力の正体
……ああ、俺は死んだのか。
でもこれでやっと玲に会える。
玲はどこだろう?
俺のこと……まだ覚えてるかな。
けど、死後の世界っていうのは俺の想像とは違っていた。
一言でいうと……何もない。
「ハァーイ♪ ようこそ死後の世界へ、私はここの番人……って、あらやだ、真っ黒……」
「?」
空も、草も花も、地面も……空気までもが真っ白な世界で、ドアを背にして空中にゆったりと座っている女性は唯一色を持っていた。
彼女はハニーブロンドの髪を揺らしながら口元に手を当て、俺を見下ろしてドン引きしていた。
「なるほど……あなたはとてつもない未練、そして後悔を抱えて死んだ魂なのね。その真っ黒な執念が、あなたという魂を覆い隠してしまうほどに。それにしても……はぁ、困ったことになったわねぇ」
女性は悩ましげに深いため息をつく。
辺りを見回した俺は、ここに玲らしき姿がないことに心のうちがヒヤリとしていた。
「玲は? 彼女は俺より10年も前に死んだはずなんだ。どこにいるか知らない?」
「ごめんなさいね、生前の魂に個別に振り当てられた名前までは私にはわからないの」
「…………」
「ただ、もしそれだけの未練の感情があなた自身ではなく他者へ向けられたものであるなら……その感情を引き連れた魂がここへ来たことに、私が気づかないはずがないわ」
「……つまり、どういうこと?」
「つまり言葉通り、あなたが探している人物はまだここへ来ていない、ということよ。おそらく肉体と魂の接続が切れていることに、魂のほうが気が付いていないのね。ええと、こういう現象のことを確か生者は……あっ! 成仏していない……って言うのだったかしら?」
……玲が、まだ成仏してない?
じゃあ玲は……俺には姿が見えなかっただけで、本当は俺やお母さんの近くにいたの?
もしかして今も?
「玲が成仏してきたらここで会えるの? ならここで待たせてほしい」
「んもぅ、落ち着いて! 本当に立派な執着心ね。あなたという魂には、私の後ろにある扉から魂の保管庫へ入って生前の罪と徳を清算し、新しい命として生まれ変わることを待ってもらうことになるのだけど、それにはまず、あなた自身を覆い隠すほどのその真っ黒な感情を浄化しなければならないの♪」
「浄化……?」
女は上品に微笑んで頷く。
「ええ、そうよ。簡単に言うと、あなたが生前に遂げられなかった未練を晴らすチャンスをあげる……あなたには生前の記憶を保持したまま、第二の生を送ってもらうの。大好きな"レイ"の魂のすぐそばで、ね。どう? 悪い話ではないでしょう?」
俺の未練。
玲が笑顔で幸せになっていく姿を見届けられなかったこと。
ありがとう、俺もずっと大好きだよって伝えられなかったこと。
彼女の些細な願いを俺が叶えてあげなかったこと……。
それが叶うなら……いや、叶えるまで、俺は俺として死ねない。
けど、そんな都合のいい話があるのか?
女は俺に対して共感を示すようにうんうんと頷く。
「そんなうまい話があるのかって言いたいのよね、わかるわ。けれど、別にただのうまい話ってわけではないのよ。私に与えられた義務と力が、あなたの未練を晴らすお手伝いができるものだった……偶然私たちがウィンウィンの関係だっただけなんですもの♪」
「……」
それでもまだ疑いの目を向ける俺に、女はふっと笑うとどこか達観したような顔で言う。
「……前世の記憶を持ったまま転生するということはね、きっとあなたが思っているほどいいことばかりではないのよ。だからどうか、今後待ち受ける苦難のすべては、生前のあなたの願いを叶えるために必要な代償なのだと心得ておいてね」
「……どうして」
「ん?」
女はどこからともなく取り出した辞典のように分厚い本をめくる手を止めて俺を見下ろす。
「どうして俺なの? これは誰にでも与えられるチャンスなの? そうじゃないでしょ。だって俺には"くろまる"以外の記憶はない」
女は「なんだ、そんなこと」と言ってふわりと笑う。
「確かにこれは誰にでも与えられるチャンスではないわ。そもそも前世の記憶もなく、限られた生の中で、無の状態からこれほど強大な感情を生み出すことはね、それ自体が奇跡と呼べるものなのよ」
そうか……。
俺の生い立ち。
玲との出会い。
玲の人柄。
俺たちの関係性。
俺たちが一緒に過ごした時間。
そのひとつひとつの小さな奇跡が相乗効果となって、俺の玲への想いを生んだんだ。
「私たちはその感情を、世界の調和と循環のために有効活用させてもらっているの。あなたに与えられる最初で最後の願いを叶えるチャンスは、その感情を生み出した奇跡への特別なご褒美……ってところかしら♪」
女は楽しそうに笑うとくるりと指先で円を描く。
「その強力な感情は、私の力で少しだけ形を変えて、あなたの役に立つ力として構成し直してあげる♪」
「!」
その瞬間、強力な光に包まれたかと思うと、小さく凝縮されたその光は俺の胸の中へと入っていく。
「うっ……!」
熱くて痛い……体はもうないはずなのに、胸が、苦しい……!
「……私がさっき言ったことを覚えているかしら」
「覚えてる……これは、俺がこの手で願いを叶えるための、代償……」
「ええ、そうよ。それともうひとつ覚えておいて。あなたに与えている苦痛と同じく、あなたの強すぎるその感情は周囲の魂へも影響を与えるの。つまり」
「…………まさか……」
「あなたがそれを飼い慣らして使いこなさなければ、あなたは大切な"レイ"の魂のことも食い殺してしまう可能性がある、ということよ」
「……っ!」
ああ……なるほど。
やっぱりうまいだけの話なんてなかった。
俺に与えられた力は、同時に俺に枷を嵌めた。
気を抜いたら、俺は誰よりも大切な玲のことを、この手で……。
「そうね、転生先は……この世界にしましょう♪」
開いた本の1ページをゆるく指先でなぞった女は小さく頷く。
「あなたのその真っ黒な未練を晴らすため、私は必ずあなたのそばへ"レイ"を送り届けると約束するわ。"レイ"がいつここへ来るかはわからないけれど、ここでは時間の概念はないから安心してちょうだい♪」
「……」
どうもふわふわしているこの女の言葉は信用できない気がしたものの、今は信じるしかない。
「ただ……これは"レイ"の様子を見てみなければわからないのだけど。あなたからの未練があまりにも強く"レイ"にまとわりついている場合、転生後の"レイ"には前世の記憶に一時的な封印を施す可能性があるわ。これはあなたの強すぎる感情から、"レイ"の転生体の幼少期の肉体と脳を保護する目的よ」
「……再会できても、玲は俺のことを覚えてないかもしれないってこと?」
「ええ、おそらく最初はね。そしてその封印を正常に働かせるために、私はあなたのことを"レイ"に伝えることもしない。事前に余計な情報を持っているほどかかりにくくなるものなのよ、暗示って♪」
「……」
「けれど、安心して。あなたには『誰が玲なのか』がちゃんとわかるから」
真っ白な世界で、半透明になっていた俺の体が光の粒子になってほろほろと崩れていく。
「あなたの未練……あなたの願い。必ずその手で叶えてくるのよ」
それが魂の……
浄化……
……救済に……
……………………
強い光に飲まれて意識を失い、次に目覚めたとき。
俺は狭くて汚い家の中で、母親らしい人に抱かれた……人間になっていた。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




