突然の来訪者
転がされては立ち上がる剣術訓練の後、シャワーを浴びて体を綺麗にしてから着替えを終えると、もう昼食の時間になっていた。
頭をフル回転させながら体を動かしているからか、ものすごくお腹が空く。
今にも切なく泣きそうなお腹をさすりながら、天気がいいからとわざわざ食事を用意してもらった庭園のテラス席へ向かった。
「クロはもう食事を終えたの?」
「はい。お嬢様がお支度をされている間に」
「そうでしたか。昼食には何を食べたのですか?」
「甘辛く焼いた肉とスープとパン…………と、あと野菜、です」
「ふふ。偉い偉い」
野菜が嫌いだと言っていたクロヴィスに、以前アゼリアは健康のためにも野菜も食べなきゃダメだと注意したことがあったようだ。
それ以来、彼はその言いつけをきちんと守っている。
庭園のテラスには昼食が運ばれているところだった。
使用人は私にスープとメイン、デザートの希望までをきちんと確認をすると、残りのメニューを準備するべく再び厨房に戻っていった。
とってもとってもお腹が空いた……もはや目の前の前菜ですらご馳走みたいに美味しそうに見える。
「いただきます」
ナイフとフォークを手にして、前菜を一口切り分け口に運んだ。
うぅっ……胃袋に染み渡る……!
しっかり栄養をつけて、明日こそはセイリスに3撃以上使わせてやる。
心の内で野心を燃やしながらもお上品に食事をしていた私の背後で、クロヴィスがハッとして顔を上げた。
「……お嬢様」
「?」
小さく呼ばれた直後、パタパタと使用人のリーナが慌てて屋敷から出てきたのが見えた。
「お、お嬢様ぁ~……!」
リーナのただ事ではない様子にクロヴィスの手がそっと剣の柄に伸びる。
「落ち着いて、リーナ。何があったのですか」
「お、お食事中申し訳ありません……! あの、あの! お嬢様に、お、お、お客様……です!」
「……?」
今日は誰かが会いにくる予定はなかったはずだけど。
「どなたですか?」
リーナの顔は真っ青と真っ赤で忙しく、目もぐるぐるしていてとてもかわいそうなことになっている。
「お、お嬢様のご婚約者で、エルグランド王国第一王子…………レオンハルト、王子殿下ご本人です!」
「!」
ばっと顔を上げてリーナが出てきた屋敷の扉を振り返ると、ちょうどレオンが出てきたところだった。
クロヴィスと比べると"いかにも"すぎる仰々しい護衛の騎士を4人も連れている。
え、なにあれ……戦争でも始める気……?
慌てて立ち上がろうとした私のことを手で制すると、レオンはそのまま静かにテラスへと歩いてきた。
「ジェトリウスに許可は取った。邪魔をするつもりはない。食事を続けてくれ」
…………いやこの空気の中で!?
全然、余裕で無理ですが!?
私の正面の席に腰を下ろしたレオンの後ろに4人の騎士がずらりと並んですごい目で私を見ている。
リーナはすでにその場から離れたけど、さすがのクロヴィスもどこか緊張しているように見えるほどの空気感だ。
いや、まあ、王家の騎士さんたちがそんな目になるのもわかるよ。
だってこの国の王位継承権第一位の目の前にいるのは、つい最近命を狙われて殺されかけた公爵家の令嬢だもんね。
この場は危険の匂いしかしないよね!
とはいえレオン本人の希望でこの場にいて、ジェトリウスの許可も取ったとまで言われてしまうと、私から「どこか行ってくれ」とも、騎士たちから「危険だからこの場から離れよう」とも言えるわけがない。
当のレオンは護衛の騎士たちの目つきを咎める様子もなく、透き通るようなプラチナブロンドの髪の隙間から、澄んだ海のような瞳を静かに私に向けていた。
あんなにお腹が空いていたはずなのに、今は味が何もわからない。
に、逃げたいんだけど~……!
「……レオン様は、もうお食事はお済みですか?」
「ああ、済ませてきた」
「そ、そうですか……次はぜひ召し上がっていってください。フェリオール家の料理人はとても優秀ですよ」
「そうだな、次はそうしよう」
会話は一瞬で終了した。
……キャッチボール下手すぎか?
