷酷な王家の人間だ。
そうは言っても所詮は思春期の健全な男子なはずだし……。
いや、レオンに『思春期の健全な男子』って言葉が当てはまるのか……?
誰か……誰か身近に恋愛経験豊富そうな男の人はいないかな……!?
クロヴィス……は、お嬢様一筋だし恋愛とかそういうのはあんまり得意じゃなさそう。
ジェトリウスはいつ帰ってくるかわからないし……そもそも父親にそんなこと相談するとか恥ずかしくて無理すぎる。
娘大好きパパなジェトリウスの気持ちを考えてもちょっとかわいそう……。
「お嬢様、大丈夫か? 顔色が悪いぞ……」
「問題、ありません……」
ヘルムート団長……は、優しいけど、なんていうか……女性に慣れてたりモテる感じじゃない。
いや、私は好きだけどね!
両膝に手をついて肩で息をしながら地面を睨んでいた私の頭上に影が差す。
「ほら、お嬢様! 頑張るのも大事だが、ちゃんと水分も取ってかねぇとな」
「……ありがとうございます、ヘルムート」
今日の騎士団の訓練は、剣術のための体力作りと称した筋トレや走り込みなど、みんなが嫌いな基礎訓練だった。
私は体を起こすとヘルムートに差し出された冷たい水を飲みながら呼吸を整える。
「集中できてない様子だったが、学院で何かあったのか?」
「………………」
「まあ、詳しくは聞かねぇが。アゼリアお嬢様は俺なんかより複雑な悩みをたくさん抱えてんだろう。だが無理するのは体にも良くねぇから、休みたいときは休むことも大切だぞ」
「ありがとうございます。わたくしなら無理ではなく、まだできます。……でも、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
私はもう一口水を飲んでからヘルムートを見上げた。
「そ、その…………騎士団の中で一番恋愛経験が豊富というか、女性に詳しいのは誰でしょう? わたくし、その方に聞いてみたいことがあって」
「はっはっは! 恋のお悩み相談か? いいねぇ、青春じゃねぇか! そうだな、うちの騎士団だったらやっぱり……」
ヘルムートは辺りを見回して目的の人物を探しているようだ。
「……まあ、普通に考えて一番遊んでんのはアイツだろうな」
「(げぇ…………)」
ヘルムートが指を差した先にいたのは、団員と会話をして春風のようにふわりと笑うセイリスだった。
私の心の中の「セイリスに恋愛相談とか絶対したくない……」という冷めた想いが外まで出てきてしまっていたのか、セイリスはこちらに気づいてにこりと微笑み直した。
確かに基本的に物腰は柔らかい。
騎士とはいえ厳しい雰囲気とか怖い印象もないし、顔もまあ…………いいほうだ。
私の好みではないけど。
「ミモナお嬢様の護衛騎士になる前は、遠征で行く先々の町で女と仲良くしてたな」
「へぇ~…………ソウナンデスネ……」
「なにか僕の話をしていたんですか?」
近づいてきたセイリスに、ヘルムートがかいつまんで事情を説明した。
「アゼリアお嬢様は恋愛相談ができる相手を探してるみたいでな。セイリスなら結構遊んでるぞって教えてやったんだよ」
さすがのセイリスも今のヘルムートの言葉には眉間を押さえた。
「……あの、ヘルムート団長。本当、話を盛って派手な尾ひれを付けるのをやめてください。アゼリアお嬢様が引いてるじゃないですか」
「いえ、別にわたくしは引いていませんよ。男性に女性と遊ぶという概念があることも認識していますし、あなたがそうだったというだけで」
「はあ……というか恋愛相談とはなんのことでしょうか? アゼリアお嬢様にはすでにレオンハルト王子殿下という素晴らしいご婚約者がいらっしゃいますよね」
う……さすが、的確に痛いとこ突いてくるなぁ……!
騎士だけに!
ちょっとこっちに来て、とセイリスを騎士団の団員たちが訓練をしている場から少し離れた場所へ連れてくると、絶対面白がられるだろうなぁという嫌な自信と覚悟を持ってものすごく簡単に事情を話した。
「……なので、レオン様の気を引くためにわたくしは何をしたらいいのか……誰かの意見を参考にしたくて」
「なるほど。それはまた随分面白いことになってますね」
「…………」
ウ、ウワーーーーーッッ!!
かつてないほど胡散臭くて性格悪そうな笑顔してる~~~!
終わりだ~~~!
