暗闇の中
まだレオンはお願いした王城近くの聖女像には来てないようだ。
今のうちに私たちも先に進んでしまおう。
早足で階段を下りきると、目の前に現れたのは美しい装飾の入っている木製の扉だった。
この先が王家の儀式の場……ヴェルザグラトが封印されている場所……!
私が一度クロヴィスを振り返ると、彼は剣をいつでも抜けるようにした状態で頷いた。
決意を固め、軋む音を立てながら慎重に扉を開ける。
ギィィ……
……部屋の中には誰もいない。
広くはない部屋だけど、階段と同じように人感で魔術が発動して明かりが灯る仕掛けのようで、その全貌が露わになる。
椅子や机などは何もない。
入り口の正面の壁は一面に花畑の彫刻がある……どうやら壁に直接彫られた壁画のようだ。
そしてその手前にある祭壇に花やフルーツが備えられているだけだった。
その鮮度から見るに最近置かれたものらしい。
「……ヴェルザグラトはここにはいないようですね」
レオンが声を聞いたっていう儀式の部屋はここで間違いなさそうだけど、600年前に聖女のアイリスがヴェルザグラトと戦った場所もここだとすると、あまりにも狭すぎる。
だとするとヴェルザグラトは別の場所に……?
部屋を見回しながらそう呟いた私に、祭壇を回り込んで壁画に近づいたクロヴィスから声がかかった。
「…………お嬢様」
「?」
クロヴィスは壁画の前に膝をつくと、床との境目をじっと見てから壁画をコンコンと叩く。
「……壁画の後ろに、おそらく先へ進む通路があります」
「……! まさか……」
私は壁画に近づいてそっと触れる。
壁に彫られた壁画だと思っていた花畑は陶器でできているようだ。
私が壁画を聖女の加護でそっと撫でると壁はすっと消えてなくなり、その後ろから舗装もされていないような洞窟が現れた。
ここまでの階段と違ってその先には明かりすらなく、ただ深い闇が広がっている。
洞窟の奥からは今いる儀式の部屋とは比べ物にならないほど嫌な気配がしていた。
「……壁を補強するついでにこの奥を探ってみます」
私は洞窟の内側を崩れないように魔術で補強していく。
「!」
この洞窟を100メートルほど進んだ先で洞窟が開けてかなり広い空間に出るらしい。
そこに……何かいる!
私はその空間の壁の補強を半分ほどで止める。
「……洞窟の先には開けた場所があるようです。そこに……何かがいました」
「! ヴェルザグラトですか?」
「ええ、おそらく……。かなりの大きさで、体はほとんど壁に埋まっているようです。ですが……」
「……?」
できることなら嘘だと信じたい。
この洞窟の奥でおぞましい気配を放つ悪魔が……
「……呼吸を、しているようです」
「呼吸……?」
クロヴィスも目を細める。
600年前の聖女であるアイリスは、ヴェルザグラトの肉体を破壊したと言っていた。
身を賭して悪魔を封じ、私たちに伝言を残してくれた彼女が嘘をつくとは思えない。
あの世話焼きのヴァステリアも、王家の感情を奪い続けたヴェルザグラトが、失った肉体を再び創り上げた……とは教えてくれなかった。
……もしかして、状況は私たちが考えていたよりもだいぶ悪い?
「……確かめましょう。たとえヴェルザグラトに実体があったとしても、わたくしたちがやることは同じです」
「……はい。お供します」
私たちは頷き合うと、洞窟へと足を踏み入れた。
魔術で光源を確保しながら洞窟を慎重に進んでいくと、やがて目の前に暗闇が近づいてきた。
クロヴィスを振り返れば、彼は暗闇を真っ直ぐに凝視して息を呑んでいる。
……耳が良くて夜目が利くクロヴィスには、この先にある"異常"が、この場所にいてももうわかるのかもしれない。
私は足音を忍ばせて近寄りながら、洞窟の先の空間をゆっくり、少しずつ照らしていった。
「…………っ!」
その空間は前世でいう学校のグラウンドほどの広さがある。
そしてその空間の奥……この王城の地下のおそらく突き当たりとなる場所に、それはいた。
「あれが……ヴェルザグラト……!」
一言で説明するなら角の生えた巨大なミイラ……もしくは干からびた大きな人、その上半身……のようなもの。
太い鎖で壁に体を縫い付けられていて、背中や後頭部は壁の中に埋まっているようだ。
顔の左半分と両腕、下半身は存在しない。
骨と皮しかないように見えるその体は恐ろしいことにゆっくりと呼吸を繰り返していて、それはまるで大きな生き物が寝息を立てているかのようだった。
「寝ている……みたいですね」
クロヴィスが声をひそめてそう言った。
「……おとなしくしていてくれるなら助かります。ちょうどレオン様も到着されたようですし、始めましょう」
王城の近くに送ったぬいぐるみの前に、珍しく帯剣しているレオンがひとりで姿を現したところだった。
「レオン様、アゼリアでございます」
レオンはぬいぐるみからの発せられた私の声に頷くと、王立公園の聖女像を見上げた。
『アゼリア。こちらの準備は整った。いつでも始めて構わない』
「ありがとうございます。……どうかお気をつけて」
『お前こそ。……何度も言っているが、無茶はするな』
「!」
なんだろう。
レオンは冷静で冷酷で合理的なはずなのに、こうしてたまに……私という個人への気遣いのようなものを見せる。
そしてそれはこの体に不思議な力を与えてくれるのだ。
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
★毎日22時に続話追加




