地下へ
レオンとの食事会はつつがなく進んだ。
私たちの会話が感情的な意味で盛り上がることはなかったけど、それはいつものことだ。
話題は学院のこと、学年末の『大叙勲祭』のこと、数日後に控えたクロヴィスの"剣聖"就任式典のこと……。
最高級の食材を一流の料理人がおもてなしのために調理したディナーはどれも本当においしくて、おかげで戦いを控えたこの体も喜んでるようだ。
食後のデザートとお茶までしっかり終えてから、広いテーブルで私の対面に座っていたレオンは静かな瞳を私に向けた。
「話の続きは場所を変えてするとしよう」
「光栄です。ぜひ」
「応接間に茶の用意を。それとアゼリアの荷物がある客室に寝具も用意しておけ」
「承知いたしました」
ホールにいた使用人たちがレオンの声で同時に動き出す。
「今夜は城でゆっくりしていくといい。明日の朝食のリクエストがあれば執事長に伝えておけ」
「お心遣いに感謝いたします。ですが、わたくしはなんでも美味しくいただきます」
「そうか。では俺と同じものを」
「承知いたしました」
必死に笑顔を繕うものの、内心では顔が引き攣りそうだった。
……なんかめっちゃ手厚くもてなされてる。
正直私たちの話自体は1ミリも盛り上がってなかったけど、当然誰もレオンにツッコミなんて入れないし、口答えもしなければ理由を聞いたりもしない。
ここの人たちにとって、王家の人間が白だといえばたとえ黒でも白になる。
王城の応接間に移動したレオンは、お茶の用意を済ませた執事に当たり前のように席を外すよう命じた。
私とクロヴィス、レオンだけになった豪勢な部屋で、レオンはカップのお茶を一口だけ口にする。
「地下へは東の階段を使え。お前が荷物を置いた客室から地下へのルートには警備を置かないよう手配した」
「ありがとうございます。あとはわたくしにお任せください」
「……」
レオンは私のことをじっと見てから目を伏せる。
「……王家の犯した過ちにお前たちを巻き込むことになり申し訳ない」
私は思わずクロヴィスと顔を見合わせた。
……あのレオンが他人に謝罪をするなんて。
「同時に王家を代表して最大の賞賛と感謝を。今夜の活躍は新たな伝説として永く語り継がれることになるだろう」
伝説とか、英雄とか、救世の聖女とか。
私はそんなに大それたものになりたいわけじゃないはずだった。
ただ自分が死にたくない一心で力をつけて、そうしたら自分が誰かを守れるようになっていることに気がついた。
誰かを守れるようになったら、自分が死なないだけじゃなくて大切な人にも死んでほしくないと思うようになった。
今度は大切な人の範囲が私の手の届くところから少しずつ広くなっていって、大切な人の家族や友人、未来にまで広がった。
私はどうしようもなく欲深い。
だって、何かを得たら次が欲しくなるんだから。
どこまでも、笑っちゃうくらい……普通の人間だ。
「……よし!」
レオンに見送られ、一度借りてる客室に戻ってドレスから着慣れた訓練着に着替えて髪をまとめる。
鏡の前に立ち、身だしなみを確認してから自分に気合いを入れると、私は転移魔術でソルヴェリオンとクロヴィスの剣を呼び出した。
「お待たせしました」
部屋の前で待っていてくれたクロヴィスにそう声をかけてから剣を渡す。
「まもなく約束の時間になります。地下へ向かいましょう」
「はい」
クロヴィスは慣れた手つきで剣を腰に差すと、私の目を見て頷いた。
レオンが警備を外しておいてくれた城内は誰もいないのではないかというくらい静かだった。
それでも付近への警戒は怠らず、人目を気にしながらレオンに指定された城の東階段から地下を目指す。
地下への階段には明かりがなかったものの、私たちが足を踏み入れると壁のロウソクに順に火が灯っていく。
人を感知すると発動する魔術のようだ。
もっと埃っぽくてカビ臭い場所を想像してたけど、そこはさすが王家の人間が定期的にくる場所というか……むしろ掃除が行き届いている。
とはいえ2人分のブーツが反響する音から、その場所は縦方向に結構な距離がありそうだった。
「!」
前世の言葉で言うなら……まるで消していた5台のテレビを同時につけたかのような。
突然、私の脳内に自分の目から入ってくる情報ではない映像が現れた。
場所は明かりのないフェリオール邸の私の部屋。
角が片方だけになってしまった黒髪の美女がこちらに向かってひらひらと手を振っている姿だった。
『時間だ。転移させるぞ』
そう言うなりヴァステリアはこちらへ向かって手をかざす。
直後、彼女の背後に現れた大きな魔術印が強烈な光を発し、一瞬で映像は別々の5ヶ所のものになった。
視線の高さはどれも地面から20センチほど。
景色は明るい満月に照らされた無人の夜の公園。
目の前には美しい女性の像が。
私が自分の視線を動かすのと同じように、意識するだけで視界は望んだ通りに変わる。
それは私が自分の魔力を遠隔で操作するために用意した5体のぬいぐるみであり、ヴェルザグラトとの戦いで鍵を握る私の分身たちだ。
"受信塔"の役割を果たす彼らを通すことで、私はある程度の魔術を発動できる。
「クロ、師匠がわたくしのぬいぐるみたちを5ヶ所の聖女像へ送り届けてくれました。見えますか?」
「はい。……っ」
ヴァステリアは護身用の宝具を少し改造し、クロヴィスもぬいぐるみたちの視界を部分的に見ることができるようにしてくれた。
私は暗い地下への階段の途中で不自然に言葉を切った彼を振り返る。
「クロ? 大丈夫?」
「すみません、俺なら大丈夫です……。ただこれは……映像情報を処理する脳への負担が大きいですね……」
「あなたは自分で操作しているわけじゃない分、映像酔いをしてしまうのかもしれませんね。緊急時以外はオフにしておいたほうがいいでしょう」
「申し訳ありません……定期的に確認するようにします」
普段エブリスタで書いている同名小説をこちらでも順次アップしています。
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