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穏やか護衛騎士と『魔術耐性』

挿絵(By みてみん)


午後の授業も教室間移動中は些細な嫌味を言われたものの、朝の侯爵令嬢と同じように笑顔でお茶に誘ったらみんな引いていったので、復学初日は無事平穏に幕を閉じたといっていいんじゃないかな。(いいの?)


むしろ誰一人として私のお茶の誘いに乗ってくれなかったことのほうが気になる。


急いては事を仕損じる……ってやつ……?

焦らず一人ずつ絆を深めていこう……。


迎えにきてくれたクロヴィスと一緒に朝と同じく転移門を使って王都から遠く離れたフェリオール本邸へと帰ってくると、気を張ってたつもりはなかったのになんだかホッとしてしまった。



「お帰りなさいませ、アゼリアお嬢様!」


「お茶のご用意ができておりますよ」



使用人たちの明るい出迎えに心がじんわり温かくなる。

このままベッドに倒れ込んで寝ちゃいたい気持ちもあったけど、今日はまだ剣を握ってない。

私はクロヴィスを振り返った。



「今日はこのあと騎士団の訓練はあるのですか?」



クロヴィスは頷く。



「基本的に夕食時までは誰かしら訓練場で剣を振ってます。セイリスは暇さえあれば訓練場にいるので、おそらく今日も」


「そうですか。一息ついたら直接訓練場へ行きますので、セイリスへ声をかけておいてくれませんか?」


「承知しました」



昨日のあの感覚を忘れないうちにもう一本くらいはセイリスに入れてやりたい。


学院の制服を脱いで剣術の稽古着に着替えてから、使用人たちの用意してくれたお茶とお菓子を一口だけ口にして騎士団の訓練場を訪れた。



「おぉ~おかえり、アゼリアお嬢様! 2週間ぶりの学院はどうだった?」



いち早く私の姿に気がついた団長のヘルムートが笑顔で迎えてくれた。



「そうですね……楽しかった、と思います。少なくとも一人で部屋で本を読むよりは刺激がありました」



いい意味でも悪い意味でもね。


ポジティブなヘルムートは私の言葉を前向きに捉えてくれて、それはよかったなぁ!と朗らかな笑い声を上げた。


いつでも笑顔でいることがどれだけ大変なことか、アゼリアも前世の私もよくわかっている。

それでもいつも周囲に笑顔と元気を分け与え鼓舞できることが、ジェトリウスが今のフェリオール騎士団をヘルムートに任せた理由なのかもしれない。



「セイリスのやつ、昨日お嬢様に一本取られたことが相当悔しかったみたいでな。今日は鬼気迫る様子で団員たちを(しご)いてたんだぞ」


「そ、そうなのですか」



…………完全に八つ当たりでは?

あの穏やか笑顔の護衛騎士にも結構おとなげないとこがあるんだなぁ。

セイリスの人間らしい部分をちょっとだけ微笑ましく思っていたら、オホン、とわざとらしい咳払いが聞こえた。

訓練用の剣を携えたセイリスが私たちの背後に立っている。



「ヘルムート団長……あることないこと吹聴しないでもらえますか」


「ん? 俺は"ないこと"を言ったつもりはねぇが」


「アゼリアお嬢様、お帰りなさいませ。ヘルムート団長はすぐ話に尾ひれをつけたがるので、彼の話は半分は聞き流すことをおすすめします」



尾ひれね……。

どこを"尾ひれ"だと判断するかは私の自由なわけで、となるとセイリスが昨日私に一本取られて悔しかったのは事実だと思っていいのかなぁ?


