セイリス vs. クロヴィス(2)
先に動いたのはクロヴィスだった。
地面を蹴って一瞬で距離を詰め、剣を薙ぎ払ってセイリスの脇腹を狙う。
セイリスは一歩踏み込みながら剣先でクロヴィスの剣を正確に弾くと、そのまま軽々身を翻してその首元を狙った。
今度はクロヴィスが剣を受け流す。
打ち込んで、弾いて、躱すと同時に打ち込んで、受け流して、また打ち込む。ひと瞬きの間にものすごい数の攻防が繰り返されていた。
「…………………………」
……なんだろう、2人の剣には迷いがない?
打ち込む先が正確?
いや、なんか違うな……。
2人は例え顔の真横で剣と剣がぶつかって火花が散ろうと瞬きすらしない。
私はその攻防を必死に目で追う。
……なんていうか、恐怖心がない?
いや恐怖心というか……むしろ相手を殺す気で戦っているような……殺す気?
「…………」
私が最も嫌いなそのワードが浮かんだ瞬間、不本意ながらすとんと腑に落ちた。
2人はお互いを殺すつもりで、殺されないために……自分が生き残るために戦っている。
ただの手合わせにしてはあまりにも殺気立っているし、狙う場所は急所ばかり。
簡単な言葉で言ってしまえば"真剣"であり"必死"……でも実際はそんなに軽い言葉で説明できるようなものではなくて、2人の剣からは本物の戦場を生き抜いてきた騎士による、相手を殺すことでしか得られない生への執着を感じた。
……セイリスが言っていた『お綺麗な教科書剣術を捨てる覚悟』っていうのはつまり、練習じゃない本番の戦闘として『相手を殺す覚悟』のことだったんだ。
え?
ってことはあの男、手合わせのときいつも私のこと殺そうとして……?
……いや、今は考えないでおこう。
激しい金属音と目にも止まらないほどの攻防で完全に互角に見えた2人の手合わせの終わりは突然だった。
「!!」
「いやぁ……さすがに、参りました」
クロヴィスの剣がセイリスの脇腹を貫いていた。
ボタボタと足元に血が滴る。
「すぐに医者を呼んでこい! ……いや、お嬢様、いけるか!?」
「は、はい!」
急いでセイリスに駆け寄った。
脇腹から剣を抜かれた瞬間がくりと膝を着いたものの、倒れ込まなかったのは本当に大したものだ……。
「大丈夫ですよ、セイリス。すぐに治しますから」
私がセイリスの傷口に手を当てると、それだけで辺りは治癒魔術特有の眩い光に照らされていく。
なんかまた魔術の発動までの時間が短くなってる気がするな……。
もしかしたらわざわざそばに駆け寄らなくても、さっきの場所からすぐ発動できたのでは……?
「これで完全に、アゼリアお嬢様には、頭が上がらなくなっちゃうなぁ……」
「……減らず口を叩いていたせいで変な風に傷口が繋がってしまったとしても、わたくしに文句を言わないでくださいね」
今後はせいぜい目一杯私に感謝して尊敬しなさい。
普段全然足りてないからね!
私は以前ジェトリウスが私にしてくれたように、服を汚している血液もあわせて綺麗にしてあげた。
セイリスは服の上から脇腹に触れて、そこに傷口も痛みもないことを確認する。
「……本当に大した力ですね、聖女の加護って」
「ただの治癒魔術なのに大袈裟です」
「お嬢様は"ただの治癒魔術"がどんなものかをご存じないから、ご自分がどれだけすごいかもわからないのでしょう。戦時下では僕も王宮の魔術師から治癒魔術を受けたことがありますが、それは一瞬で発動できるようなものでもなければ、一瞬で治せるようなものでもありませんでした。多くの魔術師にとって魔術印も詠唱も省略できないほど複雑なのが、治癒魔術だそうです」
「そう……なのですね」
適性がある人自体魔術師の中でも一部で、その限られた一部の人ですら発動に時間がかかる、奇跡に近い力。
人の命、その未来ですら左右できてしまう。
そんな力が自分の手の中にあることに改めて身が引き締まると同時に怖くもなる。
……使い方によってこれは本当に、立派な"軍事力"だ。
セイリスはクロヴィスに差し出された手を握って立ち上がると、その顔はもうけろっとしていた。
「魔術を使っても良かったのに、使わなかったんですね」
「タチ悪ぃ挑発されたおかげでそんな余裕なかった」
「でも、おかげで久々に本気のクロヴィスの剣術と手合わせできて楽しかったです」
「脇腹刺されてよく言う……」
「そうですか? 僕はあなたに刺されたのが脇腹で感謝してますよ」
「………………」
心臓だったらさすがに死んでましたから、という裏の意味が私にも透けて見えてしまって、その意味に含まれた皮肉と激励にクロヴィス自身も嫌そうな顔をしていた。
