師弟
ジェトリウスは「クロヴィスはもうじき目を覚ますはずだ」とだけ私に言うと、そのまま客室から出て行こうとする。
「……」
そしてドアノブへ手を伸ばして立ち止まると、再度私とヴァステリアのことを振り返った。
「クロヴィスに私の魔眼の認識阻害をさせる『何か』を持たせたのも、ヴァステリア殿か」
「……!」
私がチョーカーにしてクロヴィス渡した、護身用の魔術道具……!
自分に向けられた悪意ある魔術から身を守ると同時に、ジェトリウスの魔眼の阻害にもなるって言ってた。
本当に効果があったんだ……!
ヴァステリアはニヤリと笑う。
「くくっ……その先読みの魔眼でも黒い小僧の未来が見えなかったか? だが残念、此奴に護身用の魔術道具を"持たせた"のは儂ではない」
「そうか」
ジェトリウスはちらりと私を見ると、それ以上は何も言わずに今度こそ客室から出ていった。
ヴァステリアはふん、と鼻を鳴らす。
「言葉不足が相当重症なようだな」
ヴァステリアは聞いてないことまで教えてくれるほどおしゃべりだから余計そう感じるのかもしれない。
ジェトリウスが退室してからいくらもしないうちにクロヴィスは目を覚ました。
彼の顔を覗き込んでいた私があからさまにホッとしたのを見ると、目を丸くして慌てて体を起こす。
「お、お嬢様……」
「よかった、無事に目が覚めて……痛いところはありませんか?」
「申し訳ありません……俺はどこも問題ありません」
クロヴィスは室内を見回したあとにジェトリウスとの激闘を物語る自分の服装を見て、ここがどこなのか、どうして私とヴァステリアがいるのかを理解した様子だった。
「……お嬢様が俺の怪我を治してくださったんですね」
「ええ。お父様があなたを連れてきてくれて」
まったく、意識ないし血だらけだし、めちゃくちゃ血の気引いたんだから!
かわいそうだから言わないけどね!
「ありがとうございます。……その、ジェトリウス様は?」
「貴様を送り届けたあと、たった今ここを出ていったところだ」
「……」
何か言いたげに物言わぬドアを見つめたクロヴィスを見て、私は迷わず彼の手を握った。
「伝えたいことがあるなら追いかけましょう。本当にさっき出ていったばかりなので、まだお部屋には戻られていないはずです」
「……!」
か細い部屋のランプの明かりを受けたクロヴィスの瞳が、私の言葉で力強く輝いた。
ヴァステリアに見送られ、クロヴィスと一緒に夜のフェリオール家の廊下を怒られない程度に小走りで移動すると、別館から本館への渡り廊下の先でジェトリウスに追いついた。
彼は足音に気づくと、足を止めて私たちのことを振り返る。
「ジェトリウス様! 俺は……」
クロヴィスは黒い騎士服の胸元をぎゅっと握り締めて、苦しそうにすら見える顔でジェトリウスに向き合う。
きっと大丈夫、心を込めて伝えた言葉に、ジェトリウスは感情的に怒ったりしないはず。
頑張れ……!
「……俺は今までずっと、あなたの強さを目標にして生きてきました。けど、これからは……」
「……」
長年努力し続けて、超えたいと思っていた自分の目標を、自分が超えてしまったら。
自分の強さは本当に引き継いだ称号に見合うものなのか?
これからは何を目標にすればいいのか?
突然目標を失ってしまって、きっとクロヴィスは混乱してるんだろう。
疑問は心を侵食するけど、きっとその疑問が"剣聖"として口にすることが許されないことも、クロヴィスはちゃんとわかってるんだろう。
ジェトリウスはクロヴィスの言葉を静かに待っていたけど、彼がうまく言葉にできない様子を見て助け舟を出した。
「クロヴィス」
「……っ、はい」
「お前が強さを求めた理由はなんだ」
「お嬢様の笑顔と幸福を、俺の手で守るためです」
「その理由に終わりはあるのか」
「……!」
ジェトリウスの言葉にクロヴィスが息を飲んだのが伝わってきた。
たっぷりの沈黙のあと、クロヴィスは首を横に振る。
「…………ありません」
「誰であろうと、『最強であり続けること』は難しい。そしてそれは強さだけを求めていれば尚更だ」
「…………」
現時点で人生の半分近くを"剣聖"として……国内最強の剣士として過ごしてきたジェトリウスの言葉には相応の重みがあった。
「だからいついかなる時も、己が強くあろうと決意した初心を忘れるな。アゼリアの安全は"剣聖"の称号の有無に左右されない。その称号はお前が守りたいものを守るため、剣を磨き続けた末についてきた結果に過ぎないからだ」
「…………はい」
「決して驕らず、慢心せず、油断せずに、これからも鍛錬を重ね続けろ。アゼリアはお前にしか守れない」
「はい。……ありがとうございます、師匠」
深々と頭を下げた愛弟子に、ジェトリウスはほんの一瞬だけ鉄仮面を和らげた……ように見えた。
「……強くなったな、クロヴィス」
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