お茶会仲直り作戦、第2回
1限目の教室に向かっていると、学院のグランドに面した渡り廊下で数人の男子生徒に出会した。
あれは……以前私に風魔術付きの罵詈雑言の手紙を送って来た侯爵令息だ。
彼が露骨に「げ、アゼリア…………」という顔をして立ち止まると、その付き添いの生徒たちも主人に合わせて足を止める。
目が合ったらバトル開始、じゃないけど、嫌味を吐かれる前に先手を打った方がいいかな。
私はだいぶ慣れてきた優しい笑顔で声をかける。
「ご機嫌よう。先日はお手紙をありがとうございました。わたくしからのお返事は無事届いたでしょうか」
「……うるせえな、死臭振り撒いてんじゃねえブス」
「………………」
こ、こいつと仲直りする必要あるかなぁ~~~!?
ぶん殴っちゃおうかな!?
怪我させても治せば許される!?
いや許されるわけない、ダメダメ!!
大人数の前でアゼリアに「品性の欠片もない不細工チビは肥溜めに帰ってろ(※意訳)」って言われたの相当根に持ってるな……。
まあ、アゼリアも大概やばいけどそう言いたくなるのも正直私はわかるよ……。
私が必死のアンガーマネジメントに勤しんでいるのを、彼はどうやら言い返せないでいると判断したらしい。
「脇腹が無くなったらしいのに、アゼリア様は痩せ我慢がお上手ですねぇ? 生き返った感想はどうです? 痛みを堪えて復学するくらいなら、死後の世界のが快適だったんじゃないですかぁ?」
「…………」
……色も温度もないあの真っ白な絶望の世界を、見たこともないくせに。
付き添いの男子生徒たちは侯爵令息を止めようともしないで薄ら笑いを浮かべていた。
「レオンハルト王子殿下もご趣味が悪いよなぁ? 死に損ないのゾンビ女との婚約なんてさっさと解消すればいいのに」
「…………」
「はあ~、没落貴族出身者は生への執着が異常だな。気持ち悪いんでさっさと死後の世界にお帰りくださ~い」
ブッツン。
私の中で張り詰めていた何かが切れた。
口を開こうとしたまさにその瞬間、風を裂く音を立てて飛んできた剣が私たちの間を通り抜けて、すぐ脇の壁にかなり深々と刺さった。
数秒遅れで侯爵令息の前髪がハラリと落ちる。
「そんなに死後の世界に興味がおありなら自分の目で確かめてきては? 俺がお手伝いしますよ」
グランド方面から剣を投げたのはクロヴィスだったようだ。
騎士カリキュラムの訓練着で、どす黒い怒りのオーラを纏いながら一歩ずつ地面を踏み締めて近づいてきていた。
彼が一歩近づくごとにまるで災厄が訪れたかのように、周囲の空気が冷たくなっていく。
……あのクロヴィスが、見たこともないくらい怒ってる。
「ひっ……!? ア、アゼリアの護衛騎士……っ!」
「あー…………すみません、俺の聞き間違いですかね? アゼリア"様"、でしょう? 目の前にいるのはあんたより爵位が上の、公爵家のご令嬢ですよ」
私たちのすぐ近くまでやってきたクロヴィスは壁に深々と刺さってしまった剣を、ズズッと音を立てて引き抜いた。
「えーと? あ、死後の世界を見てみたいんでしたね」
「ひ、ひいぃ……!」
腰を抜かしてその場にへたり込んだ侯爵令息の足の間に自分の足を割り入れると、ミレーユの時と違って殺気を隠しもせずにクロヴィスはぎりぎりと音が鳴るほど強く剣を握り直した。
「面白いところじゃないんで俺はおすすめはしないですけど。どこを見ても現実離れはしてますから、くだらねぇあんたの人生の中じゃ貴重な体験になるかもしれませんね」
………………え?
もしかしてクロヴィスも……あの真っ白な死後の世界を見たことが……?
