仲間
「クロ、始めます」
クロヴィスに声をかけると彼は頷いて剣を抜く。
私は王国内5ヶ所の聖女像の前にいるぬいぐるみを通して魔術を発動した。
まずはこの世界と虚界との扉を開くため……かけられている鍵を外す!
5体のぬいぐるみたちから同時に放たれた魔術が聖女像に直撃する。
ヴァステリアが言っていた通り、ガラガラと音を立てて崩れた聖女像は中が空洞になっていて、柄に美しい装飾がされた剣が地面へ深々と突き立てられていた。
「(この剣を抜けば、虚界との扉の鍵が解錠される……)」
ぬいぐるみたちがぴょこぴょことかわいい動作でそれぞれの場所の剣を引き抜くと、満月に照らされた地面の穴からズズズ、と邪悪な気配のする黒いモヤが立ち登り始めた。
《お? こんな隙間今まであったか?》
《グキャキャ! ここからなんだかいい匂いがするぞ》
人間が耳から聞き取れる"音"とは明らかに違うものの、確かにそれは言語を持っていて、私たちにも意味が認識できるという不思議な感覚。
黒いモヤに混じってそんな言葉を呟きながら現れた大きめのハイエナのような形をした2体の悪魔を、レオンは顔色ひとつ変えずに一瞬で焼き払った。
さ、さすが……。
悪魔たちの多くは致命傷に至る傷を与えると傷口が広がって自然消滅していくようだ。
これがヴァステリアの言ってた、この世界の魔力に適応できない……ってことなのかな。
他の聖女像にも同様に、何かの動物のようで少し色や形が違う不気味な気配の悪魔たちがちらほらと現れ始め、それは私がぬいぐるみを通して退治していく。
……が、思ったより数が多い。
「……」
「……お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ちょっと集中力がいるだけで……」
レオンのいる場所には"保険"もかけてあるし、多分完全に任せちゃっても大丈夫……ただ、他の4ヶ所を同時に対処しながら目の前のヴェルザグラトを相手取るのは、確かに少し厄介かもしれない。
私の動きが止まっているから、クロヴィスにも心配をかけてしまってる。
《なんだなんだ?》
《ギャギャ! このチビ、うまそうな魔力の匂いがする》
ジュッ!
……まだ数が多いだけで大して強くない悪魔だからなんとかなってるけど、これは……。
私が長期戦は向いてなさそうだと判断して自分の前のヴェルザグラトを見上げた瞬間、ぬいぐるみの1体が悪魔からの攻撃を感知した。
「……!」
運悪く、それはレオンがいない場所に送ったぬいぐるみだった。
《どけ、雑魚ども! こいつは俺様の獲物だぁ!》
そう吠えたのは、オオカミのような頭に禍々しい1本の角を生やした、二足歩行の大きな悪魔だ。
人間界の生き物と同じで、悪魔も二足歩行のほうが知能が高いらしい。
鋭い爪による物理攻撃、口から吐き出される見たことがない魔術……四足歩行の悪魔たちを容赦なく蹴散らしながらぬいぐるみを捕まえようと手を伸ばしてくる。
《チッ……すばしっこいチビだなぁ!》
イライラした様子でしなやかに伸ばした腕を振り払い、その悪魔はぬいぐるみを殴り飛ばした。
ぬいぐるみだから痛覚はないものの、視界が一瞬ぐちゃぐちゃになりクロヴィスじゃなくても酔いそうになる。
「(こいつ、口調も動きも明らかに他の悪魔とは違う……!)」
私の背中を冷や汗が伝った。
《なんだぁ? こいつ、随分うまそうな匂いをさせてるな》
「!」
殴り飛ばされているぬいぐるみの体勢を立て直している間に、別のぬいぐるみの視界にも二足歩行の悪魔が現れた。
《グケケッ……とりあえず喰っとくか》
一瞬反応が遅れたせいで、悪魔が大きく開けた口が目と鼻の先に迫る。
だめだ、魔術が間に合わない……っ!
バリバリバリッ!
それは落雷によく似た音……別の場所にいる生物を運ぶため、圧縮した空間が内側から切り裂かれるとき特有の音だった。
《なんだ?》
警戒心を煽る音に、知性があるからこそ悪魔はぬいぐるみを食べることを中断して警戒体勢をとる。
生体転移魔術!?
各地の悪魔の処理ですら手一杯なのに、何かが転移してくる……!?
ぬいぐるみ越しの視界に奥歯を噛みしめながら次の手を考えた私の視界に、ふわりと艶やかな紅が舞った。
『私のアゼリアに……手を出してんじゃねぇ、クソボケカス!』
《グァ……ッ!?》
ついさっき私のぬいぐるみがされたように、大きな悪魔の体が軽々と殴り飛ばされた。
……といっても中身が綿ではないせいで、飛ばされると同時に体が真っ二つになってそのまま消滅しちゃったわけだけど……。
問題はそれをやった人物だ。
『やっほーアゼリア~!』
「ルチアナ!? ど、どうして……!」
ぬいぐるみの前にしゃがみ込んで手を振ったのは四大公爵家最強のギャル令嬢、ルチアナだったのだ。
わざわざローゼンベルグ家の仕事着……戦闘に特化した"処刑人"の衣装を着ている。
『殿下に言われてさー、なんかここに色々湧くかもだから全部殺せみたいな?』
レオンが……?
確かにここはローゼンベルグ家の領地内だけど……
………………まさか……
慌てて他の3ヶ所にいるぬいぐるみたちの視界を確認すると、次々に転移魔術特有の空間を裂く音が鳴り、見知った顔がひとり、またひとりと現れて孤軍奮闘していたぬいぐるみたちを背に庇い、悪魔に立ち向かっていく。
『お嬢様、お下がりくださいませ』
『あなたのそういうチヤホヤしてくるところが気に入らないのよ……わたくしは花瓶に生けられた花でも、鳥籠の中の小鳥でもありません』
王国南部の聖女像にはミレーユとその護衛、ジルの姿が。
『はっ! 悪魔の力ってのはこんなもんか? うちの騎士たちのほうがまだ骨があるぞ!』
北部の聖女像にはギルベルトが。
そして王国東部、フェリオール領内にある王立公園の聖女像の前には。
『人以外に剣を向けるこの貴重な機会は、きっと僕の騎士人生において重要な経験になってくれることでしょう』
相変わらず胡散臭く微笑みながら悪魔たちを真っ二つにしていくセイリスの姿があった。
……転移魔術で離れた4ヶ所にほとんど同時に人を送り届けるなんて、相当高位の魔術師じゃないとできない。
「レオン様……」
王城近くの聖女像にいるレオンは、相変わらず静かな様子で隙間を抜けてきた悪魔たちを焼き払っていた。
『さすがにジェトリウスを5人用意することは俺にもできない。が、縁のある面々であれば、お前の力になるだろう』
「……っ、ありがとうございます……」
超攻撃的な友人たちのおかげで、ぬいぐるみたちは彼らのサポートに回せる。
その分私は目の前のヴェルザグラトに集中できる!
『アゼリア、終わったらまたお茶しよーね!』
『殿下のご厚意を無駄にしたら承知しないわよ』
『この俺を倒したんだから、これくらいの危機乗り越えられるよなぁ?』
『ジェトリウス様とミモナお嬢様、フェリオール家の皆様のためにも……アゼリアお嬢様、どうかお気をつけて』
気づけばこの世界には、こんなにも大切な人たちが増えていた。
彼らの大切な人たち、その子孫、そして未来まで。
「……ありがとう。必ず勝って、みんなを守ります」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




