復学に向けて
午前中は騎士団の剣術訓練に参加、そして午後は使用人たちが預かってくれていたルチアナからの情熱的な手紙の山を少しずつ読み進めていた。
「………………」
消印順にきちんと整理されていた手紙は文字通り山のようにあって、最初のうちはおしゃれな封筒で届いていたものが段々と封筒のサイズが大きくなり、最終的には分厚い書類を入れるようなものになっていた。
届いた封筒の形状ごとに手紙の内容も変化していて、最初こそ昏睡状態のアゼリアを心配する内容や、アゼリアを想っての情熱的な自作ポエムだったものが、最終的には主人公の勇者ルチアナとヒロインの魔術師アゼリアによる創作冒険ラブコメ(むしろアゼリア夢小説)の原稿用紙が丸ごと入れられていた。
もはや手紙じゃない。
「……で、でも悔しいことにちょっと面白い……」
自分の名前を使われているむず痒さを差し引いても、ルチアナが書いた創作冒険ラブコメは怒涛の展開と独特な言い回しが読み物として興味深く、ついつい指が次の原稿用紙を求めてしまう。
あのギャルに意外な才能があったんだな……。
「でもこの過激なシーンだけはちょっと……」
前世の私はあらゆる読み物に手を出すタイプのオタクだったからある程度の耐性があるものの、ルチアナとアゼリアの情熱的な恋愛シーンは読んでいてさすがに羞恥心を覚える。
……これじゃジェトリウスも『よからぬ気配』を感じるわけだよ。
どんな顔して書いてたんだこんなの……。
魔術師アゼリアが邪悪な半獣に連れ去られ大ピンチ!勇者ルチアナはアゼリア救出に果たして間に合うのか!?……というところまで読み終えて次の封筒に手を伸ばそうとしたとき、部屋のドアがノックされた。
……さすがに誰かの目につくのはまずいか。
原稿用紙を封筒へ戻してから返事をする。
「どうぞ」
「失礼します」
やって来たのはクロヴィスだった。
今はきちんと騎士団の制服を着ている。
「明日からの学院のスケジュールをお持ちしました。今の時期はお嬢様には特に差し迫った大きなイベントはありませんが、よろしければご確認ください」
「ありがとう」
クロヴィスに渡された封筒からスケジュール表を取り出して目を落とす。
外部講師による演説会や希望者制のお茶会みたいな小さなイベントはありそうだけど、この先学年末までにある大きなイベントは3つ。
『学年末テスト』、『公開試験会』、そしてレオンにも期待を寄せられている『大叙勲祭』だ。
『学年末テスト』は…………ありがたいことにアゼリアが努力家だったおかげで、今さら焦って机にかじりつく必要はなさそうだ。
『大叙勲祭』も、アゼリアがここまで積み上げてきた努力があるから、私が余程の大失態でもしない限りはほぼ安泰のはず。
となると、問題は『公開試験会』か……。
『公開試験会』は年2回有観客でおこなわれ、剣術・魔術・複合の3種目の中から好きな種目を選び、1対1でその腕を競い合うという、いかにもお貴族様の好きそうな決闘スタイルの試験だ。
参加自体は生徒たちの自由だけど、勝者には当然名誉が与えられるし、敗者も闘いに挑む勇気を讃えられるため、エントリー自体に大きな意味がある。ただし相手が悪いと大怪我をすることも少なくはない。
私はスケジュール表から顔を上げてクロヴィスを見た。
「?」
穏やかに首を傾げたクロヴィスの顔を、アゼリアの記憶を辿った私はまじまじと見つめてしまう。
……この青年は『公開試験会』の剣術部門で5大会連続優勝をしてるらしい。
各貴族の将来有望な騎士たちも通う学院で5大会連続優勝って……。
「……クロは今回も剣術部門へのエントリーですか?」
「はい。というか、騎士カリキュラムの生徒は剣術部門にしかエントリーできないんです」
「えっ……そうだったのですね」
剣術と体術が騎士としての評価になる……ってことは、騎士にとっては本当に魔術の重要性が皆無なんだな。
「お嬢様は魔術部門へのエントリーですか?」
「これまで通りならそう……なのですが」
聖女の加護があるのだから、魔術部門へエントリーすれば私にも優勝は夢じゃない……のかもしれないけど。
でもなんか、「それって勝って楽しい?」って私の中のアゼリアが言ってる気がする。
今までも、力を持っていながらあえて困難に立ち向かうため努力を重ねてきたのが彼女だ。
「…………せっかく騎士団にお邪魔して剣術の訓練もさせてもらっているので、もし間に合いそうだったら今回は複合部門に挑戦してみようかと」
「!」
複合部門は文字通り剣術、体術、魔術など、試験には何を使ってもいい。最もカオスで危険、そして戦闘における総合力に自信がある生徒が集まる部門だ。
当然複合部門の優勝者には『公開試験会』で最も華々しい名誉が贈られる。
「魔術部門には間違いなくレオン様もエントリーされるでしょうし、もし決勝で相見えられればそれはそれで盛り上がりそうではありますが」
言っておいてハッとする。
アゼリアを守ることに命をかけてるクロヴィスからしたら、複合部門へのエントリーなんて私が自ら怪我しに行くみたいな感じだし、いい気はしないんじゃ……?
