恋焦がれた人
それまで片田舎の小さな港町にいた俺にとって、騎士団で過ごす日々は新しい学びや慣れないことだらけだった。
「いいか、クロ。俺たちはこの町の象徴でもある。騎士団の制服を見れば町の人たちはみんな騎士団としての期待を寄せるし、騎士団員として接してくる。そこに年齢や団員歴は関係ない。町の人たちはそんなもん一々知らねえからな!」
「はい」
「だからいつ、どんな時でも! 俺たちは堂々と、礼儀正しく、そして優しくなきゃならねえ。わかったか?」
「はい」
ヘルムート団長は面倒見のいい人で、俺にフェリオール家の騎士としての在り方から過ごし方、訓練まで丁寧に教えてくれた。
「こっちは公爵家……ジェトリウスとその家族の住居だ。ウチでは一定階級以上の騎士以外は出入りが禁止されてる。……ん? どうした?」
「庭に猫がいた。……いました」
語尾を言い直した俺の頭を笑って撫でながら、ヘルムート団長は言った。
「アゼリアお嬢様が猫好きでな。町で保護してきてはここで飼ってるんだよ」
「アゼリアお嬢様……」
「おっ! 噂をすれば」
美しく整えられた庭園のベンチに小さな女の子が座っていた。
そばには2人の使用人が付き添っている。
自分に寄り添って眠る猫の体を優しく撫でながら幸せそうな顔をしているその少女を見て、俺は目を見開く。
彼女は……彼女の魂は、俺がずっと会いたくてたまらなかった、温かくて愛しい色をしていたのだ。
「せっかくだし挨拶しておくか。アゼリアお嬢様はクロより2つ年下だが、子ども扱いされることを嫌っててな。いいか、きちんとひとりのレディとして扱うんだぞ」
「は、はい」
「よし、ついて来い」
玲。
俺だよ。
俺、人間になったんだ。
玲とお母さんがしてたみたいに、俺も玲とたくさん話ができるようになったよ。
「アゼリアお嬢様!」
「ヘルムート……あっ」
大柄なヘルムート団長が大きく手を振りながら近づく姿に怯えたのか、ベンチの周りに集まっていた猫たちが一斉に散り散りになっていく。
玲……アゼリア、お嬢様はそれを見てヘルムート団長を鋭く睨んだ。
……その迫力は俺より年下の女の子とは思えないほどだった。
「ヘルムート……ねこたちがいるところで大きな声を出さないでと、なんど言えばわかるのですか」
「ご、ごめんごめん、そうだったな……」
「ねこは男のひとや大きいひとがこわいんです。あなたはどちらにも当てはまることを少しは自覚してください」
幼女に睨まれ怒られてしゅんとしてしまったヘルムート団長から、お嬢様は俺へと視線を向けた。
「……あら? 騎士団にあたらしくいらした方ですか?」
「! クロヴィス……クロヴィス・ヴァレントといいます。騎士団には来たばかりで、まだ見習いの身です」
俺が教わったばかりの拙い敬礼をすると、お嬢様はふわりと微笑んでベンチから下り、
「フェリオール公爵が長女、アゼリア・フェリオールでございます」
ワンピースの裾を少しだけ摘んで片足を引き、見事なカーテシーをして見せた。
ずっとずっと会いたかった。
1日だって忘れたことはなかった。
話したいことも伝えたいことも、たくさんある。
俺の世界のすべてだった大好きな玲が……二度と会えないと思っていた玲が、いま目の前にいる。
玲がいなくなった世界で過ごす時間は、すごくすごく……長く感じられたんだよ。
「…………っ」
……いざとなると、何から話したらいいかわからないものなんだな。
けど……目の前でアゼリアお嬢様を見て、ひとつ気づいたことがあった。
死後の白い世界で女が言ってたように、今のお嬢様には玲としての記憶がないらしい。
この『アゼリアお嬢様』の魂は玲で間違いない……けど、その魂は柔らかな繭に包まれたサナギというか、鮮やかな色を内に秘めた花の蕾というか……とにかく本来あるべき姿がまだ表側に出てきてないようだった。
これも俺の未練の力の影響から幼い肉体を守るため……たしか白い世界であの女はそう言ってたよな。
それなら、今はまだ玲としての意識が目覚めていないこの小さな『アゼリアお嬢様』に、俺が言いたいことを一方的にぶつけるなんてことだけは絶対にやったらだめだ。
突然の別れからの再会の喜びも、泣き出したいくらいの懐かしさも、叫び出したいくらいの恋しさも……ぐちゃぐちゃになりそうな感情を全部抑え込んで、ぐっと唇を噛んで俯く。
これ以上お嬢様を見てたら、俺はかっこ悪く泣きそうだった。
「はっはっは! お嬢様の完璧なレディっぷりにクロも見惚れちまったようだな! こいつはこの屋敷に来てまだ間もないから、何か間違ったことがあったら遠慮なく殴ってやってくれ」
冗談半分でそう言ったヘルムート団長に、お嬢様はツンと音がしそうな態度で顔を背けた。
「わたくしは公爵家の令嬢です。ヘルムートとはちがいます。むやみに暴力にうったえるような、はしたないまねはいたしません」
お嬢様の俺への"第一印象"は悪くはなかったみたいで、騎士団での訓練が終わってから庭で猫たちと過ごしている俺に、彼女は積極的に声をかけてくれるようになった。
「もしかして、クロにはねこたちの言葉がわかるのですか?」
「……」
ある日、日当たりのいいベンチで猫の体を撫でながら、お嬢様は純粋な瞳を俺に向けてそう聞いてきた。
当然前世は猫だったわけだし、俺には猫の言葉がわかる……けど、普通の人間にはわからないということも理解していた。
故郷の小さな港町では、猫と会話をしている俺の姿をからかう子どももいたくらいだし。
猫の言葉を理解し、猫と会話をする人間は異端なんだと。
でも。
「……はい。わかりますよ」
彼女に嘘なんてつけない。
何より、ありのままの俺のことを認めて、受け入れてほしい。
そんな気持ちが強かった。
きっと、彼女ならそうしてくれるはずだという期待や希望もあった。
「わぁ……! すてき! わたくしもねこたちとお話がしたいとおもっているの。いいなぁ……クロがとってもうらやましいです」
俺の期待や意図なんて知らないはずなのに、お嬢様は目を宝石のように輝かせてそう言った。
……ああ、玲もそうだったな。
俺が何をしても……お母さんが怒るようなことをしても、玲は俺のことを怒らなかった。
いつでもなんでも全部肯定して、すごいね、偉いねって褒めてくれてた。
たとえ玲としての記憶がなくても、『アゼリアお嬢様』には確かに玲の魂の本質が存在してる。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




