妹と親友(2)
「どうぞ」
「ごきげんよう、お姉様」
「ミモナ!」
やってきたのはアゼリアの妹ミモナ……と、午前中容赦なく私のことをボコボコにしたその護衛騎士のセイリスだった。
穏やかな笑みとともにされた会釈に思わず「げっ……」って言いそうになったのを必死に飲み込む。
アゼリアの3歳年下の妹であるミモナは人懐こくて誰にでも好かれる可憐な少女だ。
純真で人を疑わず、礼儀正しく人見知りをしない彼女は、姉のアゼリアとは対照的に貴族間の評判がいい。
今回セイリスが護衛で付き添っていたという定期的な貴族令息・令嬢との合同勉強会も、アゼリアではなくミモナに毎回声がかかるほどだった。
「おかえりなさい、ミモナ。今回の合同勉強会はどうでしたか?」
私は外に控えていた使用人に新しいお茶とお菓子の追加を頼んでから、愛しい妹に椅子を勧める。
ちょこんと腰を下ろしたミモナはふわふわとした笑顔を私に向けた。
「皆様が持ち寄られたお茶とお菓子がどれもとても美味しくて、おしゃべりも楽しかったです! ……でもやっぱり、出席されていたどなたよりもお姉様のほうが説明がお上手だし、魔術もたくさんご存じだし、お作法もお綺麗でした」
「あぁ~~~、もう本当よくわかってるじゃんその通り!」って私の中のアゼリアがめちゃくちゃ手を叩いている……気がする。
ミモナは天然そうに見えて、幼いながらにきちんと本質を見抜くことができる。人との調和を大切にはするけど、自分の意見がないわけではない。
そこをアゼリアも特に評価していたようだ。
「……わたくしの説明がわかりやすいのは相手があなただから丁寧にしているのだし、魔術も礼儀作法も、あなたの姉として恥ずかしくないわたくしでありたいから頑張れているのですよ」
「わたくしのため、なのですか?」
キラキラとした尊敬と期待の眼差しを向けられることは本当に悪くないものだ。きちんと頷きを返す。
実際アゼリアはどうでもいい相手に対して自分の親切を気安く振りまいたりしなかったみたいだし。
ミモナは、「こんなに素敵なお姉様の良さを、どうして理解できない人が多いんだろう」と純粋に疑問に思っているようだ。
使用人が新たに運んできてくれたお茶とお菓子をつまみながら、久々に姉妹水入らずでゆっくりとおしゃべりをする。
「お姉様、お体はもうよろしいのですか?」
「ええ、もうすっかり元気ですよ。むしろ体力が有り余っているくらいです」
「よかった……」
アゼリアが襲撃された誕生パーティーの場には当然ミモナも出席していた。
アゼリアの記憶は一瞬で途切れてしまっていたからあの後の会場の様子はわからないけど、大好きな姉の脇腹がごっそりなくなった様子を目の当たりにした純粋な妹が、冷静でいられたとは思えない。
それが、今は冷静に話ができるほどになっている。
単に私が元気になったから……?
そもそも大騒ぎになったであろうあの場を誰がどうやって収めたのか、アゼリアはどうしてあの傷を負いながら死なずに済んだのか、何よりアゼリアを襲撃した犯人はどうなったのか……。
みんな気を遣って当時のことを話さないでいてくれてるようだけど、今後の危険回避の参考にするためにも、そろそろ正確に把握しておいた方がいいかもしれない。
あとでクロヴィスに聞いてみよう……。
「……元気になったお姉様に会うのを楽しみにされている方がいます」
「えっ」
私に会いたがってる人?
失礼かもしれないけどそんな人いたの?
ミモナが部屋の入り口に控えているセイリスを振り返ると、彼は黄色い薔薇の刺繍が施されている包みをミモナへ差し出す。
ミモナはその包みを大切そうに受け取ると結び目を丁寧に解いて、中からプレゼントボックスと1通の手紙を取り出して私へ差し出した。
受け取ったそれは見た目に反してずっしりと重い。
「合同勉強会でお会いした際に、こちらをお姉様へお渡ししてほしいと。ローゼンベルグ公爵のご令嬢、ルチアナ様からお姉様へ、快気祝いだそうです」
「!」
ルチアナ。
ほぼ唯一といえるアゼリアのお友だち(アゼリア本人は不本意みたいだけど私から見たら完全にそう)……エルグランド王国内の四大公爵家の一角、ローゼンベルグ家の次女。
情熱と破天荒を形にしたような、貴族令嬢の皮を被ったギャルだ。
あの自由人が堅苦しい貴族たちの合同勉強会に参加していたなんて驚きだ。この世で一番嫌いそうな場なのに。
「わたくしのためにわざわざ……ありがとう、ミモナ」
「いえ。…………その……」
「?」
「…………」
一瞬言い淀んだミモナは、結局迷った末に私から目を逸らして口を閉ざしてしまった。
え、言わないんかい!
