アルセリア王立学院
アルセリア王立学院。
王都郊外に広大な敷地を持つ、エルグランド王国内唯一の王立学院だ。
その学院で優秀な成績を収め卒業したとなると、社交界では一族の未来を左右するほどのとんでもないステータスになるため、貴族の令息、令嬢はこぞってその狭き門に挑む。
一部の高位貴族には『領地別特別推薦枠』が与えられていて入学試験自体を免除されるものの、入学後のクラス分けは完全に実力別におこなわれるため、努力を怠れば逆に恥をかくことにもなる。入学することがゴールではない典型だった。
また学院には騎士向けのカリキュラムや特別入学試験も用意されているため、各貴族の騎士団に所属する騎士たちもそこそこの人数が通っている……。
……というわけで、現在アゼリアはアルセリア王立学院の第3学年、クロヴィスは特別騎士カリキュラムで第5学年を送っているところだった。
「今日もアゼリアお嬢様が世界で一番お美しいです!」
「全人類がお嬢様に見惚れてしまうわ……」
「ふふ。みんな、今日も綺麗にしてくれてありがとう」
「お嬢様……ッ!」
使用人たちは久々に登校するアゼリアのメイクやヘアメイクにそれはそれは魂を込めて着飾ってくれた。
ああ、ついに来てしまった……この日が。
アゼリアの学院復学、つまり私にとって初登校の日だ。
いろいろ心の準備はしてきたつもりだけど、まだアゼリアの体は復学に対して渋っているようで、正直体が重い。
使用人たちがたくさん可愛くしてくれたことがせめてもの救いだった。
屋敷の転移門には行き先をアルセリア王立学院に設定したクロヴィスが待機していた。
うんうん、学院の制服姿も似合うね、ニッコリしてしまう。
「本日もお綺麗です、お嬢様」
……そして、お年頃だろうにこういうことを一切の照れる様子もなく言えてしまうのがこの護衛騎士のすごいところだ。
きっとお世辞じゃなく、アゼリアが美しいことはむしろ世界の真理だとでも思ってるんだろうな。
「ありがとう、クロヴィス」
「転移門の準備はできています」
…………よし!
「それでは、行ってまいります!」
「行ってらっしゃいませ! お気をつけて!」
見送りに出てきていた使用人たちはみんなで声を揃えて元気に見送りをしてくれた。
そもそも転移門とは。
特定の座標にある同様の転移門へ、空間を繋いで人を移動できる魔術道具の一種だ。
大人数の移動には向かない上、設置にも使用にも維持にも莫大なコストがかかるため、王都内の大型施設以外で個人邸宅に設置している貴族はかなり少ない。
(フェリオール家の領地は王都から離れているからという理由でジェトリウスが王宮に意見を押し通して作らせたらしい)
そのため本来、学院に通う高位貴族たちは王都内にある別邸から通うか、中位以下の貴族の生徒は寮に入ることがほとんどだった。
アゼリアは元々学院への進学を嫌がっていて、ジェトリウスに進学を説得される中で出した交換条件が『転移門で本邸から通学すること』だったようだ。
(寮に入れられるくらいなら出家するとまで言い張ってたみたい……すごいな)
だから転移門を通学に使うだなんて…………
「転移門が発動してる……レオンハルト殿下か……!?」
「朝から王子殿下にお会いできるなんて、今日はなんて幸運なのでしょう!」
「…………」
転移門を通学に使うだなんて王族くらいのものだから、転移を終えた私に刺さる視線は当然「王子殿下がご登校されるぞ!」という的外れな期待に満ちていたわけで。
「えっ………………アゼリア様……?」
「お誕生パーティーで襲撃されて昏睡状態って話じゃ……?」
「も、もうお目覚めになられていたのね……」
う~~~ん、ごめんね、レオンじゃなくて私で!
そしてクロヴィスほど耳が良くなくても普通にヒソヒソ話は聞こえてるからね。
あまり歓迎されてない雰囲気だから、アゼリアだったら片っ端から睨みつけていたかもしれない。正直かなり鬱陶しいしその気持ちもわかる。
でも『私』はそれをしてはいけない。
そう!
むしろ笑顔を返すくらいでないと!
