人類 vs. 悪魔(5)
「クロ、扉を開けます!」
「はい!」
「『原初より閉ざされし扉よ、我が意志により世界を繋げ。"開闢の扉"』!」
私の詠唱と同時にヴェルザグラトを押さえ込んでいたクロヴィスが後方へ跳躍した。
目を焼くほどの光を放ちながら、巨大な扉が開いていく。
「!」
言うなれば……まるでブラックホール。
扉の向こうには闇しかなく、抗い難い力でこの世界の何もかもを区別なく吸い込もうとしている。
私もクロヴィスも地面に剣を突き立てて堪えるけど、その地面も少しずつ扉の向こうへ喰われ始めていた。
《う、が……ッ! 最初から、これが狙いだったのか……聖女ッ!》
もはや風っていうより、重力の方向自体が変わったみたい……!
私はその引力に必死に抗いながら、それでもこの世界にしがみつこうと足掻くヴェルザグラトを光の鎖で扉の向こうへと押し込める。
《聖女! 貴様の、臓物を! 引き裂くまで! 我はこの世界から離れるつもりは、ないッ!》
「……ッ!」
ヴェルザグラトが私へ向かって黒いモヤをいくつも伸ばしてきた。
私の魔術は扉の維持に回してる!
聖女の加護は光の鎖としてヴェルザグラトを押し込めてる!
どちらかを切らないと、体を捕まれる……!
「させるか……ッ!」
私の目の前に魔術防御壁が発動し、ヴェルザグラトの黒い手を阻む。
クロヴィスの魔術防御壁……!
「クロ! うぅ……!」
安心したのも束の間。
扉の向こうからの強すぎる引力に、地面に突き立てたソルヴェリオンに両手でしがみつく私の足が、ずるずると地面にブーツの抵抗の跡を残す。
「……っ!」
クロヴィスは私の目の前まで移動してくると、魔術防御壁を背にして再び地面に剣を差し、片腕で私の体を抱きかかえた。
彼の魔力量と魔術のスキルは、毎日一緒に訓練をしていたから自分のことのようにわかる。
これまでのヴェルザグラトとの戦いでも相当な魔力を消費してたから、この魔術防御壁は長くはもたない。
「……ありがとう、クロ。終わらせましょう」
「……っ、はい!」
私は自分のすぐ近くにある柔らかな黒髪を優しく撫でると、左手で彼にしがみつきながら、右手をヴェルザグラトに向けた。
扉に吸われ、両足が地面から離れる。
「アイリス様……ヴェルザグラトをこの世界から追放するため、どうかわたくしに最後の力をお貸しください」
右手に浮かぶ淡い桃色の魔術印。
それは600年前の聖女が命を賭して編み上げ、時を超えて私へと託された、最強の拘束力を持った封印魔術。
私はそれを開く扉の向こう側へと送り込むと、ヴェルザグラトをその場に拘束した。
《聖女! 憎き聖女め! このままで終わると思うなッ!》
心が冷えつきそうになる、悪魔の断末魔が響いた。
ここで終わらせる!
負けるな!
発光しながら黒いモヤを捉えて離さない強力な魔術印を確認してから私は唱える。
「『扉よ、眠れ』!」
無差別にこの世界の何もかもを吸い込んでいた光の扉が、建造時と同じく足元から消えていく。
同時に扉の向こうへ引き込む引力も弱まっていき、私は再びこの世界の重力を自分の足で感じることができるようになった。
あとは扉の消失と同時に5ヶ所の"鍵"を施錠するだけ……!
私は壊れた聖女像の元で悪魔への抵抗を続けてくれている仲間たちへ意識を向け、その場に送り込んでいるぬいぐるみたちに抜かれた剣を持たせる。
扉の消失まであと……3、2、1……
《聖、女め…………ッ!》
ズゥゥ……
「っ!? お嬢様!」
「…………え?」
5ヶ所のぬいぐるみたちの視界に集中していた私は目の前の出来事に反応するのが一瞬遅れてしまった。
扉が消え去る直前、そのわずかな隙間からまるで救いを求めるかのように、ヴェルザグラトが黒いモヤを1本、私へ向かって素早く伸ばしてきていたのだ。
遅れて顔を上げた私の目に映ったのは、私を庇ってヴェルザグラトに襟首を掴まれたクロヴィスが、漆黒の虚界へと引きずり込まれる瞬間だった。
「……っ、クロ!!」
伸ばした手は彼の手に触れることなく虚しく空を掻く。
ヴェルザグラトの黒いモヤに体中まとわりつかれながら、クロヴィスは泣きそうな顔で言う。
「お嬢様、どうか……生きて」
「……あ…………」
扉の消失は止まらず、光の粒子が完全に消えた地下空間には静寂と暗闇が戻ってきた。
私は震えの止まらない手で、それでもそう定められていたかのように……5ヶ所の聖女像があった場所へ、ぬいぐるみ越しに剣を突き立てて虚界との扉の鍵を確かに施錠した。
「…………クロ……?」
ぬいぐるみ越しに届く安堵のため息と労いの言葉。
喜びと称賛を一番に分かち合いたい人が、この場にいない。
「クロ……どこ……?」
『……アゼリア?』
「あ、あああ……!」
『アゼリア、何かあったのか』
レオンの問いかけを脳が正しく処理できない。
クロヴィスがいない。
その現実を、事実として受け入れることを心が拒絶していた。
「あああ……! いやだぁ……連れていかないでぇ……!」
『……!』
その場に蹲って小さい子みたいに泣き出した私に、どこか遠くの世界のことのように空間を裂く転移魔術の音がぼんやりと届く。
「アゼリア!」
「わあぁぁん! 連れていかないでよぉ……!」
異変に気づいて駆けつけてくれたレオンに縋りついて、私は声が枯れても泣き続けた。
自らの命と引き換えに世界を救ったという、救国の聖女の伝説。
私は確かに生き残ったことで、その伝説を打ち破った。
その結末に、こんなにも大きな喪失が伴うことも知らずに。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




