もう1人の公爵令嬢
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ジェトリウスが不在にしていようと朝は来る。
私は不安を顔に出さないよう気をつけながら、今日もまたクロヴィスと一緒にアルセリア王立学院へと足を踏み入れた。
昨日の間に高飛車な悪役令嬢復学の事実は学院中に知れ渡ったようで、その回復の早さへの不信感や、以前と何も変わらない姿への影口は昨日以上にそこらじゅうに溢れているようだった。
……鬱陶しいな。
本当は割って入って正面から事情を説明してやりたい。
でもそれが火に油を注ぐ結果になることは、前世のSNS社会で有名人の炎上を何回も目にした私にはわかる……!
アゼリアの死亡フラグ回避に近道なんてない。
私がやるべきなのは地道な信頼回復、目の前の人との丁寧なコミュニケーション…………
必死に自分を説得させながら目を伏せて歩いていた私の視界に、質のいいブーツがカッと立ち塞がった。
「ご機嫌よう、アゼリア。……思ったより元気そうじゃない」
「……ミレーユ」
クロヴィスが黙って一歩前に出て私を庇う。
ミレーユは冷めた目でクロヴィスを一瞥すると、「わたくしだって病み上がりの人間に手を出したりしませんよ」と言った。
ミレーユ・ヴァロワールはエルグランド王国内の四大公爵家の一角、国内の経済政策の大半を担うヴァロワール家のご令嬢だ。
艶やかで柔らかそうな栗色の髪に、綺麗な顔立ち、こちらを射抜く鋭い視線。
公爵令嬢として自分に厳しくストイックな姿勢はアゼリアと通じるところがあるものの、だからこそよく反発してしまっていたようだ。
まあ、アゼリアと違ってミレーユは誰にでも分け隔てなく優しいタイプみたいだけど。
アゼリアの記憶を辿る限りだと、幼少期からアゼリアにとってライバルのような存在だった彼女と完全に決別してしまったきっかけは、レオンが婚約者にアゼリアを指名したことにあったんじゃないかと……私は思う。
彼女の厳しい家庭環境やそのプレッシャーを考えると、歳も近くて同じ公爵家の令嬢として実力もほぼ互角だったアゼリアを、間違いなく恨んでるだろう。
「……昨日あなたが復学したと聞いて、必死の痩せ我慢顔を拝めるんじゃないかと思っていたのに」
ミレーユは腕を組んで私の腹部をジロジロ見ている。
血でも滲んでると思った?
もう完治も完治、全快だよ。
反射で皮肉を返そうとしてしまったアゼリアの体を落ち着かせて、私は一度深く呼吸をしてからできる限り優しく微笑む。
彼女とも和解しないと。
「ふふ。ご心配ありがとうございます。わたくしはもう元気いっぱいですよ」
「ふん…………殿下からお情けをかけられたのですから、回復しない方がおかしいでしょう」
レオンでも手に負えなかったことも知らないで……!
まあ、まあ、ね!
公表されてないわけだし!
知らなくて当然っていうか!
私よ!
何を言われても相手へのリスペクトを常に忘れずに!
「ミレーユ……わたくしに何か用があったのではないですか?」
「いえ、大した用では。純粋にあなたの痩せ我慢を見にきたのと……」
彼女の口元が弧を描く。
「今年の『大叙勲祭』はご愁傷様、と伝えようと思って」
「……!」
「殿下に愛想を尽かされないといいわね?」
…………どういうこと?
2週間休んだ程度で、1年間積み重ねてきたアゼリアの努力が無駄になるわけがない。
『大叙勲祭』の評価内容は1回のテストで決まるようなものじゃないんだから。
……この2週間の間に、学院で何かあったってこと……?
私に背を向けたミレーユをそのまま帰してしまっていいのかとざわついた心の内で、ゆっくりと方程式が組み上がる。
『大叙勲祭』+大失態=レオンの失望=婚約破棄=聖女の加護を恐れて断罪=死刑…………
ダメダメダメダメ、絶対ダメ!!
