もう一人の護衛騎士(1)
「お、お嬢様……!?」
「目の下に隈が……!」
「………………」
永遠とも思われた私の夢のモラトリアム生活は、ジェトリウスとの売り言葉に買い言葉(※違う)で突然の終わりを告げた。
私の頭は復学という状況を「魔術の訓練をするためには仕方がないもの」として受け入れているものの、やっぱりどうもアゼリアの体のほうがその状況を拒否しているようだ。
やだやだ、と思っていたらぐっすり眠れず、翌朝着替えを手伝いに来た使用人たちは目をしぱしぱさせている私を見て思わず口元を手で覆っていた。
「……問題ありません。ちょっと考えごとをしていたので、あまり眠れてなくて」
「ご無理なさらないでください……」
「もう少しお休みになられては……?」
「いえ、大丈夫です。ポジティブになるためにも頭には栄養を送らないと」
そう、大丈夫だよアゼリア。
復学まではまだあと3日あるんだから、ゆっくり納得して準備しよう。
これから学院に行くのは私なんだし、『あなた』は何ひとつ嫌な思いはしなくていい。
……今後はこんな思いをしなくていいように、周りの人には優しくしないとね!
いい教訓だ、うんうん。
ネガティブな考えを吹き飛ばすべく、朝食はおかわりをした。
◇
朝食後。
騎士団での剣術訓練の初日はダブル流血事件でバタバタしてしまい、昨日は昨日で騎士団がデスゲーム(※昇進ボール)に興じていたため、今日から改めて本格的に剣術訓練に参加させてもらうことにした。
剣の基本的な扱い方や戦い方についてはアゼリアも護身術として身につけていたため、今のままでもその辺の一般人程度には負けないかもしれないけど、私が欲しい強さとは、突然の襲撃にも瞬時に反応・対応できるような力だ。
「それはひたすら実戦を重ねるしかねぇなあ!」
初日に頭から血を流す怪我を負っても懲りずに訓練に顔を出した私を、団長のヘルムートは朗らかに笑いながら歓迎してくれた。
15歳の箱入りの公爵令嬢が、自身の求める"強さ"について改めて説明しても、そんなの無駄だ無意味だと跳ね退けることなくちゃんと受け止めてくれるのはありがたい。
「やはりそうなのですね。……実は昨日、お父様に戦闘訓練をご指導いただけないかお願いに行ったのですが、ええと……時間が取れないからと断られてしまいました」
「へえ! あのジェトリウスが時間を理由にアゼリアお嬢様のお願いを断るなんてなぁ」
「…………」
ジェトリウスにとってアゼリアはそんなにも剣術雑魚すぎて、魔術では雲の上の存在すぎたの……?
いやいや、本当に時間の問題が一番の理由かもしれないし……。
「そのお父様も、剣術訓練についてはヘルムート団長の指示に従うことが効率がいいだろうと。やはり強くなるためには近道などなく、毎日訓練を繰り返していくことが大切なのですね」
「それももちろんそうだが、それだけだと強くなるためには結構な遠回りになる」
「……? それではわたくしは何から始めれば……」
突然団員たちの大きな歓声と拍手が聞こえた。
ヘルムートから目を離して声のしたほうへ顔を向けると、地面に手をついた団員の首元にクロヴィスが訓練用の剣をピタリと当てているところだった。
「ま、参りました……」
悔しそうな団員の一言を聞いて、クロヴィスは剣を下げると代わりに手を差し出す。
2人は手を取り合い、向かい合ってお互いの健闘を称え合った。
「お嬢様は、俺たちフェリオール騎士団がどうして王国最強と呼ばれるまでになれたのか、考えたことはあるか」
「…………剣術の才能あふれる人を、積極的に採用しているから?」
「はっはっは! ありがてぇことに、最近じゃそれもあるかもな! だが、入団希望者の誰しもが才能に溢れてるわけじゃない。あのクロだって、最初は何もできねぇ、泣いてばかりの弱虫小僧だったんだ。……うおっ!」