「それで、アゼリアお嬢様は僕の体を張った手合わせから何か掴めましたか?」
セイリスの問いかけに一瞬ぐっと言葉が詰まる。
「…………っ、はい、恐らく……」
「聞かせていただいても?」
「………………あなたの言う『お綺麗な教科書剣術を捨てる覚悟』とは、『相手を殺す覚悟』のことですね?」
セイリスは微笑みを絶やさず、私の話に耳を傾けている。
それで?とでも言いたげだ。
「本気で向かってくる相手を殺さなければ自分が殺される……自分が生きるための必死さのようなものを、2人の戦いから感じました」
「ふふ……」
セイリスが笑みを零しながら意味ありげにクロヴィスを見ると、クロヴィスは先ほどよりもっと嫌そうな顔をして彼を睨んでいた。
というか少し引いてすらいる。
手合わせ前になんかよっぽど嫌なことを言われたんだな……かわいそうに……。
「『自分が生きるために強くなりたい』アゼリアお嬢様は、『自分が生きるためには他人すら殺す』覚悟ができたのですか?」
「………………」
理屈がわかったところで、どんなに自分が生きたいからってそんなに簡単に人を殺せる覚悟ができるわけがない。
私は「自分を見殺しにする世界なんてなくなってしまえばいい」と言いながら、その実手合わせ相手の皮肉屋の騎士が怪我をすることにすらビクビクしている。
……情けない。
「……ちなみに、セイリスはいつも相手を殺すつもりで剣を振るっているのですか?」
「そうですね。僕は剣を向けてくる相手はいつでも殺すつもりでいますよ」
「え、そ、それは、その、本気で? 心が、つらくはないのですか?」
「いつだって本気ですし、別につらくはないです。戦うことは好きですし、むしろ楽しいとすら思っています」
いやそんな簡単に言う!?
ただのやばいヤツじゃん!!
「く、クロは? クロも相手を殺すつもりで剣を振ってるのですか?」
背後に控えるクロヴィスを振り返ると、彼はアップルグリーンの瞳を私に向けた。その瞳には迷いがない。
「俺はお嬢様に害をなす全てを殺すために剣を振ってます」
「な、なるほど……」
そのブレない意志はむしろ褒めてあげるべきものなのかもしれない。
これじゃ確かに、私を相手に剣は振れないよなぁ……。
「相手を殺さなければ生き残れないというのは、戦場に出たご経験のないアゼリアお嬢様には少しご想像が難しいかもしれませんね」
「…………いえ、わたくしも死の恐怖ならすでに経験しています」
一方的に全てを奪われ、やりたかったこともやり残したことも二度と手につけることは叶わず、大切な人たちに感謝も別れも告げられない、心を裂かれるような強い後悔と悲しみ。
「わたくしは自分勝手で我が儘な人間ですから、自らが二度と死なないために必要なのであれば……お相手を、殺します」
「いいですね! 公爵令嬢とは思えないお言葉、僕の心にも深く刺さりました」
なぜだかセイリスは嬉しそうに拍手をした。
コイツ絶対面白がってやがる……!
「お嬢様」
「!」
自分が生きるためには、自分が何よりも嫌う"死"を相手に強いなければならない。
その覚悟を決めろと目の前に突き付けられ、追い詰められて思考がパンクしそうだった私は、背後からかけられた優しい声に心が解きほぐされるような気がした。
振り返るとそこではクロヴィスが微笑んでいた。
「お嬢様が"そう"しなくて済むように俺がいるんですよ」
「あ……」
「お嬢様は優しいお嬢様のままでいてください。万が一の場合でも、精々相手の動きを一瞬止めてもらえれば」
あとは俺が、必ずあなたをお守りします。
「…………」
すっと肩が軽くなった。
……私は相手を殺さなくたっていいんだ。
相手の動きを止められれば……ちょっとの怪我や、魔術に嵌めたっていい、そうすればクロヴィスがきっと私を守ってくれるから、私は死ななくて済む。生き残ることができる。
「さて、結論は出たでしょうか」
ついさっき脇腹を剣で貫かれた男は、そんな過去などまるでなかったかのようにニコニコしながら再び剣を握り直す。
「僕は今からアゼリアお嬢様を殺します。あなたはどういう心構えで僕と剣を交えますか?」
「わたくしは……」
相手の動きを止められさえすれば、クロヴィスがきっと私を守ってくれる。
大丈夫、死ななければ怪我は治せる。
「わたくしは自分が生きるために戦います。……そのために、あなたの動きを止める」
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