さっきの言葉の裏の意味、事実を突き止めないと……でもなんて声をかけたら……!
「あ、あの……ミレーユ!」
「……?」
ごめんアゼリア、先のことを考えたら今はプライドとか言ってる場合じゃない……!
立ち去ろうとしていたミレーユは足を止めて「……なに?」と冷たい視線を私に向ける。
「その……あなたさえ良ければ、今度一緒に勉強会でもしませんか?」
「はあ?」
「わたくしが休んでいた間の経済学や数学の授業の内容を、あなたから教えていただけたら嬉しいのですが」
ヴァロワール家で幼い頃から英才教育を受けているミレーユは特に経済や金融に関する知識が豊富だ。
去年の『大叙勲祭』でもアゼリアがいくつかの表彰台を逃したのはミレーユの存在があったからに他ならない。
アゼリアも敵わない彼女の得意分野で、あくまで私が教えを乞う立場であれば、彼女も対話の機会を引き受けてくれるんじゃないかな……!?
ミレーユは幽霊でも見たかのような顔をして若干引いている。
「……正直に言いなさい。なにを企んでいるの?」
「え、な、なにって……」
「"あの"アゼリアがわたくしに教えを乞うだなんて絶対にありえない……! そもそもわたくしからあなたに教えられることが本当にあると思っているの?」
「だ、だって、経済学も数学も、わたくしよりあなたのほうが成績がいいではないですか?」
「いつの話よ!」
えええ……?
こ、公爵令嬢の心って複雑だなぁ……!
「そ、そんなにいうならわざわざ勉強会という名目じゃなくても……わたくしはあなたとゆっくりお話がしてみたいだけなので、お茶会に招待させてください。フェリオール家が誇る最高級のおもてなしをお約束しますから」
「なるほど、そこで毒を盛る気なのね……」
いやいやいや!
なんでそうなるの!?
「……あなたがどうしてもというならわたくしも公平な方法を真剣に考えるわ。ただし、わたくしはわたくしの安全が保証された場での対話を望みますから」
「! は、はい! もちろんあなたが納得できる場で構いません」
「チッ……なんなの? 調子が狂うわね……。それと、あなたもアゼリアの護衛騎士ならもう少しその怖い顔をどうにかしなさい。学院はそこらじゅうに他の貴族の目があるのだから、あなたがそんな態度ではアゼリアの印象が悪くなりますよ」
え?
ミレーユとの間に立ち塞がってくれていたクロヴィスの顔を横からそっと見上げると、とても冷たい目でミレーユを見下ろしていた。
殺気こそ抑えているようだけど、確かに目の前にいたら結構怖いな……。
「く、クロ、お顔が怖いですよ。よしよし、いい子だから笑って?」
「………………」
なだめるように背中をさするとクロヴィスは深く息を吐く。
「……アゼリア。あなたとのお茶会の件はお父様ともご相談の上、慎重に検討させてもらうわ。すぐには返事ができないと思っていて」
「わ、わかりました。でもその……楽しみに、待っていますね」
なぜかミレーユのほうが気まずそうな顔をしながら立ち去っていく。
……なんか私が友好的な会話をするとみんなああいう顔しない?
お茶会お誘い失敗記録更新か~!
な、泣ける~!
クロヴィスが送り届けてくれた教室にはまだルチアナの姿はなかった。
ミレーユの言っていたとおり、もし本当にアゼリアが休んでいた2週間の間に『大叙勲祭』の評価に影響がある何かが起きていたんだとしたら早めに対策を打たないといけない可能性がある。
相変わらず教室内では私は浮きまくってるし、ルチアナだったら話を聞きやすいと思ったんだけど……昨日突然早退してたし、実家で何か問題でもあったのかな。
結局クラスの担当教員が連絡事項を伝え終えて、1限目の授業のために教室を移動する時間になっても、ルチアナは教室に姿を現さなかった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




