メインヒロイン
「アゼリア~~~! めっちゃ会いたかったよぉ、スゥー、ハァー……」
「!?」
昼休憩と同時に学院に姿を現したルチアナは、私の姿を見るなり抱きついて胸元に顔を埋めてそれはそれは肺いっぱいに吸い込んだ。
前世の私やアゼリアがよく猫たちのモフモフのお腹に対してやってた"猫吸い"によく似てる。
吸われる側ってこんな気持ちなのか……恥ずかしさが強い。
「…………ルチアナ様。離れてください」
「え、なに。いや顔こっわ。自分ができないからって妬くなよ」
クロヴィスに止められてものすごく不本意な様子で私の胸から顔を離したルチアナは、懲りずに私の手を握った。
「今日こそは一緒にお昼食べよ♪」
昨日と同じく学院の中庭のテーブルでルチアナと一緒にランチを囲む。
私は学院食堂のテイクアウトでキッシュのランチセットを、ルチアナはシチューボトルとパンのセットを買ってきてテーブルに広げていた。
一口、二口と食事を口に運んでから、私はルチアナに声をかける。
「昨日は急に早退していたので心配しました。今朝もいなかったようですし……」
「あーね。全然だよ。家の手伝いに呼ばれてちょいうざかっただけ」
「…………」
うざかった、と言いながらも帰らなければならないほどの用事だったんだろう。
ローゼンベルグ家は四大公爵家の中でも刑法を担っていて、罪人の処罰などの汚れ仕事から時には王宮の依頼で隠密行動なども任されるような重要な一族だ。
いくらアゼリアとルチアナの関係でも話せないことはあるだろうし、どこまで踏み込んで聞いていいのか迷ってしまう。
ルチアナは学院の校舎の大時計をチラリと確認する。
「……うちでさー、アゼリア襲ったやつ預かってたじゃん?」
「え……あ、はい」
「王宮はあいつの死刑を決めてね」
「……!」
「でもまー色々あって、処刑前に頭開けとく?ってなって。そしたらあいつの記憶からアゼリア襲撃以外にも余罪がボロボロ出てきてさー、まじウケる」
ルチアナにとっては慣れた光景だとでもいうように、彼女はけらけら笑いながら話を続ける。
「でも全然ウケないこともわかってさ」
「……」
「動機全然吐かねーからなんか変だとは思ってたんだけど。アイツ、アゼリア襲撃の首謀者じゃなかったんよなー」
「えっ……それって」
ルチアナはバチバチにカールさせた長いまつ毛を持ち上げて、海のような瞳で私を見た。
「アイツは雇われた駒でしかなかった。アゼリアの命を狙ってるヤツはまだ生きてる」
どくん、と心臓が嫌な音を立てる。
誕生パーティーはクロヴィスとレオンの存在に加えて『私』の転生……たくさんの奇跡が重なったことで、アゼリアは生きる伸びることができた。
でももし次また同じことがあったら?
「…………」
「……ごめん、怖がらせたかったんじゃないんだ。ただ気をつけといたほうがいーよって言いたかった。……っつか、気ぃ引き締めて頑張んのはアゼリアじゃなくて護衛のアンタなんだけど。わかってんの?」
ルチアナは私の背後に控えるクロヴィスに、綺麗なネイルの施された指をビシッと突きつけた。
「…………」
「アゼリア守るために寝ずに護衛しろよ」
「ルチアナ、クロは本当にやりかねないのでそういう冗談はやめてください……」
「まじやればいいと思う」
「大丈夫です大丈夫です! フェリオールの本邸は普段は夕方以降屋敷の人間以外出入りできない魔術が発動してるので安全なんです!」
それに私だって、次また同じようなことが起こったときに自分でも対処できるようになりたいから、毎日セイリスに転がされてるんだ。
この努力はきっと無駄じゃないはず。
「わたくしが生きるためにはルチアナの今の情報はとてもありがたかったですよ。ありがとうございます」
「アゼリア……」
「わたくしはそう簡単に死ぬつもりはありませんから! そのためにもまだまだ強くならなければ」
グッと拳を作って見せた私に、ルチアナは険しくしていた綺麗な顔を少しだけ和らげた。
「……うん。私らも得られた情報からアゼリア襲撃の首謀者を追ってるからさ。兄貴が直接動いてるからそんなかかんないと思うし」
少し重苦しくなってしまった雰囲気は、そのコミカルで有能なルチアナの腹違いのお兄さんの話題が笑いに変えてくれた。
ランチメニューが私たちのお皿からすっかり姿を消したころ、私はふと思い出した朝のミレーユのことをルチアナに話した。
「彼女が言うには『大叙勲祭』の結果に関わるような何かが、この2週間の間に起きたみたいで……ルチアナは何か知りませんか?」
「え、ごめんわからん……アゼリアのいない絶望の日々とかすでに記憶にないわ」
「つい最近のことですよ……」
「『大叙勲祭』とかガチ興味なさすぎてー。表彰される人らとほとんど教室違うし。トップ争いバチバチなんかな?」
ルチアナは椅子の背もたれにだらしなく寄りかかって、腕を組みながらうーんうーんと頭を悩ませてくれている。
『大叙勲祭』にはほとんど一発逆転はない。
表彰台に上がるのはトップ成績の数人に絞られるから、常に手を抜きたがっているルチアナや多くの生徒にとっては無縁で興味のない話題だと言われてもわからなくはない。
前世の私だったらそうだろうし。
「あ、そーいえば」
「?」
「学院の『王族接近禁止令』ガン無視した庶民のこと殿下が庇ったらしーけど、それ関係あんのかな」
『王族接近禁止令』をガン無視した庶民……!?