空気がビリッと震える。離れたところにいるクロヴィスの鋭い視線がヘルムートを正確に捉えていた。幼少期の話はあまりされたくないようだ。
ヘルムートは苦笑いを溢すと、「結論からいうと」と言い置いて私たちの会話を最終段階へ移行した。
「これはジェトリウスの方針によるもんだが、俺たちフェリオール騎士団が強い理由は、自分より強い相手との実戦訓練に重きを置いているからだ。自分を本気でブチのめそうとしている強者を相手取るのが、強くなるには一番の近道ってことだな!」
その向上心と勇気に敬意を払って、強者も手合わせには手を抜かない。強者はより強者と戦って強くなっていく、というのがフェリオール騎士団流なのだという。
「一昨日も見ていたが、お嬢様は筋がいい。飲み込みが早いし、自分の体の使い方も動きの限界もよく心得てる。きっとまだまだ強くなれるぞ!」
俺もぼんやりしてたら団長の座を奪われちまうかもな!と言ってヘルムートは大笑いしたが、それが本気なのか冗談なのか私には区別がつかなかった。
冗談だと言ってほしい。
「……今のわたくしであれば、どなたとのお手合わせが一番成長に繋がるでしょうか」
一昨日のことを思い出す。
最低限の剣術の基礎は身についているアゼリアには、騎士団の新人……では、さすがに相手として物足りなかったのだろうか。
かといって熟練の騎士を相手にするのも、力の差がありすぎるように思う。
ヘルムートは迷わなかった。
「そりゃあ、クロのヤツが適任だろう!」
「いえ、俺には無理です」
ちょうど団員との手合わせに一区切りがついたクロヴィスを捕まえてヘルムートが事情を説明すると、本人にはそう即答されてしまった。
「……わたくしもさすがにクロとは実力差がありすぎると思うのですが」
ジェトリウスのことは怖くないくせに、その力を何度も直接目にしているクロヴィス相手には日和ってしまう……っていうのも我ながら笑えるよなぁ。
さすがになにかを学ぶ以前に秒で地面に転がされる未来がめちゃくちゃ鮮明に見える。
「クロだったらお嬢様のどんな動きにも合わせられるだろうし、ギリギリ怪我をさせずに済むだろ?」
「いえ、無理です」
「なんでだよ」
「できるできないじゃなくて、気持ちの問題です。どんな理由があろうと、俺はお嬢様に手を上げるような真似はしない」
「その"大事なお嬢様"が、強くなりたいと願っているのに協力しねぇのか?」
「…………(マジで性格悪ィなこのオッサン)」
黙り込んでしまったクロヴィスは心の中で相当葛藤しているようだ。
かわいそうだし無理はさせたくない。
たとえ訓練とはいえ、騎士が自分の護衛対象に剣を向けることは、今後の仕事でもなにか咄嗟の判断に影響があるかもしれないし、それは私としても避けたいことだ。
「ヘルムート、わたくしはクロに無理強いはしたくありません」
「こいつはそんなに甘やかさなくても大丈夫だけどなぁ?」
ヘルムートは腕を組んでそうだなぁ、と次の案を考え始めたようだ。
「はは、どうやら歴史的瞬間に間に合ったようですね。ツイてるなぁ」
その場に春風のような穏やかな声が差し込む。
ヘルムートは振り返ると、笑顔で手を挙げ声の主に歓迎を示した。
「おお、セイリス! ミモナお嬢様が帰ってきたのか」
「はい。つい先ほど」
訓練用の剣を携えてやってきたのは妹のミモナの護衛騎士であり、フェリオール騎士団副団長の一人、セイリスだった。
歳はアゼリアやクロヴィスよりもさらに少し上で、優しく紳士的でいつも笑顔を絶やさない好青年…………けどその笑顔が逆に胡散臭いと、アゼリアはかなりの警戒心を抱いていたようだ。
わかる、前世で読んだどの漫画でもいわゆるこういうタイプはラストバトル前に裏切る典型だった。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




