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届かない声

挿絵(By みてみん)

「アゼリアの傷口は塞ぎ、損傷した内臓の一部も無事再生できた。が、受けた魔術に相当複雑な呪いが練り込まれていて、王宮専任呪術師の手でも完全な解呪には至っていない。同時に解析も進めさせているが、あの呪いを完全に紐解き、解呪術を確立するには年単位の時間が必要になるそうだ」



お嬢様が気を失い眠り続けて2日目。

見舞いにやってきたレオンハルト王子殿下はジェトリウス様にそう説明をした。



「その呪いというのは」


「傷口から患部の細胞が壊死していく呪いだ」


「…………」


「ロイはその呪いと拮抗する呪いをアゼリアの傷口にかけた。今はかろうじて進行を遅らせてはいるが、解呪できていない以上呪いが心臓や脳にまで達した場合、命は助からないだろう。最悪の事態も覚悟しておいたほうがいい」


「ロイ殿の見立てでは猶予はどれほどあるのですか」


「現状の進行具合でいえば1ヶ月はあるそうだ。だがこのままアゼリアが目を覚まさなければ衰弱死もあり得る」



…………。

室内から聞こえてしまった2人の会話に、ジェトリウス様の執務室をノックしようとしていた手は俺の体の脇に虚しく戻ってきた。

足がほとんど無意識にお嬢様の部屋へと俺を運んでいく。



「クロヴィス様……」



控えめなノックにドアを開けてくれた使用人のリーナさんは、不安そうな顔で俺を部屋に招き入れてくれた。



「お嬢様の様子は?」


「……穏やかにお休みになられています。顔色も悪くないですし、今にも目を開けそう、なのに……」



なのに、目を覚まさない。



俺はお嬢様が眠るベッドに近づいて、彼女の顔をそっと覗き込む。

パステルカラーのふかふかの布団は規則正しく静かに上下していた。


……玲の魂を包む"繭"の亀裂が深く、大きくなっている。

完全に真っ二つに割れたらどうなるのか、答えはわからない。

きっと玲としての記憶が蘇るんだろう……けど、そんな予感と同時に漠然とした不安もあった。


このまま目を覚まさなかったら?

目を覚ましたとしても、あと1ヶ月で呪いを解除できなかったら?

記憶が戻っても、本当に俺の醜い執着と未練の感情(エネルギー)に、今の玲の体は耐えられるのか?



「(玲……)」



頼む……頼むから目を覚まして……。

俺はどうなってもいい、お願いだから玲だけは助けて。


こんなときだけ都合よく頼るなんて、俺が神様ってやつだったら絶対に願いを叶えてなんかやらないだろうな。

それでももう神頼みくらいしかできない自分が情けない。

悪い夢なら早く覚めてくれ。


当然俺は訓練にも集中できないし、空腹もわからずリーナさんに声をかけられるまで食事するのも忘れるほど、じっとお嬢様の目覚めを待っていた。


けれども、永遠にも感じられた地獄の日々は突然終わりを迎えたのだ。



「…………」



一日一日亀裂が大きくなっていった"繭"が真っ二つに割れ、蕾が鮮やかに花開いたとき、お嬢様はベッドの上で静かに目を開けた。



「お嬢様! アゼリアお嬢様!」


「……う…………」



お嬢様は俺の呼びかけに、一度開けた目を眩しそうな顔をして再び閉じた。



「お嬢様がお目覚めになられました! 旦那様とお医者様を!」


「は、はい、すぐに!」



リーナさんの指示で使用人たちが慌ただしく部屋から出ていく。

まだ焦点が合っていないような顔のお嬢様に、俺はおそるおそる声をかける。



「アゼリアお嬢様……俺のことがわかりますか……?」



彼女は『アゼリアお嬢様』なのか?

それとも……俺が再会を待ち侘びた『玲』なのか?

体をベッドに横たえたまま、ゆっくり顔だけをこちらに向けた彼女は小さな声で俺の名を呼んだ。



「…………クロヴィス……」



玲の記憶が戻って、ない…………?

それとも俺に気づいてない……のかな。

俺は玲の魂を知覚できるけど、もしかしてその逆は……できないのか……?



「…………っ、はい……」



ひとまずアゼリアお嬢様が無事に目覚めたこと。

けれども彼女は……おそらく玲としての記憶が戻ってるはず……なのに、『俺』のことが誰だかわからない様子なのを見て、喜びと同時になんとも言えない悔しさが胸を締め付けて、俯いてそう返事するのがやっとだった。


俺にとっては玲がすべてだけど、玲にとっての俺がそうだとは限らないじゃないか。

玲は俺のことを覚えてないのかもしれない。

そんな当たり前のことに、手も声も届くようになってから気がつくなんて。



「……クロ、ありがとう」



自分に向けてかけられたのは、俺が彼女にずっとずっと伝えたかった言葉だった。



「あなたがわたくしを助けてくれたのですね」



……違う。

逆だよ。

玲が俺のことを助けてくれたんだ。

俺はまだそのお礼を伝えられてない。


ああ、でも……そうか。

玲に伝えたい言葉があるっていうのは、全部俺の都合なのか。

玲が俺のことを覚えていようといまいと、これからも俺が彼女への感謝を忘れることはないし、彼女に幸せになってほしいと願うのをやめることもない。


俺がやることは今までもこれからも変わらない。


前世で叶わなかった俺の願い。

彼女の笑顔と幸福を、ずっと俺が守ることだ。


俺は息を吸って顔を上げると、自分の中の「ありがとう」と「大好きだよ」と「ずっと一緒にいようね」を、心の奥にしまい込んで鍵をかけた。

普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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