……本音は反対したいとかあるかな?
「……クロはわたくしがあえて危険な複合部門へエントリーするのは反対ですか?」
クロヴィスは私の質問の意図を察したのか、ふわりと微笑んだ。
「俺はお嬢様がされるどんなご決断も尊重します。誰かに無謀だと言われたところで、あなたの好奇心や向上心は止められない。今までもそうやって栄光を掴んできたんですから、俺は一番おそばで、全力で応援するだけです」
……言われてみれば、騎士団の訓練に混ぜてもらってどんなにセイリスに転がされて怪我をしても、クロヴィスは止めないでいてくれた。
セイリスのことを睨んではいたけど。
あれは強くなりたいっていう私の意志を尊重してくれていたからだったんだね。
「……ありがとう。わたくしもできる限りの準備をしてから判断してみます」
まずはあの鬼のように強い裏切り者顔の護衛騎士に手合わせでもう一本入れてやらなければ。
…………そうだ、手合わせといえば。
それでは失礼します、と言って部屋を出ていこうとしたクロヴィスを呼び止める。
若い護衛騎士は私を振り返ってきちんと立ち直した。
「先ほどの……午前中の訓練のことなのですが」
「はい」
「わたくしに声をかけてくれたこと、本当にありがとうございました」
「!」
「わたくしは……自分は生きたいのに、そのために相手を殺す覚悟がまだできていませんでした。あの場でその覚悟を決めなければならないと必死だったのですが、それ以外にも選択肢はあるのだと……あなたの言葉に気づかされました」
自分の手を汚したくないわけでも、クロヴィスの手を汚させたいわけでもない。
「きっとクロが守ってくれる。生きるために、わたくしはあなたのことを信じて待ちます」
クロヴィスの瞳が揺れた気がした。
一度深呼吸をしてから、彼は胸に手を当てる。
「………………お任せください。俺はもう二度と、理不尽な世界にあなたの命を奪わせたりしない」
クロヴィスの言葉には不思議な力がある。
それはきっと彼の決意表明の言葉でしかないのに、本当にそうなりそうな安心感があった。
アゼリアの護衛騎士がクロヴィスで本当に良かった。
「あ、それともうひとつ、差し支えなければ聞いてみたくて」
「はい、なんでしょうか」
嫌な顔するかな……でも気になるんだよな。
「……セイリスと手合わせをする前、彼に何を言われたのですか?」
「!」
クロヴィスはあのとき明らかに怒っていた。
セイリスはクロヴィスに本気を出させるために……もしくは冷静さを失わせて魔術を使わせないために、何か良くないことを言って彼を挑発したようだった。
基本的にはいつでも冷静なクロヴィスがあそこまでの怒りの感情を表に出すなんて……。
クロヴィスは少し驚いたように目を開いてから、不貞腐れた顔を隠すかのように私から目を逸らす。
まあ、全然見えてるんだけど。
「…………もしあの手合わせで俺が負けたら、アゼリアお嬢様の護衛騎士はセイリスが引き受けると」
「いや、それは……現実的に考えてあり得ないし、わたくしとしても絶対何がなんでもお断りしたいのですが」
「俺も今はあれが安い挑発だったと理解できますが、あのときはつい頭に血が上って……俺がお嬢様の護衛騎士でいるためには、アイツの四肢を落とすか目を潰すかのどちらかしかないと本気で思ってました」
いやいやいやいや!
あの気迫の裏にはそんな事情があったの!?
や、やらずに済んでくれてよかった~!
アゼリアの護衛のことがクロヴィスの地雷だってわかってて意図的に踏み抜いたんだとしたら、やっぱりあの男は何考えてるのかわからない、本当に怖いヤツだよ……!
とはいえその強さは本物だ。
私もまだまだ強くなりたい。
生きるために、セイリスの剣から自分を守るために明日もまた手合わせをお願いしよう。
アゼリアの復学まで、あと1日。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




