アゼリアお嬢様の護衛騎士
何ひとつとして欠けていない、完璧な騎士。
誰もが認める完璧な騎士になれば、俺はずっと玲と一緒にいられる。
そうすれば自分の知らないところで突然彼女を失う恐怖も、彼女のいない世界で生きていく絶望も、悲しみも、やるせなさも、疑問も、全部、経験しなくて済む。
彼女は幸せになるべき人だ。
俺という小さな命にまで涙して、手を差し伸べて、愛してくれた人が……笑顔と幸福を理不尽に奪われていいはずがない。
そんなことは、俺が二度と許さない。
机に向かって本を読むことはあまり得意じゃなかったけど、この体はこの世界の知識の吸収に対して意外と貪欲だった。
お嬢様のように速読ができるわけじゃないけど、一度俺の頭に入った情報は不思議と離れていこうとしないようで、騎士団の先輩たちが騎士試験の筆記の勉強に苦労している姿を見ると、これがどんなに効率よく恵まれたことなのか……感謝せずにはいられない。
騎士団の訓練、お嬢様や猫たちと過ごす穏やかな時間、座学、止まない戦争への出兵要請、突然できた兄弟弟子、増えていく周囲の人たちとの会話やコミュニケーション。
たくさん食べて、たくさん訓練をして、強くなって……必死に過ごす日々が何日過ぎたのかを数えることもできなくなった、『クロヴィス』の12歳の誕生日。
「クロヴィス。只今よりお前をアゼリアの専属の護衛騎士に任命する」
ジェトリウス様の執務室に呼び出された俺は、まさかの言葉に目を丸くした。
「俺、が……」
お嬢様の、護衛騎士。
「おめでとう、クロ。どうかこれからもよろしくお願いいたします」
嬉しそうに微笑むお嬢様から手渡されたのは、彼女の瞳と同じカーマインカラーの薔薇の花のブローチ……フェリオール家において、誰よりもそばで、どんなときでもアゼリアお嬢様を守る存在の証だった。
俺は受け取ったブローチを大切に握りしめると、お嬢様の前に片膝をついて頭を下げる。
「……護衛騎士の任、確かに拝命いたしました。これよりいついかなる時でもあなたのおそばに控え、あなたのことをお守りすると誓います」
12歳で公爵令嬢の護衛騎士、というのは正直この世界では異例のことだったらしく、ジェトリウス様が王宮へ護衛騎士の申請と登録手続きをしたにも関わらず、しばらくの間は行く先々で身分の確認や「本当にこの子どもが護衛騎士なのか?」を疑われて呼び止められることも多かった。
その度にお嬢様は確認の甘さを指摘し、胸を張って「わたくしの素晴らしい護衛騎士のことをしっかり覚えておきなさい!」と言ってくれたのだった。
玲と同じ魂なものの、玲としての記憶がないアゼリアお嬢様のことを、俺はいつの間にか『アゼリアお嬢様』というひとりの人間として忠誠を誓い、大切に仕えるようになっていた。
玲との再会はいつ叶うのか……死後の真っ白な世界にいた女との会話ではわからなかったけど、お嬢様の幸せは玲の幸せにも間違いなく繋がっているはずだ。
そうして『フェリオール家のアゼリア嬢の若き護衛騎士』の存在もそれなりに知れ渡り始めた、数年後の5月4日。
お嬢様の15歳の誕生日、フェリオール本邸で盛大に催された誕生パーティー。
星が見えない不気味な夜に、あの恐ろしい事件は起きたのだ。
普段大した親交もない貴族たちが次々にやってきては、顔に笑みを貼り付けてお嬢様へ祝福の言葉を捧げていく。
どいつもこいつも、お嬢様越しに見ているのは背後にいるジェトリウス様の顔色だ。
くだらない。
「(……息が詰まる)」
そんな奴らにまで笑顔を振り撒いてやらなくたっていいのに、そうはいかない公爵令嬢というご自身の立場を、お嬢様はよく理解していた。
お嬢様が完璧な公爵令嬢として振る舞っているのに、俺がこの場で緊張を緩めるわけにはいかない。
けど、彼女が少し疲れた様子に見えて、こっそりと小さく息を吐く。
「……お嬢様、少し外の空気を吸いに行きませんか?」
挨拶にくる人間が途切れたタイミングを見計らってそっと声をかけると、お嬢様は肩の力を少し抜いて小さく笑った。
「クロ……ありがとう。そうします」
ちょうどバルコニーに人影はない。
彼女を案内したら飲み物とお菓子を持っていこう。
ようやく少し休憩ができそうだ。
「……アゼリア様。お誕生日おめでとうございます」
他の貴族たちと同じく、にこやかな笑顔でひとりの男が祝福の言葉を口にしながら近づいてきた。
お嬢様はすぐによそ行きの笑顔になってお礼を言う。
「ありがとう」
すん。
……なんだ?