めちゃくちゃ気になるんですけど!?
「アゼリアお嬢様。出過ぎた真似と承知の上で、僕からお伝えさせていただいてもよろしいでしょうか?」
俯いてしまったミモナに代わりセイリスが穏やかに微笑んで、気になってソワソワしていた私へ声をかける。
お前が出過ぎてなかったことってあったっけ?
「……ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
発言を許可されたことへもまず丁寧に感謝を表してから、セイリスは口を開いた。
「ルチアナ様は今回、そちらの贈り物とお手紙をミモナお嬢様に託すためだけに合同勉強会に足を運ばれたそうです」
実際はミモナお嬢様にそれらを託した後、勉強会へは参加せずすぐにお帰りになってしまったようですが、とセイリスは補足した。
わざわざ私宛のプレゼントをミモナに渡すためだけに……?
別にそれであればわざわざミモナの手を煩わせなくても、屋敷宛に送ってくれればいいものを。
「ルチアナ様はアゼリアお嬢様の誕生パーティーの場にもお越しくださっておりましたし、お嬢様のご容態についても常にお気にかけていらっしゃいました。そのためアゼリアお嬢様へは毎日お手紙を書かれていたとのことですが、その手紙がどうやら届いていないようだと」
「手紙が、届いていない……?」
どういうこと……?
私がアゼリアとして目覚めてから、無事を知らせるために一番最初に手紙を書いた相手がルチアナだったんだけど、いまだに彼女からの返事が来ていないことに言われて初めて気がついた。
ルチアナはアゼリアへ毎日手紙を書いていたのに、その手紙はアゼリアへ届いてない?
郵送事故にしては様子がおかしい。
手紙はどこへ……
…………誰かが手紙が届かないよう、途中で何か細工をしている……?
「…………」
「気になるようであれば、一度きちんとお調べいただいてみてもよろしいかと」
相変わらずにこにこと穏やかに微笑んだまま、ここから先は自分の仕事ではないと暗に言い切ったセイリスに一応感謝を伝える。
また感謝された、とでも言いたげに少し驚いた顔をしたセイリスも、すぐに微笑みを取り戻して胸に手を当て「とんでもないことでございます」とさらりと言ってのけた。
屋敷に届いた手紙や贈り物は全て記録を残してるはずだし、後で使用人に聞いてみよう。
「……ミモナも、ルチアナに頼まれた大切な役目を引き受けてくれてありがとう」
「……お姉様、どうかお気をつけて」
心配そうなミモナを部屋の外まで見送った。
ふぅ、と息を吐いてから、彼女が大事に届けてくれたルチアナからの唯一の手紙の封を切る。
中にはほんのりと薔薇の香りのする手紙が1枚だけ、しかもとても簡素な内容だった。
『愛しのアゼリア
世界で一番美しいあなたがその尊い命を無事繋いでくれたと聞いて、私は生まれて初めて神に感謝したよ。
また学院で会えるのを楽しみにしてる。
追伸:殿下よりも早く一番に快気祝いを送りたくて妹ちゃんを使っちゃった⭐︎
どうだった? 私が一番乗りだった?
あなたのルチアナ』
「………………………………」
おうっふ……。
私は手紙を畳んで封筒の中にそっと戻した。
ルチアナから向けられるこの恥ずかしげもない情熱とストレートな愛情表現が、アゼリアは苦手だったようだ。
わかるよ、とてもわかる!
アゼリアに好意的な人が少ないことを差し引いたとしても、ここまでグイグイこられると私でも思わず引いてしまう。
本人に悪気はないようなんだけどね……!
ずっしりと重量のあるプレゼントを開けると、中身はアゼリアのお気に入りでもあるローゼンベルグ領で採れる高級茶葉の紅茶と、宝石のようなカットが施された美しいフルーツキャンディの詰め合わせだった。
(食べられます、って注意書きは貴族ジョークなのかな……)
「…………きれい」
キャンディーの入った凝ったデザインのボトルを窓からの光にかざすと、一粒一粒がキラキラ輝いて本物の宝石のようだった。
復学が何となく嫌だと感じていた私には、会えるのを楽しみにしてくれている存在が1人でもいるということはとても心強い。
アゼリア、あなたは望まれていない存在なんかじゃない。
才能に溢れ、それでも努力を怠らなかったから、素晴らしい力に周りは嫉妬しているだけ。
その努力、まだまだ見せつけてやろう!
「……よし」
ひとまず使用人にルチアナからの手紙が本当に届いていないのかを確認してみよう。
もし本当に届いていないのだとしたら……外部の調査は私だけではできない。
その時は誕生パーティーのその後のこととあわせて、優秀な護衛騎士を頼らせてもらおう。
ルチアナの選ぶプレゼントはいつも間違いがなく、今回受け取った宝石のようなキャンディーも格別に美味しかった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