いつでも余裕そうに微笑んでるセイリスが悔しがってたなんて、想像しただけで思わずニヤニヤしそうになる。



「………………」



セイリスは相変わらずニコニコしてはいるものの、何か思ってることがありそうだ。

私のことを見ると、「今日はお疲れでしょうから軽めにしましょうか」と提案してきた。ありがたく乗らせてもらう。


とはいえこれは生死のやり取り。

私が生き残るための戦いだっていうスイッチを入れ忘れちゃいけない。



「ご準備ができましたらいつでもどうぞ」



相変わらず先に動く権利を譲ってくれたので、私は気持ちを切り替えて剣を握り直し、セイリスに向かって地面を蹴った。


昨日はこの男を真っ二つにするつもりで剣を振って、切れたのは襟の先端だけだった。

つまり今の私があの勢いで剣を振ってもセイリスに怪我をさせることはないし、できない。


いつも私が降参を吐かされていたセイリスの3撃目を受け流す。

生の糸を握り締めながら、激しい金属音が弾けているけど思えばこの音にもだいぶ慣れたな……なんて考える余裕もあった。



「………………」



昨日と違って隙を見せないセイリスに、私は今まで頭にはあったことをひとつ試してみることにした。



「!」



ズッ、と鈍い音がして、セイリスの左足が足首の下くらいまで訓練場に埋まる。

当然一瞬体勢を崩したところを、一気に距離を詰めて切りかかった。



「…」



セイリスは手にしていた剣でブーツの紐だけをバツッと切ると、左足分のブーツだけをその場に残して足を引き抜き何事もなかったかのようにそのまま私の顔面へ剣を向けた。



「っ!」



思わず顔だけで避けた瞬間、セイリスを狙っていた私の剣先がブレた隙に彼は私の剣を弾き飛ばして首元にピタリと死の冷たさを添えてきた。



「ま、参りました……」



降参を告げながらその場に片膝を着いた私に、セイリスはにこりと笑って手を差し出す。



「…………あなたに聞きたいことが色々あるのですが」


「奇遇ですね。僕もです」



差し出された手を握って立ち上がる。

私よりも頭ひとつ分高い位置にいる男はお先にどうぞと私に発言を譲った。



「……その剣、本当に切れないよう加工されてる訓練用のもの、ですよね?」


「ええ、もちろんです。ほら」



セイリスが自分の持つ剣の刃先にちょんちょんと指で触れても血は出ない。



「でも、ブーツ……あっさり切ってましたよね……!?」


「力加減を変えればある程度のナマクラでも武器として使えます。一流の騎士なら剣を選ばず使いこなせるようでないと」


「そ、それってつまり、わたくしも打撲や骨折だけじゃなくて、切り裂かれる危険が今までもあったということですよね!?」


「まあまあ、僕はちゃんと加減をしていますから」



いやいやいやいや、「まあまあ」ってなに!?

否定はしないんだ!?

人間はどんなに気をつけてたって間違いを犯す生き物なんだよ!



「しかも、さっき始まる前に今日は軽めにするって言っていたのに、今あなた本気でしたね!?」


「僕はいつでも本気ですよ。誇り高きフェリオール騎士団の騎士ですから、手合わせに手を抜いたりはしません」



じゃあ軽めとは!?

私を油断させるためだったってこと!?

なるほど!!



「お嬢様からの質問は終わりですか?」


「あ…………えっと、もうひとつ」


「お聞きしましょう」


「……わたくしは先ほどあなたが膝まで地面に埋まるよう魔術を使ったはずですが、実際は足首より下までしか自由を奪えませんでした。なぜですか?」



セイリスは胡散臭く穏やかな微笑みを変えない。



「これは魔術の話になるんですが……アゼリアお嬢様は『魔術耐性』とは何かをご存知ですか?」


「確か、生まれつき魔術の効きにくい体質……みたいな?」


(おおむ)ね合ってます。魔術の基本原理として、強力な魔力は微弱な魔力を飲み込む性質があります。わずかな魔力を持つ者が膨大な魔力を持つ者へ魔術を行使するよりも、その逆のほうが効きやすいという感じですね。ですが、もしも相手が全く魔力を持たない場合はどうなると思いますか?」



……アゼリアの記憶によればこの世界の人間の体の構造上、魔力を全く持たないということはほぼあり得ないはずだけど、もしあり得るとしたら……?


持っている魔力量の大小によって魔術の強弱、優劣が決まる…………つまり?


私が根本の理屈から悩んでしまった様子を見て、セイリスは小さく微笑む。



「魔力を全く持たない者が相手の場合、その者には魔術はほぼ通りません。それが『魔術耐性』であり、僕の家に代々受け継がれている特異体質です」


「セイリスには魔術が効かない……?」


「無効化まではいきませんが、ほぼそうなります。例えば手足の自由を拘束する魔術、魔力を練り込んだ炎などは耐性があるので僕には効きません」



え……それって魔術社会なこの世界では最強なんじゃ……?

私の考えを感じ取ったのか、でも、とセイリスは付け加える。



「不便なことも当然ありますよ。ひとつは魔術の一切が使えないこと。もうひとつは他者からの魔力の影響を受けにくい……つまり治癒魔術なども当然効きにくいということ」


「! で、でも昨日はわたくしの治癒魔術で脇腹が治って……」


「そこがまさしく、今僕があなたに聞きたかったことです。あなたの持つ聖女の加護は僕の体にも治癒魔術を通すことができたのに、先ほど左足の自由を拘束しきれなかったのはなぜですか?」


「……………………」



いや全くわからないんだけど……。

私からしたら使った魔術に違いはない。



「…………これは僕の仮説なので魔術に詳しい方にちゃんと確認することをおすすめしますが……もしかしたら、お嬢様は元からご自身でお持ちの魔力と聖女の加護を分けて使うことができるのかもしれません」



確かに、ジェトリウスも魔術の魔力源が自分の魔力じゃないから聖女の加護と呼ばれるんだと言っていた。

本来のアゼリアが使っていた魔術と聖女の加護は全くの別の力で、アゼリアの魔術自体が使えなくなってるわけじゃない……ってこと?



「無理矢理な論理ですが、昨日の治癒魔術が聖女の加護で、先ほどの拘束魔術が本来のアゼリアお嬢様ご自身による魔術なのだとしたら……後者に対してのみ僕に耐性があったことも一応説明がつきます」


「…………」



私の中に聖女の加護と自分の魔力を使い分けてる自覚は全然ない。

何が違うんだろう?


セイリスが言うようにこれは彼の仮説だから、やっぱり詳しい誰かにきちんと確認してみないと。

でも誰に相談すれば…………。


ぐるぐると考えだしてしまった私に、セイリスはにこやかに告げた。



「それと、僕からもうひとつだけ質問が」


「……なんでしょう?」


「あなたとの戦いで失ったブーツは僕の私物なので騎士団の経費で下りないんですが、お嬢様が新しいものを買ってくださいますか?」


「…………………………」



いやその経費で下りないブーツを履いてきたのも切り裂いたのもお前自身だろ……!

私が壊したんじゃなく!


結局散々訓練でお世話になっていることへのお礼とにこやかな圧に負けて、私は首を縦に振ったのだった。

アゼリア、私もやっぱりこの男が嫌いだよ…………。

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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