人類 vs. 悪魔(2)
「ティアレインの話によると、ヴェルザグラトの使う魔術は全て自然災害に由来する。ヤツが特に得意とするのが雨雲による落雷、水責め、竜巻。そして灼熱の太陽による熱光線だそうだ」
ヴァステリアの言葉が本当なら、あの強烈な熱光線の魔術こそ太陽に由来するもの。
それだけわかれば聖女の加護で無理やりなんとかできる。
「クロ、大丈夫! 攻撃の手を止めないで!」
「! はい!」
《ふはははは! 我の太陽の魔術を受けるつもりか? そのくだらん勇気だけは褒めてやろう!》
魔術印に、まるで小さな太陽のようにオレンジ色の熱が集まっていく。
クロヴィスはその熱に奥歯を噛み締めて耐えながら、振り上げていた剣を握り直した。
私はヴェルザグラトの魔術印の端を強引に引きちぎり、瞬時に聖女の加護を通して魔力を上書きする。
《むっ!? この魔力……聖女め!》
「お前の相手はお嬢様じゃない」
魔術による熱光線を阻止され、ヴェルザグラトの敵意が私へ向けられたことを感じる。
けど、すぐさまクロヴィスによって黒いモヤが斬り刻まれると、その敵意もふっと消えた。
《ぬうぅ……っ!》
ヴェルザグラトの本体は苦々しげにそう呻き、欠けた顔の前から離れてクロヴィスから距離を取る。
《ああ……そうだ、600年前もそうだった》
風魔術をうまく使って私の隣に着地したクロヴィスが、剣を構えながら目を細める。
思い通りの攻撃ができていないはずなのに、ヴェルザグラトは不気味なほど冷静だ。
《聖女は大した力のない剣士を連れていた。くくく……結局そのねずみはすぐに足を引っ張って、聖女がこの場から強制転移させたんだったな。最初から単身でくればよかったものを! 人間は本当に無駄を好む生き物だなぁ?》
「……」
私は静かに息を吐いてほんのわずかな時間目を閉じ、ヴァステリアに言われた言葉を心の中で反芻する。
「ヴェルザグラトは感情を喰らう悪魔だ。おそらく相対する時間が長ければ長いほど、喜怒哀楽、あらゆる感情を言葉巧みに引き出そうとしてくるだろう。だが奴の言葉を真に受けるな。全ての言葉は貴様らの感情を増幅させるための偽りだと思え」
これはヴェルザグラトの嘘。
私たちから怒りの感情を引き出すための偽りの言葉。
600年前の聖女、アイリスがヴェルザグラトとの戦いに誰かを連れてきていたことも、その人が怪我をしたかもしれないこともアイリスが安全のために転移魔術でその人を逃したことも全部全部全部……
《聖女といえど所詮人間。苦肉の策で自らの命まで削って我を封印をしたところで、その封印とてこうして解除間近。奴も貴様も、短い生の中で我に抗うこと自体が愚かで無駄な行為だと、何故解らん?》
全部全部…………
「……嘘だとしても、言っていいことと悪いことがあると……低知能クソ雑魚悪魔に教えてあげましょう」
クロヴィスがはっとした様子で私を振り返ったときには、私はもうその場にいなかった。
顔も知らない、ずっと未来の私たちのために、命を捧げてヴェルザグラトと戦った聖女……アイリス。
たとえ私から怒りの感情を引き出すための嘘や煽りだったとしても、彼女の気高いおこないを無駄だと言ったこの悪魔のことを、
「絶対に許さない」
私は地面を蹴って瞬時にヴェルザグラトと距離を詰めると、その黒いモヤを目掛けてソルヴェリオンを振り下ろした。
《フハハハハ! 実に甘美! 極上の怒りの感情! そして愚か! 人間の鍛えたただの剣では我に傷など……》
ザクッ
《なっ……馬鹿な!?》
確かな手応えに口角が上がる。
「残念ですが……目に見えないものを断ち切るために300年かけてこの剣を鍛えたのは、人間ではないのですよ」
ソルヴェリオンの柄を握る指先に力を込めると、私はそのまま再度ヴェルザグラトを斬り払う。
一歩分逃げれば一歩詰め寄り、行手を阻む落雷を打ち消してまた一撃。
「何故だ……!? 聖女! 貴様、どうなっている!?」
ザクッ
「何故だ……何故、貴様の怒りの感情では我の魂が補完できないのだ!?」
600年前の聖女の話題で私から怒りの感情を引き出し、それを奪うことで戦いながら自分の魂を補う。
こちらは消耗戦になる上、向こうはずっと戦い続けることができる……ヴェルザグラトが使いそうな手だと事前に話してた通りになった。
とはいえ私から感情を奪っても魂を補完できないっていうのが……もし事実ならこれは好機。
これもエスカテが私に与えたっていう"魂の番人の力のひとかけら"によって、体質が変わったからかな?
私は聖女の加護で素早く光の鎖を編み上げると、逃げるヴェルザグラトを執拗に追い回す。
やがて黒いモヤの端に鎖が触れるとその動きは急激に鈍り、チャンスとばかりに鎖が四方から巻き付いてヴェルザグラトを取り押さえた。
今!
この悪魔の力の源を斬り刻む!!
私が歯を食いしばってソルヴェリオンを振り上げた時だった。
「!?」
5ヶ所の聖女像に派遣してるぬいぐるみのひとつ……レオンの様子に異変が起きて、思わず手を止める。
冷静に悪魔を焼き払っていたはずの彼が突然胸を押さえてその場に膝をついたのだ。
『っ……!』
聖女像の近くで悪魔と戦ってくれてる仲間たちのことはずっと注意して見てた……強化魔術も治癒魔術もちゃんとかけてた……なのに怪我をさせちゃった……!?
……いや、私の治癒魔術は発動してる。
まさか……
光の鎖に拘束されたまま、ヴェルザグラトが高笑いをする。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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