喪失
◆
「………………」
うっすらと目を開けた。
見慣れた天井。
フェリオール家の私の部屋だ。
ああ……頭がガンガンする。
「アゼリアお嬢様……!」
ベッドサイドにいたのはクロヴィスではなくて、使用人のリーナだった。
リーナは他の使用人たちに私が目覚めたことを簡潔に伝えると、再び私のことを見る。
「お嬢様、お気分はいかがですか…? どこかお痛みなどは……」
「……」
泣き疲れて、いつここへ帰ってきたのかよく覚えてない。
けど、ルチアナがずっと声をかけてくれてて、リノンが手を握ってくれてた。
多分、レオンが私をここへ送り届けてくれて……現場の後処理はミレーユが指揮をして、ギルベルトとセイリスが全部してくれた。
…………クロヴィスが、どこにもいない。
そのことを思い出して私はまた涙を流した。
私のせい……私が最後の最後に油断したせいで!
こんなの、死ぬのと同じだ……!
お別れもありがとうも言えないなんて……!
この胸が張り裂けるような突然の別れが嫌だから、私は死にたくなかった、はずなのに……!
ひとしきり泣いた私は涙を拭って体を起こす。
「お嬢様……」
「……リーナ、ごめんなさい。気分はよくはないけれど、体調は問題ありません」
「よ、よかった……! お腹は空いていませんか? お召し上がりやすいよう、スープやフルーツを用意してありますよ」
「ありがとう。少しだけいただきます。……それと」
「は、はい! 何なりと」
変わらず献身的で優しい姿がありがたくて、なんとか笑顔を見せる。
「わたくしの着替えを用意してください」
……取り返さなきゃ。
クロヴィスを連れ戻さなきゃ……!
ヴァステリアなら何か方法を教えてくれるはず……!
こんな時こそ落ち着いて、ちゃんと栄養をとって戦力を養わなきゃ。
私が着替えと軽食を終えたところで、部屋をノックする音がする。
リーナが返事をしてドアを開けると、そこにいたのはジェトリウスだった。
いつも通り、未来を映す灰銀の瞳は真っ直ぐに室内の私を映している。
「お父様……」
そっと席を外そうとしたリーナをその場に引き留め、ジェトリウスは軽食を終えた私の正面の椅子に腰を下ろした。
「アゼリア。もう体を起こして問題ないのか」
大泣きしながらフェリオール家に連れて帰られた私に、レオンがやむなく睡眠魔術を使って眠らせた、と、食事の間にリーナがやんわりと教えてくれた。
仮にも15歳の公爵令嬢が声をあげて泣くなんて……親しい人以外に見られなくて本当によかった。
「……お父様にもご心配をおかけし、申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「……お前たちの身に起きたことの一部始終は、ヴァステリア殿の記録用の魔術道具で私も確認した」
「…………」
私は自分の手首に今もつけられているブレスレットにそっと触れた。
「ずーっと貸してやっても構わないぞ!」とあの悪魔がふんぞり返って言ってくれた、記録用の魔術道具。
「アゼリア。クロヴィスは……」
「クロは生きています! 必ず」
私はジェトリウスの言葉を初めて途中で遮り、テーブルに手をついて立ち上がる。
「クロは……生きて、わたくしの幸せをそばで見守るって、約束してくれました……だから生きています。こちらから迎えにいきます」
ジェトリウスの瞳はこんな時でも冷静だった。
「クロヴィスの居場所がわかるのか?」
「わかりません……ですので、まずは師匠にお知恵を貸していただくつもりです」
「……」
ジェトリウスはほんのわずかな時間、その灰銀の魔眼を伏せてから、一通の封筒をテーブルに置いて私へと差し出した。
「? これは……?」
「ヴァステリア殿からお前にと預かった手紙だ」
ざわり。
心の奥が冷たい手でひたひたと触れられたように冷めていく。
手触りのいい上質な封筒の宛名には、美しい字で「アゼリアへ」とだけ書かれている。
「……どうしてわざわざ手紙を? すぐに会いにいくことができるのに……」
「ヴァステリア殿は姿を消した」
「…………え?」
「おそらく、もうここへは戻ってこないだろう」
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