授業中のちょっとしたハプニング
1限目の歴史学と2限目の言語学の座学を終えると、3・4限目は日常魔術の座学と実技の授業だった。
座学に比べて実技は生徒同士のコミュニケーションの機会も多い……はずなのに、私とペアに指定された女子生徒は会話をしてくれないどころか目も合わせてくれない。
私のことがそんなに嫌いなのかな……。
というより怖がってる……?
この日は物質転移魔術の授業で、魔術印も詠唱も複雑なため、学院トップの日常魔術クラスでもうまくいかない生徒が半数近くいた。
私とペアになっている目の前の女子生徒も同じように苦戦しているらしく、どうしても魔術印の記述と詠唱がズレてしまうようだ。
剣術と同じで魔術も繰り返しの練習、日々の努力がスキルに如実に現れる。
逆にいえば練習することで誰でもある程度すんなり発動できるようになるものだ。
聖女の加護がなかった頃のアゼリアはその努力を一切惜しまなかったから、逆にもたもたしてしまう生徒を見ると"努力不足"としてイライラしてしまってたらしい。
「《……大地の導きにより、その…》……うぅ……」
「………………」
女子生徒は失敗した魔術印を描いた紙をぐしゃりと握り潰して丸めると、新しい紙に新たな魔術印を描き始めた。
……確かにアゼリアは努力を惜しまなかった。
けれども彼女には、普通の人間が長い時間をかけて習得することが1日でできてしまうほどの才能があった。
他の人間がアゼリアに軽蔑されるほどの努力不足だったわけじゃなくて、彼女が人よりも出来すぎてしまっていたこともきっと少なくなかったはずだ。
やってもやっても上手く出来ないという苦い経験が前世の私にはあったから、何度失敗してもめげない目の前の女子生徒はむしろ尊敬に値する。
私は女子生徒が紙に描いている魔術印にそっと人差し指を添えた。
「……ここと、ここ」
「!」
「この2ヶ所の記述は省略してしまっても魔術の発動に影響がありません。むしろ省略したほうが、詠唱とのタイミングが合いやすいですよ」
女子生徒は恐る恐る顔を上げて、初めて私の顔を見た。
その目は畏怖に満ちている。
……ああ、なるほど。
この子には以前、アゼリアがボロクソ言ってしまったことがある。
そのひたむきな努力を、めげない心を、正面から否定してしまったことが。
「……っ」
過去のアゼリアの暴言を謝ろうとしたとき、女子生徒は泣きそうな顔をしながら消えるくらいの声で「ありがとうございます」と囁いた。
私が呆気に取られている間に彼女はすぐに魔術印を描き直し、正しく詠唱をする。
すると机の端から端へ、置いていた花瓶が瞬間移動した。
「でっ、でき……できました、アゼリア様……!」
「見てましたよ。1回でできてしまうなんてすごいじゃないですか」
「あ、ありがとうございます……! アゼリア様のご助言のおかげです!」
素直に感謝されてしまうと逆に良心が痛む。
「いえ……わたくしの助言があったからではなくて、物質転移魔術の複雑な魔術印と詠唱をあなたがきちんと覚えていたからです」
「そ、そんな」
「わたくしは以前、あなたのそんな努力を否定してしまいました。……本当に申し訳ありません」
「あ、あれは……あの時は確かに私の努力不足でしたから。むしろアゼリア様に図星を突かれて少しドキッとしたというか」
「…………」
「今回の魔術印の省略はどの魔術書でも見たことがありません。これはアゼリア様がたくさんの試行錯誤と努力の末に見つけた特別な方法だったのでしょう? だからその恩恵を惜しまずお与えくださったこと、感謝させてください」
朝廊下ですれ違った侯爵令嬢とは違ってアゼリアから一方的な非難を受けたこの女子生徒とも、まだ関係を築き直すことができるだろうか。
嬉しそうに微笑みながら再度物質転移魔術を試す彼女に小さく声をかける。
「…………あの、あなたさえよければ、わたくしとお友だちに、」
「あんたさぁ~? 難しい魔術がちょっと使えたくらいでアゼリアに褒められてデレデレして……あんま調子乗んなよ……」
「ヒッ……!?」
離れたところで別の生徒とペアを組まされていたはずのルチアナが女子生徒の背後に張り付いて恨みがましくそう囁いていた。
いや別にこの子はデレデレとかしてないでしょ。
「アゼリア見て! 物質転移魔術くらい私だって秒だから!」
ルチアナは魔術印の記述も詠唱もなしに花瓶を机の端から端へ瞬間移動してみせた。
歴代のローゼンベルグ家の中でもルチアナの魔術は抜きん出ていて、本物の天才だ……と彼女の腹違いのお兄さんが言っていた。
それなのにその力を一族のために役立てようとしない、とも。
努力もなしにできてしまう、という意味ではルチアナの魔術はアゼリア以上なのかもしれない。
「あなたも相変わらずすごいですね」
「へへ。もっと褒めたっていい」
「すごいすごい」
「ルチアナ様も日々魔術への並々ならぬ鍛錬を…………、っ! アゼリア様!」
「!」
のほほんと言いかけていた女子生徒が鋭く私の名前を呼んだ。
クロヴィスじゃなくても感じ取ることができる。
私に向けられた、確かな悪意ある魔力を。
「(頭上……)」
私たちの机の端にあったはずの花瓶が私の頭上に移動し、重力に任せて落下するところだった。
私は反重力の魔術をかけてその花瓶を空中で停止させた……はずだったのに、花瓶はその場でパリンと音を立てて砕けて散り、私の頭には中の水と花がザッと降り注いだのだった。
おわ~…………。
「ぎゃあーーー!! アゼリア! ごめん!」
ルチアナだったか……。
私以外にもあの花瓶を止めようと咄嗟に魔術を使った人が複数いた。
四方からそれぞれ別々の魔術を受けた花瓶は反発を起こして物理的に耐えられずに割れてしまったようだ。
「大丈夫ですよ、ルチアナ。わたくしを守ろうとしてくださったのですね」
「そう、なんだけど、もしかしてアゼリアも魔術使った? 反発にあったっぽい、まじごめん……」
「気にしないでください。ありがとうございます」
泣きそうになりながら私の体から水と花を取り去る魔術をかけてくれたルチアナにお礼を言う。
魔術反発は少なくとも3つ以上の異なる魔術を受けなければ起こらない。
つまり私とルチアナに加えて、あの一瞬で少なくともあと1人以上、花瓶を止めるための魔術を使った人間がいたということ。
この場で魔術を反射的に発動できる人間なんて限られている。
「(まあ、多分……)」
平謝りをするルチアナと心配をする女子生徒をなだめながら、私は教室の中でもかなり目立つプラチナブロンドを横目で見た。
「アゼリア様が花瓶の水を被ったみたいです」
「あの方の周りって本当にいつも物騒ですね……」
「…………」
レオンは私に背を向けたまま、付き添いの騎士の呟きには反応していないようだった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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