ヴァステリアの手紙
うそだ……うそだうそだうそだ!
そんな、ヴァステリアまで……!
感謝もお礼も、まだ何も伝えられてない!
それなのに突然いなくなるなんて……あの過保護で甘い悪魔がそんなことするわけない!
「師匠、アゼリアです!」
走ってやってきた、フェリオール邸の別棟の客室。
毎日足を運んでいたその部屋のドアを強くノックする。
「師匠!」
誰もいないかのように、中からは物音ひとつしない。
いや、元々ドアの向こうにある時計塔の彼女の部屋には、いつも人なんていなかった。
ヴァステリアがいるのはその向こうの亜空間だし!
だから……何もおかしいことなんてない、これはいつも通りのことなんだ……。
「師匠……開けますね」
鼓動と呼吸が速くなる。
私がドアを開けると、そこは散らかった薄暗い時計塔のヴァステリアの部屋……ではなく、ただのフェリオール家の客室だった。
「お嬢様……!」
遅れて私に追いついたリーナが、足に力が入らずその場にへたり込んでしまった私に駆け寄って肩を支えてくれる。
「う、うぅ……! わあぁぁん……!」
空っぽの客室をこの目で見るまで信じられなかった。
見てもまだ、目の前の光景をうまく受け入れることができない。
夢なら早く覚めてよ、と自分を呪わずにいられない。
クロヴィスだけでなく、私という"存在"自体の唯一の理解者まで……私は同時に失ったのだ。
「アゼリア、少し落ち着くんだ。きちんと呼吸を繰り返せ」
「うっ、うぅ……!」
私の隣に膝をついたジェトリウスに促され、泣きながらも必死に肺に空気を取り入れる。
苦しい……
胸が痛い……!
「何があっても冷静な思考を失うな。感情に流されれば必ず見落としが出る」
それ、悲しくて大泣きしてる15歳の娘にかける父親の言葉としてどうなんだろうね!?
前世も含めて、私にそういう言葉をかけてくれる人はいなかった。
「クロヴィスを迎えに行くのだろう」
「う、うう……は、はいぃ……」
「だがヴァステリア殿に頼ることはもうできない。なら、次はどうする?」
「うぅ~……!」
冷静に……冷静に考えて。
私はリーナが差し出してくれたハンカチで目元を拭うと、強い力で握り締めてくしゃくしゃになってしまったヴァステリアからの手紙をそっと広げた。
知識の宝庫で先読みが得意だったあのお節介すぎる悪魔のことだから……もしかしたらこの手紙に何かヒントを残してくれてるんじゃ……?
「……お嬢様、一度お部屋に戻りましょう。お茶をお淹れします」
私は壊れたみたいに止まらなくなっている涙をまた拭って、小さく頷いた。
ジェトリウスに見送られ、リーナと一緒に部屋に戻った私は、いい香りのハーブティーを淹れてくれている彼女の隣でヴァステリアの封筒を開封する。
正直、あの扉の向こう……虚界に連れてかれたクロヴィスを取り戻すには、どうしてもヴァステリアの知識が必要だ。
こればかりは前世の記憶があったところで、私にはどうすることもできない。
だからこの手紙は、そんなヴァステリアと私を繋ぐ本当に最後の希望なんだ。
私が震える手で開いた手紙には、封筒の宛名と同じく美しい字が並んでいた。
~~~
愛弟子、アゼリアへ
貴様がこの手紙を読んでいるということは、すでに儂がフェリオール家の心地よい屋敷を発ったあとだということだろう。
まずは謝罪をさせてくれ。
半年間、貴様の魔術講師を務めるという当主の小僧との契約を早期に終了させてしまったこと。
そして貴様らにきちんと別れを告げずに立ち去ってしまったこと。
儂の身勝手な行動はさぞ貴様を混乱させてしまったことだろう。
すまなかった。
そして、感謝もさせてくれ。
儂は600年前の聖女、アイリスの死にまつわる王家の対応のいくつかに納得をしていなかったんだが、それが貴様らのおかげで概ね解消されたこと。
大きなリスクを冒し、ティアレインの伝言をエスカテへと伝えてくれたこと。
ふたりに代わり、儂から礼を言おう。
儂は諦観の魔術師であり、同時にティアレインに与えられた刑罰としてこの世界を記録する者でもある。
この身は歴史の転換点に関わることを固く禁止されているが、平和な世界をただ見ているだけというのは想像以上に退屈なものだ。
だから今回、ヴェルザグラトに立ち向かう貴様らを、ほんのわずかばかりだが支援できたことはとても楽しかった、いい思い出になったぞ。
心残りがあるとすれば、王家の小僧が王家の罪を公表するその瞬間に立ち会えなかったことくらいか。
礼というほどのものでもないが、時計塔の儂の部屋にある著書、ティアレインから見聞した記録、細々とした魔術道具や、儂らが多くの時間を共にしたあの亜空間、アーノルドを含む使い魔の権限まで……儂の所有する全てを貴様、アゼリア・フェリオールへと無条件で譲渡する。
使えそうなものは好きに使って構わない。
不要なものは破棄してくれ。
最後に。
貴様らと過ごしたこの1ヶ月半は、儂の1000年を超える生の中でも特に充実していた。
膨大な時を見送り、様々な感覚が鈍くなっていくなかで、まるで毎日が鮮やかに色づき、輝いているようだった。
ありがとう。
会って間もない頃に伝えたが、貴様は本当に幸運だ。
物語の結末は儂が見届けんでもハッピーエンドになることだろう。
幸運の源でもある傍らの小さき従者をこれからも大切にするように。
また貴様らと世界のどこかで出会えることを、心から願っている。
ティアレイン
ウーリャ・ヴァステリア
〜〜〜
「…………」
手紙にぱたぱたと涙が落ちてシミを作った。
ヴァステリア、どこに行っちゃったの?
どうしていなくなっちゃったの?
いっつもいっつも思わせぶりな言いかたばっかりで、肝心なことを何も教えてくれない。
私のことを心配させないようにしてくれてるのかもしれないけど、1人で抱え込もうとしてるのが見え見えなせいで、逆に心配になる。
私はぐしぐしと目元を拭ってもう一度ヴァステリアの手紙を読む。
この手紙は間違いだらけだ。
私は幸運なんかじゃないし、私のそばにクロヴィスはもういない。
全然ハッピーエンドとは程遠いし、また会いたいって書いておきながら……こんな、こんなのまるで……。
ビシッ……ビシビシッ……バリン!
ドォォォン……!
空間を強引に裂く音に続いて、広大なフェリオール邸を揺らすほどの地鳴りがした。
「きゃっ……!」
まるで目の前に雷でも落ちたかのような振動に、私の隣で果物をむいていたリーナはナイフで指先を傷つけてしまった。
私はすぐに彼女の手元に治癒魔術をかける。
「あ、ありがとうございます、お嬢様……! 今の音は一体……?」
「庭のほうから聞こえたようです。転移魔術にしては音が妙でした……リーナは安全なところに」
手紙を置いて立ち上がった私はそのときようやく違和感に気づいた。
……聖女の加護が、本当に前世の私へ向けられたクロヴィスの強い想いからできているものだとしたら……
彼がいなくなったこの世界で、私は今どうして治癒魔術が使えたんだろう?
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