「た、ただの騎士の分際で……き、きき、貴族に剣を向けるなどッ!」
「目ぇ見えてます? まだ向けてねえだろ。いつでもあんたの首を刎ねられる距離で、俺は剣を持ってるだけです」
「お、俺に向かって剣を投げただろうが!」
「あんたに向かって投げたって証拠は? 俺はまだ半人前の未熟な騎士なので、素振りをしてたら剣が手からすっぽ抜けたんです。いや~偶然侯爵家のご令息に当たったりしなくてよかったなあ?」
「そ、そんな馬鹿げた話があるか!」
侯爵令息はクロヴィスに噛み付くのをなかなかやめない。
クロヴィスのおかげで落ち着きを取り戻すことができた私は彼の服の裾をちょん、と引いた。
「!」
足元の侯爵令息へ前のめりに圧をかけていたクロヴィスはぱっと背筋を伸ばす。
私はその場に膝をついて血の気の引いている侯爵令息と目線を合わせた。
「わたくしの護衛騎士の無礼をお許しください。申し訳ありません」
「ゆ、許すわけねえだろうが! こっちは殺されかけたんだぞ!」
「そうですよね……でも、これで人の大怪我や死を笑い話にするのはあまりにも不謹慎だとおわかりいただけたのではないですか? あなたも貴族家のご令息であるなら、このようなことは今後二度と控えるべきです」
「……っ!」
なるべく優しい笑顔を絶やさないようにしていた私はここで笑顔を捨てて真顔になる。
「ですが、レオン様の侮辱……王族侮辱罪は重罪です。よくて爵位剥奪後領地追放……悪ければ二度と侮辱できないよう目、耳、舌の3器官と爵位の剥奪後、領地追放。わたくしはレオン様の婚約者として、先ほどの侮辱を見逃すわけにはまいりません」
「………………」
「ですので」
がんばれ!
今こそもう一度働くんだ私の表情筋!
優しく……本当にできる限り優しい笑顔を!
「クロヴィスの件で手打ちとするのはどうでしょう?」
「……は………………?」
「お手紙でも申し上げた通り、わたくしはあなたとゆっくりお話がしてみたいのです。フェリオール家をあげて歓迎いたしますから、ぜひ我が家のお茶会へご招待させてください」
私が友好的にそう言うと、やっぱりこの侯爵令息も今までの相手と同じく戸惑いと引き気味な顔で私を見た。
「いや……お前頭おかしいんじゃねえの……? なんであんなこと言った俺にそこまで……」
「以前よりあなたのレスバ……ええと、討論技術は素晴らしいと感じていて、ずっと興味があったんです。それに、ちょっと相手に反発してしまったのは以前のわたくしもあなたも同じでしょう? ゆっくり話をしてみたら、わたくしたちは意外と気が合うかもしれませんよ」
「………………」
侯爵令息はしばらくグッと押し黙ると、やがてゆっくり立ち上がった。
「……考えておく」
「! ありがとうございます! ぜひ前向きにお願いします」
まだクロヴィスの殺気に当てられているらしい侯爵令息は付き添いの生徒たちに支えられながらよろよろと歩いて行った。
ふぅ…………なんとかこの場は穏便に収まったかな。
クロヴィスが来てなかったら私は今までのアゼリアと同じような暴言を吐いていただろう。
「クロ、また助けられてしまいましたね。あなたが来てくれなかったら、わたくしはこの世のものとは思えない罵詈雑言を並べてしまうところでした」
「……お嬢様、俺のためにあんなヤツに頭を下げたりしないでください」
「え? ああ、さっきの……大丈夫ですよ、わたくしはあなたが悪いことをしたとは少しも思っていないので」
「え?」
クロヴィスはさすがにきょとん、としている。
「ふふ。あの後の会話上、あのほうが相手に恩を売りやすかっただけですから。あなたは何も間違っていませんよ。むしろ本当に助かりました」
私は参考書やノートを抱え直して立ち上がると、クロヴィスに笑いかける。
「助けてくれてありがとう、クロヴィス。あなたはわたくしの誇りです」
「……っ!」
「剣術の授業、頑張ってくださいね」
「はい……お任せください」
グランドに戻っていくクロヴィスの背中に小さく手を振る私を、廊下の角からミレーユが静かに見つめていた。
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