人類 vs. 悪魔(1)
私は改めて目の前のヴェルザグラトを見上げる。
虚界への扉の鍵はすべて外した。
あとは……ヴェルザグラトを通せる大きさの扉を、ここに創る!
私はヴァステリアに教わった通りの魔術印を脳内に描き、創造魔術を発動させた。
「"扉"といっても、この世界にある一般的な扉とは少し形状が違う。そうだな……どちらかというと門に近い」
黒髪の美しい悪魔がそう言っていた通り、壁に縫い付けられているヴェルザグラトの左右の地面にそれぞれ違う魔術印が出現する。
強い光を放ったその魔術印は、ほろほろと光の粒子を集めながら扉……門を足元から形成していく。
「ヴェルザグラトを通すほどの"扉"の形成にはそれなりに時間がかかるはずだ。だが目の前でそれだけ大きな魔力を使われるとなると、おそらく奴も大人しくはしていないだろう」
さすが1000年を生きる大賢者。
彼女の嫌な予想は見事に的中した。
《……ん? なんだ、これは……》
5ヶ所の聖女像に送り届けたぬいぐるみからの情報と同じく、それは私たちが音として認識する声とは違った形で言語を認識させる。
鎖に拘束されているヴェルザグラトのミイラのような肉体がゆっくり、深く息を吸って、吐き出した。
《この魔力の臭い……憎い! 失われた体が痛みに疼く……! 貴様……貴様貴様貴様ァァ!》
「! クロ、近くに!」
クロヴィスが剣を構えて私に一歩近づいたたのとほぼ同時に、ヴェルザグラトの前に現れた見たこともない魔術印から、強烈な熱光線が放たれた。
咄嗟に自分たちの周りに魔術防御壁を展開したものの、その見えない壁越しでも体が焼かれそうなほどの熱を感じる。
なんて強烈で重い魔術……!
《聖女! その力を受け継ぎし者! 貴様の肉体を引き裂き! その臓物をぐちゃぐちゃに踏み潰すこの機会を! 我は600年間待っていた!》
…………600年前の聖女、アイリス。
私には陽気で明るく、それでいて芯のある女性に感じたけど、ヴァステリアやヴェルザグラトみたいな悪魔たちの神経を逆撫でするのが得意な人だったんだな。
「クロ、虚界への扉の脚部は固定できました。あとは構築を待つだけです。おそらく……15分」
「わかりました。15分の間にできる限りヤツを削ぎ落とします」
薄暗い地下空洞で、頷いたクロヴィスのアップルグリーンの瞳が薄く光を集めていく。
ジェトリウスが解放を手伝ったというクロヴィスの真の力。
それはこの若さで"剣聖"の称号を奪い取ることができてしまうような特別な必殺技でもなければ、聖女の加護みたいな外付けの魔術機能でもなかった。
《なんだ、聖女の他にも子ねずみが混じっているのか? 構わん、まとめて肉塊にしてやるのみ!》
ヴェルザグラトの骨と皮だけに近い肉体は相変わらず静かに呼吸を繰り返しているものの、こちらを認識して攻撃しているのがあれだとは考えにくい。
とはいえ、ざっと周囲を見回しても実体はない。
肉眼で見えないということは、つまり……。
私は地下空洞全体に聖女の加護を流す。
……いた。
さっき熱光線を放ってきた、ヴェルザグラトの欠けた顔面の前に、顔と同じくらいの大きさの一際どす黒いモヤがあった。
本体はあれか……!
刹那、ゴロゴロ……と雷の音が聞こえたかと思うと、地下空洞の上部を覆った黒々とした雲から鋭い閃光が降ってきた。
「お嬢様には指一本触れさせない」
一閃。
クロヴィスの剣が稲妻を映して強く輝きながら薙ぎ払われる。
その剣は稲妻を、そしてその先の雲を真っ二つに両断し、一太刀のもとで霧散させてしまった。
《ほう! 我の霆を斬るか!》
「…………」
クロヴィスの動きは終始凪いだ海面のように静かだった。
全身は変に力まずリラックスしていて、剣を振っても風を切る音すらしない。
クロヴィスが持つ、呪いにも似た……前世の私への執着と未練。
エスカテによって彼はそれを身体機能の強化に変換する力を持つ。
ヴァステリアの見立てによると、ジェトリウスはその変換率を上げる手助けをしたらしい。
言ってしまえば今まで5%くらいだったバフが50%くらい乗るようになったんだとか。
おまけに"剣聖"の称号による王国からの加護。
肉体強化、攻撃力と素早さが上がり、使用武器の耐久値が上がる。
そして。
「クロ、見えますか?」
「はい。顔のあたりですよね」
クロヴィスは姿形が違っても私の魂を見抜くことができる知覚機能を持つ。
それはおそらく魂の本質を見極められる"目"だろうとヴァステリアは言っていた。
その言葉の通り、光を集めて淡く輝くアップルグリーンの瞳は、私のように聖女の加護の力を借りなくてもヴェルザグラトが見えてるようだ。
「アイリス様が伝えてくださった通り、壁に張り付けられている肉体は損傷が大きく、生き物として機能できそうにありません。魔術を放ってくるあの黒いモヤが本体のようです。届きますか?」
「はい」
「援護します。まっすぐ向かってください」
「承知しました」
クロヴィスが両断した暗雲はゴロゴロと雷鳴を轟かせながら再びひとつになっていく。
《貴様は……聖女、ではないな》
地面を蹴ったクロヴィスを目がけて稲妻が降り注ぐ。
彼はそれを器用に避けながらヴェルザグラトに近づくと、ぐっと踏み込んでから跳躍した。
《ちょこまかと小賢しいぞ、子ねずみが!》
ヴェルザグラトの咆哮に呼応するように、稲妻を生み出していた暗雲が渦を巻き、竜巻となってクロヴィスを襲う。
《人間! その脆い肉体ごと砕け散るがいい!》
「させません」
《何……?》
私は聖女の加護でその竜巻を押し潰した。
ヴェルザグラトが息を呑む気配がする。
その隙にクロヴィスは漆黒のモヤ目がけて炎を纏わせた剣を力強く斬り上げた。
ザッ!
何かを斬るような確かな音。
《ぐぅっ……!》
「!」
悪魔の悲痛な声とともに、クロヴィス目掛けて再び熱光線の魔術印が出現する。
あの距離であの技を使われたら、たとえ魔術防御壁越しのクロヴィスでも火傷を負うかもしれない。
……防ぐんじゃダメだ。
発動自体を阻止する!
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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