最後のチャンス
「……何やってんだろうな、俺」
玲と出会った前世から、お嬢様と過ごした今までのことが走馬灯のように瞼の裏に蘇った。
結局たった一言が……伝えられなかった。
暗くて冷たい。
手足の感覚が鈍い。
魔力と肉体が内側から分解されていくのを感じる。
呼吸は……かろうじてできるけど、かなり息苦しさがある。
ここが虚界。
《実に滑稽! 聖女を庇って虚界に引き摺り込まれるとは!》
「雑魚がごちゃごちゃうるせえな。お前もここで死ぬんだろうが」
目の前の悪魔は600年前の聖女の拘束魔術で情けなくもまともに動けずにいるらしいが、口だけはやけに達者だ。
腹が立ったので魔力を込めた足で思いっきり蹴りを叩き込んでやった。
結局言いたかった言葉は伝えられなかったけど、俺は自分に正直に生きた。
お嬢様にはひとつも嘘はつかなかった……俺の言葉も行動もすべて心のまま、本物だった。
ずっと一緒にいて、お嬢様が幸せに生きていくのをそばで見守っていたかったな。
ああ、でも……お嬢様は自分の幸せには俺がいることが含まれてるって言ってくれてたっけ。
あれは嬉しくて泣くかと思った。
……ってことは、俺が虚界に堕ちたせいで……彼女は前世の俺と同じような思いをすることになってしまうんだろうか。
最低だな……俺は自分が一番つらく苦しかった経験と同じ想いを、誰よりも大切な人にさせてしまうなんて。
突然の死に運命を分かたれることは、自分が死ぬのも大切な人が死ぬのも、同じ痛みと苦しみの傷跡を心に残す。
だから俺は絶対に彼女を死なせたくなかったし、俺自身も絶対に死にたくなかった。
そしてそれは玲もきっと同じだったはずだ。
ああ、こんなことなら伝えちまえばよかったんだ。
もしお嬢様がキョトンとしたなら、笑って誤魔化したってよかったんだし。
「…………バカだな」
「ふはははは! 今頃気づいたのか?」
「……っ、!?」
まさか……そんな。
ここで聞こえるはずのない自信過剰で傲慢な声。
あいつから受け取った護身用のピアスが、暗い虚界に強烈な光を放つ。
次の瞬間ピアスを通して現れた艶やかな黒髪に隻角を生やした美女は、ニヤリと強気に笑って俺の騎士服の襟首をぐわっと掴む。
「全くもって詰めが甘い! 貴様らのことだからこうなるだろうと思ったわ」
「お前……っ!? なんで……!」
「儂のことはどうでもいい。まだ間に合うから帰れ。そして精々後悔のないように生きろ」
「えっ!?」
そう言うなりヴァステリアは掴んだ襟ごと俺の体を力任せに勢いよく放った。
「じゃあな。小娘によろしく伝えといてくれ」
「おい!」
バリバリバリィ!
空間を裂く強烈な音がしたかと思うと、俺は何度も見たことがある……時計塔のヴァステリアの部屋の中、亜空間の部屋への扉の前にいた。
俺は……戻ってこれた、のか?
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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