『お綺麗な教科書剣術を捨てる覚悟』
私は翌日も懲りずに朝から騎士団の剣術訓練に参加した。
咄嗟の危機から自分を守れるくらい体を鍛えたら、逆境も困難も楽々跳ね除けられるくらいの強靭なメンタルが手に入るかもしれない。
そう、今こそ!
アゼリアよ、父を見習い脳筋になれ!!
その決意はまだ甘く、私は相変わらず顔だけにこにこしながら全く容赦のないセイリスに3撃以内に降参を吐かされた。
「アゼリアお嬢様はすごいですね。まだまともに手合わせをして1日なのに、もう僕の剣を見切り始めていらっしゃるなんて」
「……あなたの剣は痛いので、必死に直撃を避けようとしているだけです」
「それを見切る、と言うんですよ」
だってコイツ本当に斬りつけてくるんだもん!!
訓練用の剣の刃は切れないように加工してあるとはいえ本物だし、治癒魔術を使っていなければ間違いなく全身切り傷、アザだらけだ。
というかさっきは骨も折れてた。
公爵令嬢相手によくそこまでできるな……!
私が治癒魔術を使うたびにクロヴィスがめちゃくちゃ殺気立ってることに、この男なら気づいてないわけないだろうに。
セイリスに差し出された手を握って立ち上がる。
「セイリス、わたくしには何が足りないのだと思いますか? 技術も筋力も体力も経験も、全てあなたに遠く及ばないことはわかっています。その中でも一番足りないものはなんでしょうか? 一番の伸び代はどこにあると思いますか?」
「あのアゼリアお嬢様が、僕にアドバイスを求めていらっしゃる……? そんな、僕がお嬢様にできるアドバイスなんてなにも」
この男………………ッ!
「恥を承知で真剣に相談しているのです!」
「知りませんでした……アゼリアお嬢様の辞書にも『恥』という言葉があったのですね」
怒りが限界を超えて泣きそうになった。
ここで……いや、こうなるよりも前に「もういい、お前なんて消えてしまえ!」と言ってしまうのが今までのアゼリアだった。
きっとセイリスも昨日の手紙の主と同じで、本当に私が今までのアゼリアとは違うのかを試しているんだ。
「……『恥』で命が手に入るなら、わたくしのプライドなど安いものです」
「齢15にしてやっとそのことにお気づきいただけたようで、僕も嬉しいです。ですが、それはお身内の前だけにしたほうがよろしいかと。フェリオール家のご令嬢たるもの、時にプライドは命よりも重いことだってあるのですよ」
「…………」
セイリスはにこやかに続ける。
「では、ひとつだけヒントを。アゼリアお嬢様は僕と手合わせをしている最中、何をお考えですか?」
「え? そ、それはもちろん、どうやったらセイリスを降参させられるか……どこを狙ったらいいのかって、隙を探したり……」
「なるほど……あなたの考えは実に合理的で正しい。けど、それは理屈で形作られ計算された、お綺麗な教科書剣術です。お稽古では勝てたとしても、実戦では通用しません。僕から見てあなたに一番足りないものは、その『お綺麗な教科書剣術を捨てる覚悟』です」
「……?」
わかるような、わからないような……。
頭で考えてから動くのでは遅い、と言いたいんだろうか。
でもちゃんと隙を見つけて狙いを定めなければ、闇雲に剣を振ったってセイリスには簡単に躱されてしまう。
………………。
「……もう一度、お願いします」
セイリスは笑顔で頷くと、また3撃であっさり私を地面に転がした。
もしかして私の屈辱的な姿を見るのを面白がってる?
いや、そんな……セイリスは充分真剣に相手をしてくれている。多分。
「怖がる必要はありませんよ。例えお嬢様の剣で僕の腕が吹き飛んでしまっても、責任を持って治してくださると僕は信じています」
「……わたくしが治したとしても、セイリスが一度痛い思いをすることに代わりはありません」
「それはお嬢様でも同じことでしょう。傷の痛みは誰にとっても同じはずなのに、あなたは僕を傷つけることよりも自分が傷つくことを選んでいますよね」
「それは…………」
だって、私は怪我をしてもすぐに自分で治せる。
どんなに痛くたって、死ななければその痛みは一瞬で消せるから。
でも他の人はそうじゃない。
傷は私が治せたとしても、その人の痛みの具合や心に負った恐怖心までは私はわからない。
セイリスはわざとらしく目元を覆って涙を拭うフリをした。
「アゼリアお嬢様の優しさに感動して涙が出そうです……。騎士に痛みの気遣いなど無用だとも知らずに、こんなにもあなたをボコボコにしている相手にまで慈悲をかけてくださるなんて……」
「…………」
コイツ、本当に…………!
別に慈悲をかけてるつもりはないし、私だって痛いのは嫌だ。
死ぬよりはマシってだけの話だ。
でもセイリスが全然容赦しないから…………
「……!」
差し出された手を握って立ち上がったその瞬間、ハッとして思わずセイリスを見上げる。
…………容赦しないから、彼の剣は私に届いてるってこと?
私に怪我をさせるつもりで打ち込んでるから?
私もそのつもりで剣を振らないと、セイリスには届かない……?
「………………セイリス、先に謝っておきます」
「はい、なんでしょう」
「怪我をさせてしまっても私が治しますから……もう一度、お手合わせをお願いできますか?」
私が何か掴みかけていることを感じ取ったのか、セイリスは目を細めてから笑顔になった。
「……もちろんです、アゼリアお嬢様」
私がセイリスに怪我をさせるつもりで振った剣も、結局彼に届くことは一度もなかった。
何かちょっと掴めたような気がしたんだけどなぁ……。
地面に転がされて深く息を吐く。
ああ、今日も空が青い。
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