ひとつでも作法を間違えれば首を飛ばされそうな雰囲気の元、私はなんとか優雅に食事を終えた。
緊張した程度で作法を誤ったりしないのは、ただただアゼリアの修練の賜物だ。
別に面白い見せ物でもないというのに、私の食事の様子をレオンは静かに眺めていた。
私が食事を終えるなり使用人たちによって瞬く間にテーブルの上が片付けられ、代わりにリーナが食後のお茶と一緒に、レオンが持ってきてくれたという王家御用達の高級スイーツ店のクッキーを運んできてくれた。
(さっきの大焦りで取り乱した様子とは打って変わって堂々としたその所作は、さすがフェリオール家の使用人だった。プロだ……)
「以前、この店のラングドシャが好きだと言っていただろう。快気祝いだ」
クッキーを一瞥したレオンがそう口にした。
ルチアナといいレオンといい、アゼリアが目覚めて体調が回復した話はすでに結構知れ渡ってるんだろうか。
それにしても公爵令嬢への快気祝いが宝石みたいなキャンディーとか王家御用達店のクッキーとか、アゼリアって周りに食い意地張ってるキャラだと思われてたのかな……。
「……覚えていてくださったのですね」
「ああ」
「せっかくなので……いただきます」
些細な会話の中で聞いたアゼリアの好物トップ3に入るラングドシャをきちんと押さえてくるあたり、さすがと言うかなんというか。
レオンに断りを入れてからラングドシャクッキーに手を伸ばす。
うわ、王家の焼印が入ってるってことはわざわざ特注で作らせたんだ……!?
…………
………………
お……美味しい~……!
リーナの淹れてくれたお茶には手を付けず、レオンは再び私に目を向ける。
「傷はもう問題ないのか」
「はい。ご覧のとおりすっかり元気になりました」
「来週から学院に復学するとも聞いた」
ぐっ……!
もうレオンにまで情報が回ってるなんて……!
いよいよ逃げ道がない……別に逃げるつもりもなかったけども!
「……はい。それも、レオン様に命をお救いいただいたおかげです。なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「俺は傷口を塞いだだけだ。命までは救っていない」
いやいやそんな~!
事実目線でいえばアゼリアにとってレオンはクロヴィスに並ぶ命の恩人でしかない。
さすがに「ご謙遜を」と言おうとしたものの、その静かな瞳には冗談も謙遜も含まれていないことに気がついて背中が冷たくなる。
………………え?
「お前の脇腹を抉り取った魔術には相当複雑な呪いが練り込まれていた。傷口を塞いだところで呪い解除には至らず、患部の細胞の壊死が止まらなかったからな。俺はジェトリウスにも覚悟するようにと伝えたんだが」
「…………」
「まさか本当に死の淵から舞い戻るとは」
初耳なんですけど……。
思わず脇腹に手が伸びる。
……だ、大丈夫、ちゃんと傷は塞がってるしもう痛みもない。
「フェリオール家の優れた魔力と血のおかげか、聖女の加護の力か、もしくはその両方か」
「…………」
……聖女の件も、当然もうレオンの耳に入ってるんだな。
嫌味や皮肉……のつもりはまったくないんだろう。
だってアゼリアの記憶の中にあるレオンも今目の前にいる彼と同じで、表情に一片の感情も出したことがない。
その瞳は森の奥にある泉のように、いつでも澄んでいて静かだ。
……ジェトリウスの鉄仮面のほうがまだ表情豊かに見えるのやばくない?
「……たとえそうだとしても、あの場であなたの治療がなければわたくしは失血死していたはずです。だからそのことに心からの感謝をさせてください。ありがとうございました」
「………………」
レオンもさすがにそれ以上は何も言わなかった。
「……何にせよ、快復は喜ばしいことだ。アルセリア王立学院は間もなく学年末に入る。1年で最後の行事にはお前の存在が必要だろう、アゼリア」
アルセリア王立学院での学年末最大の行事。
すなわち、その1年間でもっとも優秀な成績を収めた生徒を讃えるための『大叙勲祭』だ。
王族であるレオンは表彰する側に回るため、『大叙勲祭』の登壇者は必然的に王族以外の生徒から選ばれることになる。
ちなみに去年はアゼリアが多くの教科、種目で表彰台のトップを掻っ攫い、今年も相当数のトップ表彰が濃厚……だからこそ、去年と同じくアゼリアをトップから引き摺り下ろすための裏工作や嫌がらせはここから激しくなってくるはずだ。
去年は怪我をしかねないものだってあった。
「今年も期待している」
アルセリア王立学院の『大叙勲祭』は生徒家族以外の貴族たちも招かれ、その表彰結果は貴族間の序列や縁談にも影響を与えるほど、一族の名誉がかかっているものだった。