妙な魔力の臭いがする。
「そして、さようなら」
不気味な声で別れを口にした男に、俺はハッとして叫びながら手を伸ばす。
「! お嬢様!!」
「……え?」
男が差し出した何も持っていない手のひらには見たことがない魔術印が描かれていて、一瞬でそこに凝縮した魔力のエネルギー体が線となって発射され、俺が手を引いてバランスを崩したお嬢様の脇腹を10センチ大でごっそり抉り取っていった。
体に空いた大きな穴を埋めようとでもするかのように、勢いよく血が吹き出す。
すでに意識のないお嬢様を抱き留めてその場に寝かせてから、俺は悲鳴とどよめきの中に紛れ込もうとした男の首を掴んでその場に押さえつけた。
「ア……アゼリアっ!!」
ルチアナ様の叫び声に最初に反応したのはレオンハルト王子殿下、その人だった。
「すぐに治癒魔術を」
そう言いながら、自分でもお嬢様に向けて治癒魔術を唱えた。
殿下に付き添っていた王宮の魔術師たちが駆け寄って同じように治癒魔術の詠唱を始める。
「お嬢様…………!」
「クロ、この場は俺が引き受ける。お前はアゼリアお嬢様のおそばに」
俺が取り押さえていた男の手足をヘルムート団長が素早く拘束しながらそう声をかけてくれた。
返事も忘れてその場を離れた俺は、救命処置を受けるお嬢様に駆け寄る。
「輸血の準備を! 急げ!」
「殿下、アゼリア様の傷口が……! ただの傷口じゃない、なんだこれは……呪い……?」
「王城からロイを呼んでこい。治癒魔術と並行して解呪する」
「はっ、すぐに!」
真っ白な顔で固く目を閉じているお嬢様を見て、頭の中から思考の全てが真っさらに消え去った。
残ったのはひとつだけ。
玲……玲、いかないで、ごめん、俺が守れなかったせいで……お願いだ、いかないで……!
嫌だ、もう玲のいない世界で生きるのは嫌だ、俺を置いていかないで!
視界が歪んで平衡感覚を失いかけたとき、強く腕を掴まれた。
「クロヴィス、耐えろ」
「…………っ、ジェトリウス様……」
「咄嗟にお前が助けたから、アゼリアはまだ生きている。だから今はその絶望と殺意をなんとしても抑え込め」
「……!」
ジェトリウス様の言葉にハッとする。
俺はあの小さな港町みたいに、フェリオール邸を更地にするつもりか?
ジェトリウス様の声は、きっと自分に言い聞かせたものでもあったんだろう。
呼吸の仕方も忘れかけていた俺は、強く掴まれた腕の痛みにゆっくりと思考を取り戻していく。
そして冷静になってきたことで初めて気がついて目を見開いた。
お嬢様の……玲の魂を包んでいた"繭"に、大きな亀裂が入っている。
蕾が開花の香りを漂わせている。
ああ……そうか。
この繭、この蕾こそが、俺からの強すぎる感情から玲の転生体を守るために施した、あの真っ白な世界にいた女の封印。
痛み、恐怖、後悔……俺の苦しみのすべては、俺の願いを叶えるための代償。
……耐えなければ。
勝たなければ。
彼女を失うかもしれないという恐怖に。
信じろ。
勝ち取れ。
きっと俺は今までこのために"クロヴィス"として生きてきた。
やっと…………やっとここから、俺の後悔を取り戻す物語が始まるのだ。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