「せ、セイリスが女性に対して『かわいいな~』って思う瞬間はどんなときですか?」
「そうですね。僕の場合、普段キチッとしている女性がふとした瞬間に見せる隙とか、かなりグッとくるものがありますね」
わ、わかるようで全然わからない…………。
「僕の個人的な意見はともかくとして、一般論としてはいくつかお伝えできることがあるかと」
「き、聞かせてください!」
前のめりになる私に、セイリスはうんうんと頷くと、頬に指を当てて口角を持ち上げた。
「まずは笑顔です。男は単純なので女性に優しく微笑みかけられたらすぐ好きになってしまいます」
「笑顔……それならわたくしも最近努力しています。でもわたくしが微笑みかけると、なぜかみんな固まるか引いてしまうのですが……」
「それはアゼリアお嬢様の笑顔が威嚇に見えるからでは?」
「い、威嚇? 威嚇なんてしてません」
「そうでしょうか。怒りや不安を隠すための仮面としての笑顔ではなく、ちゃんと心から相手に笑いかけてらっしゃいますか?」
「…………………………」
核心をつかれて思わず黙り込んでしまった。
確かに私の笑顔は、怒りや不安を隠すために顔に貼り付けていただけのものだったかもしれない……。
「アゼリアお嬢様はとてもお綺麗ですから、作られた完璧な笑顔は逆に相手の警戒心を招いてしまうことがあると思いますよ」
「き、気をつけます…………」
セイリスは頷くと続ける。
「あとは距離感です。お嬢様はフェリオール家の気品ある令嬢として、いつでも男と適切な距離をとっていますね」
「そ、それはもちろん」
男性に無闇に近づいたり触れたりするのははしたないことだとアゼリアは教えられてきたし、私もその作法を守っているつもりだ。
「その距離感は相手との心の距離も表しています。はしたないことだから、とあなたが意図的に殿下との間に設けていた物理的な距離は、果たして本当に適切な距離だったのでしょうか?」
相手は王族なのに馴れ馴れしくしろと?
そんなのはしたない以前に不敬罪に問われるでしょ……。
「今回話題になっている庶民の女子生徒は『王族接近禁止令』を破ったのですよね? それは庶民らしい親しみを持った距離感で殿下と接したからであって、殿下もそれが心地良かったから受け入れたのではないでしょうか」
「え……そ、そうなのでしょうか…………?」
「そうです。女性に近づかれて嫌がる男はいません。なんなら体に触れればどいつもこいつももっと喜びます」
いやさすがにそれはお前の主観入ってるよね!?
暴論だと思うんだけど!
「お嬢様はご婚約者なのですから、他の人間よりも殿下のお近くにいて然るべきだと僕は思いますし、それによって殿下のお心を掴めるはずです」
「…………」
レオンもそれを望んでる……?
なんかセイリスに上手く丸め込まれてる気がしなくもない。
私が疑いの目でセイリスを見ると、彼は相変わらず穏やかに笑った。
「その顔は僕の言葉を疑っていますね? ちょうどいい例がお嬢様の近くにいるじゃないですか」
「え?」
セイリスが私から目を離して遠くに視線を向ける。
「あなたが普段、無理のない本心からの無防備な笑顔を向けて、時に親しみを込めて接している相手がいますよね」
「……!」
私もハッとしてその視線の先を追った。
広い騎士団の訓練場で、話をする私たちから離れたところにあるその頼もしい後ろ姿を捉える。
「"そいつ"はあなたのことがお嫌いだと思いますか?」
「…………嫌われてはいない……と、思いたいです」
本心かどうかはともかくとして、私が聞いたらきっと彼は胸に手を当てて恥ずかしげもなく真っ直ぐに好意を口にするだろう。
「ははっ! そうですね、僕も嫌いではないと思いますよ」
つまりレオンに対してもクロヴィスにするみたいに接したら、あの冷酷王子もああなると……?
いやいやいや落ち着け、相手は王族だ。
さすがにリスクがありすぎる……!
まだしっくりこない顔をしている私に、セイリスは「……できないのであればもう最後の手段しかありませんね」と、珍しく真剣な顔をした。
「さ、最後の手段……?」
「はい。多少のリスクはありますが、お嬢様が覚悟をお決めになればこの方法で殿下も一発で落ちるでしょう……」
国の第一王子になんて言い方してんだこいつ。
とはいえそんな確実性の高い一発逆転があるなら多少のリスクは考えてみてもいいのかもしれない。
ゴクリと息を飲む。
「その方法、とは……?」
「色仕掛けです」
「………………」
「殿下も男ならこれで落ちないわけはありません。据え膳食わぬは男の恥、とはうまく言ったものです」
「あなた、わたくしに色仕掛けをしろと? レオン様に?」
「できませんか?」
テメェ~~~!!
アゼリアじゃなくても危うく手が出そうになった私は必死に自分を落ち着かせる。
「……あなたに真面目に相談したわたくしが愚かでした」
「殿下も絶対お好きだと思いますよ? 女性からの色仕掛け」
「却下です!!」
やっぱりこのへらへらした騎士は間違いない、ヘルムートの言葉にはなんの脚色もなく女遊びをしてるんだろうと確信した。
いつもいつも、もっともらしいこと言ったかと思えば次の瞬間にはすぐふざけるんだから!
「おっ! 顔色が良くなったみたいだな!」
「……ヘルムートからいただいたお水のおかげです」
「そうかそうか! そりゃよかった」
ヘルムートに水のお礼を言ってから、私は基礎訓練に戻った。
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