言ってしまえば、レオンにとっては私という婚約者に箔をつける意味でも、名前を残してほしいんだろう。
「……必ずや、レオン様のご期待にお応えいたします」
◇
その後は大した話もしないで王城に戻るというレオンとお付きの騎士たちをフェリオール家の転移門まで見送りにいく。
「殿下、次回よりお越しの際は事前にお知らせください」
同じく見送りに出てきていたジェトリウスが淡々とそう告げた。
途端にその場の空気がピリつく。
たしかに、歓迎の準備を何もせずに王族を迎えたというのは公爵家としての体裁が悪いのは事実だけど、それをレオン本人にすら臆さず言えるなんて……さ、さすがジェトリウス、数々の死線をくぐり抜けてきた男はメンタルが違う。
レオンは気にしていないようだけど、お付きの騎士たちのほうがジェトリウスを睨んでいる。
ただその視線は先ほど私に向けられていた不躾なものとは大きく違って、この国の"剣聖"への畏怖の念がかなりを占めていた。
「俺はアゼリアと話をしにきただけなのだから、そもそも仰々しい出迎えも歓迎も不要だ」
「たとえ殿下が不要だとおっしゃっても、フェリオール家の名誉にかけてそういうわけには参りません。どうかご理解ください」
「……」
レオンの瞳がジェトリウスをじっと見つめた。
恐らく国王陛下にすら意見を言えてしまう担力の持ち主は、レオンの落ち着きのある視線程度で動じることはない。
「……わかった。アゼリアの顔に免じて次からはそうしよう」
「ご理解いただき感謝いたします」
お、押し切った~……!
ジェトリウスって怖いものないの!?
彼らを指定座標まで送り届けた転移門の輝きが落ち着くと、見送りに同席していた使用人たちはホッと息を吐いて途端にザワつき始める。
「さっき突然転移門が光ったときは何事かと思ったわ……!」
「ま、まさか王子殿下直々にお見えになるなんて……私のメイク、大丈夫だった?」
「大丈夫、かわいいかわいい」
使用人たちほどではないにしろ、私も正直驚いた。
結局彼は私の体調と復学意志の確認やその後押し(彼なりの激励?)をしただけだ。
婚約者とはいえ、この国の第一王子ともあろうお方がそのためだけに?
いや……むしろ私の復学は自ら赴いて念押しする必要があるほど大切なことだったってことか。
「あ……お父様」
その場から立ち去ろうとしたジェトリウスを慌てて引き留める。
足を止めて私を振り返った瞳はいつもと変わらず冷静だったけど、レオンを前にしたあとだとどこか温かみすら感じた。
「その……先ほどレオン様にお伝えくださったこと、わたくしからも感謝いたします。ありがとうございました」
「王家は自らの利にならないことはしない。裏を返せば、貴族間において自らの婚約者の家の体裁が悪くなることは彼らにとっても都合が悪い。そこを的確に突けば大抵の場合こちらの条件を飲む。アゼリア、お前も殿下と話す際には意識するといい」
「……ありがとうございます、覚えておきます」
レオンに対し情に訴えかけるような会話は一切通じないっていうのは、今までのアゼリアの記憶にもあった。
でもその裏にそんな会話のコツがあったなんて……。
鋼の理性でガチガチに固めているのか、王家の人間は笑わないし怒らない。
プライドや名誉を傷つけられるようなことに対しては容赦しないけど、それもジェトリウスの言葉を借りればそれは"自分たちの利にならない"から罰を与えてるだけだったのかも。
逆に、レオンや王家の名誉を傷つけるようなおこないをした場合、私への対応は婚約破棄だけでは済まない可能性が高い。
聖女なんて王家にとっては絶好の軍事力でしかないんだから、手元に置けないなら他者の手に渡る前に間違いなく消すだろう。
「……結局殿下は何の用だったんでしょうか」
ジェトリウスが立ち去ってから、クロヴィスもどこか釈然としない顔で私にぽつりと聞いた。
「『大叙勲祭』が近いので、恐らく復学への念押しかと。わたくしが表彰台へ上がることは、レオン様やエルグランド王家の名誉にも繋がりますからね」
「お嬢様はあいつのために努力してるわけじゃないのに」
「ふふ、ありがとう、クロ。クロの言うとおり、わたくしの努力はわたくしが自分のためにしているものですから、『大叙勲祭』で表彰台に上がるのもレオン様のためではなく、頑張ったわたくしの姿を広く知らしめるためでしかありませんよ」
「…………申し訳ありません、余計なことを」
「気にしないで」
とはいえ休んでいた期間があったわけだから、気を抜いてると登壇も危ういかもしれない。
ここから先、ひとつも手は抜けなさそうだ。
アゼリアの復学まで、あと2日。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