「なに怪我人が痩せ我慢して登校してきてんだよ」みたいなよろしくないヒソヒソ話をする生徒には特に優雅な微笑みを送っておいた。
失礼なことに、彼ら彼女らは笑顔を向けられているはずなのに面白いほど凍りついたのだった。
……私の笑顔がなんか不自然だったのかな。
「教室までお送りします」
落ち込みそうになっていた私はクロヴィスの声で再び自分を取り戻すことができた。
「……ええ、参りましょう」
フェリオール家の令嬢たる者、この程度の視線に負けてられない。
教室へ向かって歩いていても、どこもかしこも「えっ!? アゼリア様!?」「死にかけてたって聞いてたけどもう回復されたの!?」という驚きの声ばかりだ。
さすがに誕生パーティーで脇腹をごっそり抉られた話は目撃者も多かったし学院中に広まってたようだけど、アゼリアが目覚めて全快絶好調なことまでは知られていなかったようだ。
そしてそのアウェーな空気は自分の教室に入っても変わらない。
「お荷物はこちらに置いておきますね」
「ありがとう」
「また昼にお迎えに上がりますが、どうかご無理なさらず。いつでもお呼びください」
他の貴族たちの目があるからか、普段より3割増で不自然なくらい態度が丁寧なクロヴィスが恭しくそう言って頭を下げた。
「クロも頑張ってね」
騎士カリキュラムは座学より戦闘訓練などの実技が多いと聞いてる。
クロヴィスに限って心配はいらないだろうけど、学院に通う騎士は各貴族屈指のエリートだ。
無理はしないでほしい。
「お任せください」
教室から去っていくクロヴィスがアゼリアのクラスメイトのご令嬢たちに「ご、ごきげんよう、クロヴィスさま!」と声をかけられ「おはようございます」と笑顔を添えて丁寧に返している様子はすこし面白かった。
ははーん……やっぱあの護衛騎士めっちゃモテるな?
とはいえクロヴィスの愛想がいいのは、人間関係の改善を図っていきたい私にとっても都合がいい。
「(……と言っても、誰も話しかけてこないどころか近づいてすらこないこの状況は……どこから手をつけたらいいか)」
容赦ない視線を痛いほどグサグサと突き刺されながら、バレないよう小さくため息をついた。
私の座っている前後左右8席には見事に誰も座りたがらなくて、私の存在は教室の中でも不自然なほどポツンと浮いている。
ふたつ離れた左側の席の男子生徒を見たらサッと目を逸らされてしまったのでまた少し落ち込みそうになった。
そ、そんな見てはいけないものみたいな扱いしなくてもよくない……!?
この感じだと無理にグイグイ行くと余計逃げられる、間違いない。
前世の私は"そちら側"だったからその気持ちはよくわかる。
とりあえずまずは自然な流れで会話ができるタイミングをひとつずつ大切にして……
私が密かに周囲との仲直り計画を立てていると、廊下からカツカツと元気なヒールの音が近づいてくるのが聞こえた。
やけに早足……というか、え?
もしかして学院の廊下を走ってる?
そしてそのヒールの音はこの教室の前で止まったのだった。
バァン!……と凶暴な音とともに教室の扉が勢いよく開く。
誕生パーティーの夜のことが頭をよぎって思わず身を固くしていると、やってきた騒音の主と目が合った。
ゆるく巻いた紅の髪に、バチバチに決まったメイク。
公爵令嬢という自らの立場を鼻で笑い、土足で踏みつけていく貴族界のギャル…………!
周囲の全てを敵だと思っているようなその力強い瞳は、私の姿を捉えた瞬間別人のようにキラキラと輝いた。
「あ、あ……アゼリアーーーーーッッ!!」
「うっ……ルチアナ……!」
情熱の擬人化、そして"アゼリア夢小説"の生みの親、ルチアナ・ローゼンベルグ……!
またの名を、アゼリアの唯一のお友だち……!
ルチアナはヒールを派手に鳴らしながら私に駆け寄ると迷わず両手を握り締めた。
「まっっっっっじで、元気になってよかったぁぁ………………!」
「ル、ルチアナにも心配をかけてしまいましたね……申し訳ありませんでした」
「私はアゼリアが怪我してよーとしてまいと常にアゼリアのこと考えてるし、別に謝られるほどのことでもないかも! でもアゼリアがいない学院生活とか砂糖入れ忘れたマカロンより味なかったわ。今もそこら中あんたの噂だらけだったよ」
ルチアナは当たり前のよう隣の席に腰を下ろすと、ニコニコしながら私の顔を見て首を傾げる。
「もう体調大丈夫そ? 顔色よくないけど無理してない? チョコ食べる?」
「あ、あとでいただきます」
「いつでも言ってねー」
公爵令嬢らしからぬルチアナの振る舞いを肯定的に思っている生徒はとても少なくて、相変わらず私たちの周りには他のクラスメイトが寄りつかない。
そんなことは微塵も気にしてない様子の彼女は上機嫌に言葉を続ける。
「あんたの意識がなかなか戻んないって聞いてさー、私尋問しながらうっかり手滑らせてあの男殺しそーになってたんだから! しかも1回や2回じゃなくて、5万回くらい? わかんないけど」
ヒェ…………!
とてもじゃないけど笑顔で言うようなことじゃない内容に、周囲で聞き耳を立てていた生徒たちだけじゃなく私の背中までひやりとした寒気が這っていった。
あの男、というのはおそらく、ローゼンベルグ家がその身柄を拘束しているというアゼリアの襲撃犯のことだろう。
「アゼリアが目を覚ましたからアイツもそろそろ口割るかもね。そしたら王宮も処罰を決めるだろーし。ざまぁ~」
ルチアナがそう言い終えたところでちょうどクラスの担当教員が教室に入ってきて、各生徒の出欠確認と学院からの連絡事項を伝えてくれた。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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