それをあの合理性の塊な冷酷王子殿下が庇った……!?
二重にただ事じゃないこと起きてるんだけど!?
ミレーユの言っていた『大叙勲祭』の結果に関係があるかはともかくとして、私の本能……という名の前世の知識が騒いでいる。
「ち、ちょっとその件について詳しく聞かせて欲しいのですが」
「えーなんだったかな……あ、芸術の授業? に、庶民出身の女いる?」
アゼリアは芸術の授業でも殿下と同じクラスでしょ、とルチアナが言った。
私はアゼリアの記憶を探し直す。
アルセリア王立学院は貴族ですら一部しか入学を許されない実力主義の格式高い教育機関だ。
ましてや幼い頃からの英才教育とは無縁の庶民出身者なんて、どの学年にも1人以下しかいないからとても目立つ。
「…………います。リノン・ブランカという女子生徒が」
「そーそー! そいつの歌を殿下が気に入ったとかでー。放課後2人で音楽教室にいたとこ講師に見つかって、女が『王族接近禁止令知らんのか! んなワケないやろ!』って講師に怒られたら殿下が『自分が頼んで歌わせてただけだから彼女を責めるな』って庇ったらしくて!」
年頃の女子ってこういう話が大好きだよね、私にもそういう時期あったよ、わかる。
例に漏れずルチアナもめちゃくちゃいきいきしている。
彼女に反して私の心は焦りと恐怖に染まっていってるけど……。
「んでそっから多分噂にめっちゃ脚色入ってー。その女は殿下のお気に入りで特別だとか、アゼリアがもうすぐ殿下に婚約破棄されるだとか。どれもクッソくだらねーの、ばかウケる~!」
自分の太ももをバシバシ叩きながら仰け反るほど笑うルチアナ。
「それからその女は殿下に声かけんの許可されたらしーよ! どー見てもその女が殿下のこと誑かしたんだろっつー」
「…………」
これは……間違いない。
ここにきてついに、ついに……
"メインヒロイン"が舞台に上がってきやがった……ッ!
この典型的な展開も前世の私は散々見た!
いつでも勝つのは純粋で可愛らしい庶民出身の主人公!
負けて断罪されるのが悪役令嬢!
恐ろしいほど完ッッッ全にテンプレにハマってきてる……!
おそらくミレーユが言っていたのはレオンに気に入られたリノンが王宮の贔屓によって『大叙勲祭』でも表彰台に上がる……つまりアゼリアは1年間の努力も虚しく表彰台を逃す、そういうことだったんじゃない……!?
歌がうまくて……
素朴で明るくて……
努力家だけど嫌味がなくて……
おまけにすっごくかわいい……
何をしてもレオンに気に入られていく圧倒的メインヒロイン属性……
……だめだ、前世の知識が邪魔をして、アゼリアがリノンに勝てるルートが全く見えない……っ!
「心配しなくてもダイジョーブだよ、アゼリア」
「ルチアナ……」
「殿下は自分の意志でアンタを婚約者に選んだんだから、よほどのことがなきゃ自分の意志を変えたりしないって」
「……そう、だといいのですが」
「うんうん、婚約破棄とか『自分に見る目ありませんでした~』って言うようなもんだし! 殿下がそんな非合理的なことするわけないっしょー」
「た、たしかに」
「それに誰がどー見てもアゼリアを越える"いい女"なんてこの世に存在しないし!」
ルチアナの言葉にほっとしたのも束の間、それってつまり、と新たな不安が顔を上げた。
それってつまり、レオンがリノンと結婚するにはアゼリアの存在は邪魔……
婚約破棄は王家のプライドがあるからできない……
婚約が破棄できないなら……"不慮の事故"でアゼリアのことを消すしかない…………
……………………特大の死亡フラグでは?
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




