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目標であり、夢

挿絵(By みてみん)

ストイックな努力家で完璧主義、なんでもできるアゼリアお嬢様でも、人付き合いだけはあまり得意ではないらしかった。

四大公爵家の長女としてお茶会や勉強会のお誘いは後を絶たないらしいけど、その多くを断っているのだと彼女は言っていた。



「同年代の貴族家の子とは話が合わないの。みんな浅学で語彙も知識量も少ないから、わたくしと話していても会話が盛り上がらなくてつまらなさそうな顔をするのです」


「……俺もそんなに知識はないですけど」


「クロはわたくしの知らないことをたくさん知っているでしょう? 海に面した港町のこと、お料理のこと、家畜のお世話の仕方に、刃物や靴の手入れの方法、それに騎士団のお仕事も。何よりあなたはわたくしと話していても一度も嫌そうな顔をしたことがない。だからいいの」


「ご歓談中失礼いたします。アゼリアお嬢様、お時間です」



庭へお嬢様を迎えにきたのは護衛の騎士、騎士団での俺の大先輩のひとりだった。

ヘルムート団長と違って周囲の猫にまで気を遣いながら紳士的な態度で静かにそう声をかけた彼に、それでもお嬢様は悲しそうに目を伏せる。

それはこの後の予定が断れない王宮でのお茶会だから……だろうか。



「……クロ、あとは頼みます」



猫用のブラシを俺に渡したお嬢様は、立ち上がると先輩騎士が差し出したエスコートの手をきっぱりと断って、凛々しく屋敷へと歩いていく。

体を撫でる優しい手の温もりを失った子猫が、お嬢様から不安の匂いを感じ取ったらしく顔を上げていた。



「……お嬢様は大事なお務めがあるんだ」



俺が顔の横を撫でてやると、子猫は「そっか、じゃあいい子に留守番してなきゃね」と言いながら俺の指先に頬を寄せた。


◇


お嬢様が外出する時の護衛は騎士団の一定階級以上の先輩騎士たちが交代でおこなってるという。



「本来あの年頃の貴族家のご令嬢であれば専属の護衛騎士がつくんだが、アゼリアお嬢様にはそれがいねぇからみんなが交代で担当してるんだよ」


「どうしていないんですか?」



ヘルムート団長は苦笑しながら頬をかく。



「まあ……なんだ、その……そもそも専属の護衛騎士ってのは、護衛対象から絶対的な信頼を得られなきゃならない。いざという時命を預けるわけだからな。つまり恥ずかしいことに……俺たち騎士団の誰ひとりとして、アゼリアお嬢様からの信頼を得られてないってことだ」



護衛騎士。

護衛騎士になればどこへ行くにも付き添って、この手でお嬢様の安全を守ることができる。

俺はもう、知らないところで彼女を失うのは絶対に嫌だ。



「……アゼリアお嬢様の護衛騎士になるにはどうしたらいいですか?」



俺の言葉に、ヘルムート団長は少し驚いた顔をしてから嬉しそうに笑った。



「世間では護衛騎士に必要なのは家柄だの騎士階級だの色々言われちゃいるが、最終的に決めるのはジェトリウス、そしてお嬢様ご本人の意思だ。まずはジェトリウスにお前の意志を伝えてみるといい」



「それで、私に相談したいこととは」



忙しいジェトリウス様は、それでも俺のためにふたりで話せる時間をとってくれた。

置かれている物に1ミリのズレも許されないような完璧に片付いた執務室に招かれ、テーブルを挟んで向かい合ったソファーにそれぞれ座る。

使用人が用意してくれた紅茶は他人のような顔をしていた。

若干の居心地の悪さを感じながら、俺は背筋を伸ばしてジェトリウス様を見る。



「……俺にアゼリアお嬢様の護衛騎士を任せてもらえないでしょうか」



ジェトリウス様はすぐには返事をしないで、じっと真意を探るように俺を見ている。



「騎士としての道は様々ある。その中でもアゼリアの護衛騎士という道を選んだ理由を聞かせてくれるか」


「大切な人を、自分の手で守りたいからです」



俺を見つめる灰銀の魔眼がわずかに細められた。



「もう二度と理不尽に、一方的に奪われないために、俺は日々訓練に励んでいます。俺はこの力をアゼリアお嬢様をお守りすることに使いたい」


「そうか」



ジェトリウス様は一度目を伏せてからもう一度俺を見た。



「お前が騎士として目覚ましく成長していることは認める。大切なものを自分の手で守れるという、その裏に潜む得難い安心感も、私は知っている。だが結論から言うと、今のお前にアゼリアの護衛騎士を任せることはできない」


「……っ」



……いや、わかってた。

先輩たちと比べたって騎士としてもまだ未熟な自分が、ましてお嬢様の命を預かる重要な立場になんて、すんなりなれるわけがない。



「護衛騎士に求められるのは強さだけではない。礼儀作法。王宮、社交会、他貴族家を前にした際の立ち振る舞いと、あらゆる規則や力関係の把握。知識と知性。そしてコミュニケーション能力。アゼリアの護衛騎士を任せるにあたって、今のお前に足りないものだ、クロヴィス」


「…………」



礼儀作法や立ち振る舞い、知識は、騎士の階級を決める王宮主催の試験内容とも重複する。

だから一定以上の騎士階級が必要なのか……。



「公爵家の令嬢に付き従う護衛騎士への要求は多い。人目につく機会も多いことから、騎士として完璧であることを求められる」



たとえどんなに強くても、お嬢様に付き従う護衛騎士の態度が悪かったりしたらお嬢様自身への評判にも関わりかねないもんな。



「ひとつ、王宮主催の騎士試験による最上位の騎士階級。ふたつ、アゼリアの護衛騎士を任せるに相応しい強さと品性、そしてアゼリアからの信頼。これらを取得したならば、アゼリアの護衛騎士の任を再検討すると約束しよう」



ゴクリ、と喉が鳴る。

自分の中のひとつの大きな目標への道が明確に示された。

これは手に入れることができる"夢"だ。



「期限は設けない。だがもし私の設定した目標にお前が到達する前に、アゼリアの護衛騎士としてより相応しい人物が現れた場合、この話は白紙にする」


「……はい! ありがとうございます」



……とはいえ、あんまり悠長なことは言ってられないみたいだ。


普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。

★毎日22時に続話追加

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